なぜ女性芸人は「ブス」「デブ」の容姿イジりをやめたのか…松本人志の分析とはちがう令和ならではの理由
プレジデントオンライン / 2024年11月29日 17時15分
※本稿は、ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■松本「女のコメディアンが天下を取ることは、絶対にありえない」
一昔前までは、お笑いは男の仕事だと相場が決まっていた。女性の芸人も存在しないわけではなかったが、圧倒的な少数派であり、その地位も低かった。
松本人志は、1994年に出版された『遺書』(朝日新聞社)の中で「女はコメディアンには向いていない」「女のコメディアンが天下を取ることは、今後も絶対にありえない」と書いている。
その理由として述べられているのは、芸人は笑いのために恥も外聞もなく自分をさらけ出さなければいけないものなのに、女性は身も心も素っ裸になることができないから、ということだ。
プロの見解として一理あると言えなくもないが、今の時代から見るとあからさまに差別的なニュアンスが含まれている。
女性芸人の歴史は、この種の偏見との戦いの歴史でもあった。
■冠番組を持つほど成功した女性は、山田邦子と上沼恵美子だけ
近年、女性芸人を取り巻く状況は大きく変わった。お笑い界でも女性の割合がどんどん増えてきて、それなりの存在感を確立するようになった。多くのテレビ番組で女性芸人を見かけるようになって華々しい活躍をしている人もいる。だが、いまだに女性芸人が低く見られているようなところはある。雑誌などの「好きな芸人ランキング」で上位に名を連ねるのは男性芸人ばかりだし、テレビ番組でMCを務めるのもほとんどが男性芸人だ。
2017年に始まった女性芸人限定のお笑いコンテスト「女芸人No.1決定戦THE W」は、新たな女性芸人を発掘しようとする意欲的な試みではある。しかし、誰でも参加できるお笑いコンテストがすでに存在するのに、女性だけを集めて競わせるのに何の意味があるのか、という意見もある。
もちろんお笑いという営みにおいては、基本的には男女平等であり、女性だからといって露骨に差別されるようなことはない。
だが、女性芸人の出世を阻む「ガラスの天井」はたしかに存在していて、彼女たちの活躍は一定のところで頭打ちになっているように見える。
そこを突き破って「天下を取った」と言えるほどの実績を残したのは、長いお笑いの歴史の中でも山田邦子と上沼恵美子ぐらいのものだ。
女性芸人が番組の仕切り役を務めることが少ないのは、差別されているからなのかはわからない。基本的には、テレビ制作者は視聴者のニーズを考えて番組を作っているだけなので、彼らが女性芸人をMCとしてあまり起用しない背景に、どの程度の偏見や差別が含まれているかというのははっきりしない。
■ブルゾンちえみやフワちゃんが即戦力としてブレークしたワケ
一方で、女性芸人には有利な点もある。それは、上下関係にあまり縛られないことだ。お笑い界は男性が大半を占める男社会であるため、ピラミッド型の権力構造が作られているようなところがある。後輩は先輩に逆らうことができない。駆け出しの若い男性芸人が先輩芸人に少しでも生意気な口を利いたりしたら、その場の空気が悪くなるのは間違いない。
しかし、女性芸人はこの男社会の権力構造に縛られず、ある程度は自由でいられる立場にある。女性芸人が先輩に多少生意気なことを言っても、それほど嫌な印象を与えないことが多い。
もちろん、それは女性が男社会の正式なメンバーとして認められていないからだ、という否定的な見方もあるが、女性芸人の中にはその「特権」を上手に利用する者もいる。
だからこそ、芸歴2年目で世に出たブルゾンちえみのように、女性芸人は芸歴や年齢に関係なく即戦力となる可能性を秘めている。YouTuber芸人のフワちゃんが大ブレークしたのも、上下関係に縛られないタメ口キャラが斬新だったからだ。また、マイノリティであるという特権を最大限に生かして、わざと空気を読まずに男性芸人の間に割って入ることもできる。
■お笑い界の常識を超え、女性のあこがれになった渡辺直美
友近やゆりやんレトリィバァなどは、実力もさることながら、目上の芸人を相手にしても堂々と自分のペースを貫く度胸が業界人から称賛されることが多い。さらに言うと、従来のお笑い界の常識にとらわれない形で活動をする女性芸人もいる。その代表例が渡辺直美だ。
彼女はもともとビヨンセの口パクものまねでテレビに出始めた。巨体を揺らしてキレのあるダンスを堂々と披露する姿が印象的だった。その後、コント番組「ピカルの定理」(フジテレビ系)にレギュラー出演して、若者からの支持を獲得。さらに、インスタグラムでおしやれな私服姿を披露したり、笑える写真や動画をアップし続けたことで、若い女性のファンが急増していった。
2016年にはニューヨーク、ロサンゼルス、台北(台湾)を回るワールドツアーを敢行した。また、渡辺は持ち前のファッションセンスを生かしてブランド「PUNYUS (プニュズ)」のプロデュースも手がけている。渡辺の体型にも合う大きめのサイズでお洒落なデザインの服が揃っているのが売りだ。
渡辺は世の女性たちに向けて「太っていても自信を持ってお洒落を楽しめばいい」という前向きなメッセージを送っている。彼女はいまや芸人の枠を超えたファッションリーダー的な存在になりつつある。現在はニューヨークを拠点にして世界を股にかけた活動を行っている。
