脱・百貨店に成功、大丸はなぜ生まれかわれたか【1】
プレジデントオンライン / 2013年3月14日 14時15分
「百貨店など、若い人は誰も行かない」――。消費不況と高齢化のダブルパンチから長期間にわたって低迷する百貨店業界。最低最悪のマーケット環境にあって躍進し始めたまったく新しいビジネスモデルの本質を明らかにする。
■もがき苦しむ百貨店業界で躍進
百貨店業界が、もがき苦しんでいる。日本百貨店協会が発表した2012年の全国百貨店売上高は、6兆1453億円と前年比わずか0.3%アップとなり「16年連続前年実績割れ」の汚名だけはまぬがれた。しかし閉鎖店の増加から2年前の実績すら下回っている。
特に、近年は経済不況、リーマンショック、東日本大震災と苦境に立たされた。消費者の財布の紐は緩まず、固くなる一方だ。「国民総中流」と言われた日本も、今では年収300万円以下の世帯が急激に増加し続け、所得格差は広がり続けている。「百貨店で買い物なんてしたことがない」と言う若者も珍しくない。
そんな逆境の中、「大丸松坂屋百貨店」を運営するJ. フロント リテイリング(以下、Jフロント)は躍進を続けている。
「脱百貨店」を掲げ積極的に業態改革を進めてきたのがJフロントである。ポケモンセンターや石井スポーツなどこれまで百貨店のテナントとしては考えられなかったテナントの入る店舗づくりを進め、パルコのような若者向け小売りのM&Aも果敢に行った。13年1月に同社が発表した、大丸松坂屋の12月の売上高は1%増で、5カ月連続で前年実績を上回った。また、13年2月期の前期比売上高は17%増の1兆1050億円と、従来の予想であった3%増、9730億円を大幅に更新する見込みだ。さらに、日経リサーチによる、関西圏商業施設の利用実態調査における集客力ランキングでは、「ヨドバシカメラマルチメディア梅田」を抑え「大丸梅田店」が首位に輝いた。
百貨店とは、そもそも高級品やラグジュアリーブランドを扱う、比較的富裕層向けの業態だ。一昔前は、「ちょっといいお洋服でも買いましょう」となると、百貨店に行く以外の選択肢はほとんどなかった。しかし、そのうちショッピングセンターやファッションビルや駅ビルなど、百貨店以外で服が買える選択肢が増えた。都心から車で1時間以上走らなくてはならない郊外につくられたアウトレットモールも、今や連日大盛況だ。さらに、不況が長引くにつれ、一世帯あたりの被服費はどんどん削られている。そこに現れた、ユニクロやH&Mといったいわゆるファストファッション。生産がグローバル化することにより、「安くても品質の良い物」が誰でも手に入る。国民のファッションのカジュアル化が進み、フォーマルなイメージの強い百貨店の商品は、若者のニーズに合わなくなってきている。
矢野経済研究所・ファッション事業部・主席研究員の松井和之は百貨店業界の苦境をこう分析する。
「百貨店のビジネスモデルは、駅から徒歩1分などの都市の超一等地で成立しています。そのため売り場を増床、拡大することは容易ではなく、経営資源を『売り場レベルのリニューアル』に投入することが多い。一方、スーパーやショッピングセンターは駅前や工場の跡地で多少利便性が劣っていても開発が可能です。11年まで右肩下がりを百貨店が続けたのも、そうした百貨店業界が抱える構造的な問題が原因です」
Jフロント会長の奥田務の目には、現在の消費者意識はどのように映るのか。
「バブル崩壊までの日本は、『隣が買うから私も買おう』という、ブランド志向の強い、ある種発展途上国型の消費だったと思います。バブル崩壊後、そういった志向は薄れていきましたが、そこにリーマンショックが一気に後押しをして、『使うお金に対してどれだけ期待に見合う価値があるのか』『本当に必要なものを厳選して買う』という、バリュー消費と呼ばれる欧米型の価値観に日本が近くなっているのだと思います」
デパ地下の食料品から、化粧品、家具まで取り揃える百貨店だが、収益の一番の源はファッション。百貨店全体の収益の中でも、衣料品の売り上げシェアは約4割、さらに婦人服はそのうちの3割を占める。当然、百貨店内には数多くのファッションブランドが売り場を連ねる。
我々一般消費者はまったくわからないが、実は百貨店の運営にはふたつのまったく違う形態が混在している。それは「自主運営」と「ショップ運営」である。
自主運営とは、社内の専門バイヤーが自ら品揃えを決め、自らメーカーに買い付けをする。仕入れた商品はまた社内の販売員が自ら売る。従来の百貨店ではメーンの運営形態である。しかし、収益率は高いが、商品在庫を自分で負担しなくてはならないリスクもある。
一方ショップ運営とは、有名ブランドやショップを誘致し、売り場の割り当てや、収益目標などを話し合い、あとは各々のテナントが品揃えから価格を決め、在庫のリスクも持つという、言うならば「場所貸し」である。
前出の矢野経済研究所の松井研究員は、どちらを重視するかは百貨店によって異なると言う。
「自主運営は、百貨店バイヤーの力量次第で売り上げが左右されがちです。このノウハウを持つ伊勢丹本店(新宿)はバイイング(仕入れ・調達)力に定評があります。一方でショップ運営をいち早く大胆に取り入れ、業績を伸ばしているのがJフロントです。こうした戦略の違いから、伊勢丹は商品単位で、Jフロントはショップ単位で売り場をリニューアルさせていきます。Jフロントはショップ運営で売り場を構成しますので、館の独自性という点を打ち出しにくい。すなわち、バイイングに起因する『百貨店』のイメージやブランド力が低下し、駅ビル、ショッピングセンターと差別化が難しくなるなどの問題を抱える可能性が生じます」
Jフロント会長・奥田は、ショップ運営にどんなメリットを感じたのだろうか。
「現在85%がショップ運営ですが、15%は自主運営であり、どちらかにすべてを託しているわけではない。ただしお客様が高齢化し、とりわけ若いお客様にご来店いただこうと考えたとき、これまでの発想を捨てなくてはいけないと危機感を持ったのです」
他のショッピングセンターやファッションビルに比べ、百貨店はかなりの高コスト体質といえる。大都市の超一等地に広大な面積の店舗を構えなくてはならないし、量販店とは比べものにならない豪華な内装も必要だ。そして、高い質のサービスを実現させるための人件費である。これらすべては百貨店の強みでもあり経営サイドとしては頭の痛い問題だ。奥田がまず見直しを図ったのは「人件費」だった。
■1万円の弁当に行列ができる
1995年に大丸取締役に就任するまで、大丸オーストラリアの社長として海外勤務が長かった奥田は、帰国後、「なぜショップ運営のテナントに、ウチのバイヤーがいるんだ?」と疑問に感じた。
ショップ運営というものは、販売もリスクも取引先任せであるから、社内の人間に必要なものは、ブランドの選択眼と売り場全体をマネジメントする能力だけのはずだ。商品の買い付けや販売に口をだす必要はない。
「これはいけないと、それぞれの担当がそれぞれのするべき仕事をきっちりと割り振りました。これによって必要な社員の数を半減することができました」(奥田)
大幅なコストカットがあっても売り上げ増につなげられなければ、組織は縮小していくばかりだ。奥田の狙いは、低コストをバネにした成長戦略だ。
「ユナイテッドアローズやビームスなどの人気のあるショップに、テナントとして入ってもらうには厳しい条件をのまなくてはなりません。従来の百貨店の取引先様から比べると格段に手数料・テナント料が違います。百貨店は高コスト体質ですから、お客様の欲しがるブランドを入れたくても、利率を考えると入れることができなかった。すると店頭はどんどん魅力がなくなり『百貨店に行っても、欲しいブランドなんてないじゃないか』ということになる。我々の高コスト体質とお客様のニーズが相反してしまい、完全に悪循環です。ですから、無駄を削ることで、お客様のニーズに応えるブランドを入れる余裕が生まれたのです」(奥田)
では、実際の店舗でどのような改革がなされているのだろうか。
東京駅八重洲口の付近で人だかりが目につく。「いらっしゃいませ!」、威勢のいい声に誘われて進むと、そこは、お弁当、お総菜、スイーツの専門店が並ぶ、大丸東京店が誇る食料品売り場「ほっぺタウン」だった。大丸東京店は12年10月にリニューアルオープンし、売り場を大幅に増床したばかりだ。ひとつ1万円という豪勢な「肉弁当」には連日行列ができている。