■日本のTVでガラスの天井を破るか、海外に軸足を置くか
ゆりやんレトリィバァも2024年12月にアメリカに引っ越して、芸人として活動をしながら、映画監督業を行う予定であることを発表した。
海外に目を向けるフットワークの軽い女性芸人が続々と出てきているというのも、最近の女性芸人界で興味深い現象である。
多様な生き方が認められるようになった今では、女性芸人の生き方の可能性もどんどん広がっている。ガラスの天井を破りたければ破ればいいし、そこに興味がなければ、好きな生き方をすればいい。生き方を選べること自体が女性芸人の特権でもあるのかもしれない。
2024年3月、人気女性コンビの尼神インターが解散した。明るく天真爛漫なキャラクターの誠子と、やさぐれキャラの渚(現・ナ酒渚)。見た目も性格も対照的に見える2人のコンビネーションが絶妙だった。
尼神インターの持ちネタの中には、過剰に「いい女」を気取る誠子に対して、渚が容赦なく「ブスやないか」とツッコミをいれる、というものがあった。だが、ある時期から彼女たちはこのネタをやらなくなった。
■なぜ女性芸人たちは「容姿イジリ」ネタをやめたのか
もともと誠子は自分の容姿にコンプレックスがあった。お笑いの世界に飛び込んでみたところ、そこでは自分の容姿をネタにすることで笑いが取れることに気付き、コンプレックスが解消されて自信を持てるようになった。そんな彼女にとって、容姿ネタを捨てるというのは大きな決断だったのではないか。
3時のヒロインの福田麻貴も、2021年にツイッター(現・X)で「私達は容姿に言及するネタを捨てることにしました!」と書き込み、容姿イジリ封印を宣言したことで話題になった。
彼女の意図としては、容姿ネタそのものを否定するつもりはなく、あくまでも現場の肌感覚としてそういうネタがウケなくなっているのを感じていたので、自分たちはそれをやらないことにしたというだけだった。
また、馬場園梓とのコンビ・アジアンを解散して女優に転身した隅田美保も、漫才の中で容姿イジリをされることが多かったのだが、それを嫌っていたと噂されていた(のちに本人は否定)。
ここ数年の間に女性芸人が容姿に関するネタをすることはほとんどなくなってきた。
■「ブス」や「デブ」をいじる笑いが観客にウケなくなった
一昔前までのお笑い界では、芸人は笑いのためならどんなことでもやるべきだ、という風潮があった。頭髪が薄い芸人や太っている芸人は、自分の身体的な特徴をネタに取り入れて笑いを取るのも普通のことだった。女性芸人も例外ではなく、「ブス」や「デブ」であることを自らネタにするような人もいたし、ほかの芸人に容姿についてイジられることもあった。
当然ながら、一般社会で他人の容姿について否定的なことを言うのはマナー違反である。ただ、芸人が芸人に対して笑いを取るためにお互いの暗黙の合意のもとで容姿イジリをするというのは、普通に行われていることだった。
だが、時代も少しずつ変わっていき、たとえ芸人同士のやり取りであっても、見た目のことでからかったり悪口を言ったりするのは不快に感じるという人が増えてきた。女性の容姿イジリに関しては特にその抵抗感が強かった。
笑いはナマモノである。芸人は観客がどこでどう笑うかを見極めて、ネタの中身を日々調整している。誠子や福田は容姿ネタが少しずつウケなくなっていることを感じてそれをやらないことにしたのだろう。
■松本の予言から30年、お笑い界は確実に変わってきている
しかし、今のところ、容姿ネタ全般がお笑い界から消えてしまったわけではない。少なくとも男性芸人に関しては、見た目をネタにするのが全面的に悪いことだとは思われていない。男性と女性では見た目に関する意識の違いが大きいため、男性の容姿イジリはまだそこまで嫌悪感を持たれていないのだろう。
笑いとは緊張からの解放であり、リラックスした状況でなければ生まれないものだ。女性が容姿のことをネタにされたりすると、直接不快に思ったり傷ついたりする人もいるだろうし、そうやって傷つく人がいる可能性を想像するだけでも笑いの妨げになってしまう。
女性芸人が続々と容姿ネタを封印しているのは時代の必然だと言えよう。
松本が著書の中で「女はコメディアンには向いていない」「女のコメディアンが天下を取ることは、今後も絶対にありえない」と書いてから30年の月日が経った。その間に社会は大きく変わり、それに伴ってお笑い界も変わった。今後のお笑い界は当時の松本が想像もしなかったような方向に進んでいくことになるのではないか。
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ライター、お笑い評論家
1979年生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。主な著書に『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『逆襲する山里亮太 これからのお笑いをリードする7人の男たち』(双葉社)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など多数。
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(ライター、お笑い評論家 ラリー 遠田)
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