83年大丸梅田店オープン1期生として入社、その後、世界屈指のビジネススクールと呼ばれるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に留学、マーケティング室長などを経て10年に大丸東京店店長に就任した藤野晴由に、東京店の店づくりについて聞いた。
「就任したとき感じたのは、東京では、大丸が百貨店として認知されていないということでした。関西での大丸のブランドバリューとの差を痛切に感じました」
大丸といえば、心斎橋に本店を置き、関西を中心に事業展開してきた百貨店である。
藤野は、顧客にとって一番大事なものは何か? と考え、マーケティング室長時代、さまざまな実地調査を繰り返した。大丸の関西4店舗を例に挙げると、梅田店は、ファッションビルを卒業し、ワンランク上のブランドを求めるOLの客が多い。神戸店では周辺の富裕層から絶大な支持を得ている。心斎橋店は古くからの外商顧客を数多く抱えている。京都は地域から徒歩や自転車で気軽に来られる店として親しまれている。ひとくくりに大丸といっても、同じ関西地域の4店舗だけでもここまで客層が違ってくるのだ。
大丸東京店がリニューアルの際、東急ハンズや石井スポーツといった大型専門店がテナントとして同時にオープンした。店内を歩くとコスメ雑貨やアウトドアグッズを買いにきた若者を多く見る。若者だけではない。ラグジュアリーブランド目当ての中高年や、手土産を買うビジネスマンなど、あらゆる年代の客層が買い物を楽しんでいる。東京店から徒歩圏内には、老舗の百貨店も店を構えているが、店内はどちらかといえば年配の人が多い。筆者は買い物客の動向を同時刻に1時間ずつ観察したが、現金で購入する客の多い大丸東京店に対して、その老舗は百貨店のカードを使う比率が高い。徒歩圏内の立地だが、いろいろな客の出入りする大丸より固定客が多い老舗といった印象を受けた。
藤野が新しい店づくりをするにあたって、非常に大きな影響を受けた施設が、韓国の仁川国際空港なのだという。
「飛行機のトランジットの関係で、偶然仁川空港に行きました。空港内を眺めて感じたのは、仁川空港に来る人には、日本の地方からのツアー客が多いということだった」
日本からの直行便よりも仁川を使って乗り継いだほうが安くなる場合があり、多くの海外ツアー客が仁川を経由する。
「それを見てこれは東京駅に似ているなと感じ、ジッと旅行客の動きを注視していました。そこで気づいたのは『時間消費』という考え方。ただ単に買い物を楽しむのではなくて、時間を使うことも含めて楽しむのです。無料で韓国のおもちゃをつくれるコーナーがあったり、時間に余裕がある人は、周辺の観光ができるツアーまであった。
東京店の地下に『パパブブレ』というテナントに入ってもらい、連日大行列ができています。『パパブブレ』では販売するキャンディーを楽しそうにつくっているところを全部見ることができます。『時間消費』という考え方を今後も重視していきたい」
東京駅の大丸は知っているが、お弁当を買ったことはあっても上の階まで行って服を買ったことはない。こういった声を聞く、と藤野は言う。百貨店の売り上げの要はやはりファッションだ。12年11月の全国百貨店業界の売り上げシェアの約30%を占める食料品だが、利益率はファッションに比べるとかなり低いのだという。
「お客様が購買する中で、買いやすく、生活において一番身近なものはやはり食です。『大丸といえばお弁当』というイメージがありますが、増床でまずは大成功をおさめました。今後は、そこから少しでも多くのお客様に、どうやって上のフロアでお買い物していただくか。これが今後の課題です。
乱暴な言い方をすれば、東京店は『百貨店』じゃなくてもいいと僕は考えています。百貨店のいいところは残しつつ新しい可能性をお客様の目線で探っていく。それが僕の役目だと考えています」(藤野)
(文中敬称略)
(ライター 宮上 徳重 原貴彦、大野真也、小倉和徳、小原孝博=撮影 PANA=写真)
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