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〈M-1グランプリ〉なぜ審査員は「歌ネタ」に厳しいのか…元王者ノンスタ石田が解説「スベりやすい芸人の共通点」

プレジデントオンライン / 2024年11月29日 18時15分

撮影=プレジデントオンライン編集部

漫才のコンテスト「M-1グランプリ」で評価されるネタとはどんなものか。2008年「M-1」チャンピオンであるNON STYLE石田さんは「同業者であるプロの芸人が評価するのは『やられた!』と思うネタ。だから笑いどころがわかりやすい歌ネタは高得点を獲得しづらい」という――。

※本稿は、石田明『答え合わせ』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

■なぜM-1で「歌ネタ」は評価されにくいのか

漫才のネタに優劣はない。これは当然ですが、ことM-1という大会に限っていえば、たしかに評価されにくいネタはあります。

その筆頭は「歌ネタ」です。

理由はシンプルで、歌ネタは笑いのポイントを作りやすいからです。

誰もが知っている歌を取り上げて、それをちょっと変えたり、いじったりする。お客さんは元ネタを知っているわけだから、「ちょっとおかしいポイント」、つまり「どこで笑えばいいのか」がわかりやすい。

こんなふうに笑いのとり方がわかりやすいので、たとえ会場ではウケても、「今、一番、面白い漫才師」を決める大会で歌ネタに高得点をつけるのは、笑いのプロとして躊躇するところでしょう。

漫才がどんどん多様化するなかで、こういう見方も、今後は変わっていくかもしれません。ただ現状では、「M-1らしさ」の点で、あまり評価が高くないということやと思います。

■「桃太郎」のネタに芸人は脅威を感じない

もちろんこれはM-1という評価基準の中の話であって、歌ネタそのものを否定するわけではありません。笑いどころがわかりやすい歌ネタは幅広い客層の人が楽しめるので、寄席では重宝されます。僕らも数は少ないですが、歌ネタはいくつか持っています。

誰もが元ネタを知っているものを使うという意味では「おとぎ話ネタ」も同じです。どちらも、そうとう変わったことをしないと、「(笑域が高い)面白さ」にはつながりません。

何事もそうですが、同業者に脅威を感じさせるくらいのものでないと、なかなか評価されないということです。

ちょっと意地悪な見方ですが、歌ネタもおとぎ話ネタも、漫才師にとっては「やられた!」感が少ないんです。だから、「あのネタおもろいなー」と気楽に褒めることができます。そのあたりが、賞レースの舞台では歌ネタやおとぎ話ネタが評価がされにくい理由かもしれません。

■「やりやすいネタ」だと得点はつきにくい

何か1つ「得意な型」があって、しかもそれが劇場でウケていたりすると、つい、そればっかりやりたくなる。M-1でも、それで勝負したくなる。

大きな大会だからこそ、安心して「やりやすいネタ」を持っていきたいのはよくわかります。でもそれだと、やっぱり高い点数はつけられにくいんです。

わかりやすいところでいうと、男女コンビは男女コンビならではの型、双子コンビは双子ならではの型をとりがちですが、そっちに全振りすると「意外性」は減少します。つまり「お客さんの意表をついて笑わせる」量が減る。

1つのスタイルを確立している場合も同様です。

一例を挙げるとネイビーズアフロ。僕は2人の漫才が大好きですし、寄席でもウケていますが、M-1では今ひとつ結果が出ていません。

彼らは、すでに確立したスタイルばかりやってしまうという落とし穴にハマっているんやないかと思っています。ボケのみながわくんがイライラさせるようなシビアな考え方をする。もともとは、それが真新しくて面白かったんですけど、そういうネタばかり作っている印象があります。

個人的には、もう少し違う角度のネタを作って、そのなかに突然彼らのスタイルを織り交ぜるほうが、笑いの打点が上がるんやないかなと思っています。ネイビーズアフロが本当に面白いことができるコンビなのはたしかです。だからこそ思い切って全然違う形に挑戦したらいいのになと思います。

■M-1優勝以来「太ももを叩く」ボケをほぼやめた理由

いくら好きなカレー屋さんでも、さすがに毎日は通いませんよね。毎日、食べに来てもらえるようにするには、「とびきりうまいカレーもある定食屋さん」にならなくちゃいけない。ネイビーズアフロは、とびきりうまいカレーを作れるんやけど、それ一本だけで勝負しようとしているようなものなんです。

すでに確立された型が1つあるわけだから、もう少しバラエティ豊かにして「いろいろなメニューがあるけど、いつでも、とびきりおいしいカレーを出せます」っていう定食屋さんになれたら一気に跳ねるんやないかと思います。

NON STYLEもそれまで自分たちの「型」だった「イキリ漫才」を封印することで、M-1で優勝できました。さらに、そこで披露した「太ももを叩く」という新しい型も、M-1後にはほぼやっていません。

長く漫才をやっていくには、1つの型に固執しすぎず、「新たなチャレンジ」をしていかなくてはいけない。そう思っているからです。

■「見逃してもいいボケ」で4分間を駆け抜ける

シビアな時間制限がある賞レースでは、「短い時間でどれだけボケ数を入れられるか」が大切だといわれます。最近、ぐいぐい認知度が上がっているコンビで、ボケの量が際立っているのは、2023年のM-1で準優勝したヤーレンズでしょう。

ヤーレンズは本当にボケ数が多い。最初から最後まで息をつかせぬほどのスピードで、次から次へと畳み掛けるようにボケが差し込まれます。しかも彼らがすごいのは、お客さんがボケを見逃すのをなんとも思っていないように見えるところです。ボケ数を多くすればするほど、お客さんが掛け合いのスピードについていけず、ボケを見逃してしまう危険性があります。

劇場の座席
写真=iStock.com/zoff-photo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zoff-photo

僕がM-1で「一度ボケて、さらに太ももを叩いて自分を戒める」という2重構造にしたのは、確実にお客さんにボケを受け止めてもらうための工夫でもありました。「太ももを叩くまでが1つの展開ですよ」とお客さんにわかってもらうことで、スピードを上げてもボケを見逃されないようにしたんです。

でも、ヤーレンズはNON STYLEでいうところの「ボケましたよ、太もも叩いて戒めますよ」みたいな「お客さんにきちんと届けるターン」を入れていない。

ボケの種類を見てもそう思います。ヤーレンズのボケは意外と世代や性別で「わかる/わからない」「笑える/笑えない」が分かれるものがけっこうあります。

たとえば、サラッとアントニオ猪木のボケを入れたりする。猪木のボケは若い人にはあまり伝わらないでしょう。

■全部のボケで全員にウケようとしないスタンスの新しさ

彼らはそういうボケを容赦なく差し込みつつ、基本的に「どうぞご自由に見逃してください」というスタンスでいるんです。そもそも全部のボケでみんなにウケることを狙っていない。一部の人にしか伝わらなさそうなボケでも、ツッコミの出井(隼之介)くんがほとんど説明せずサラッと突っ込むだけで次に行ってしまうこともよくあります。

それでも全体として爆笑をとっているところが本当にすごい。

「ボケの種類と数」を豊富にすることで、結果的に「見ている人みんながどこかで笑えるネタ」に仕上げ、笑いの量を稼いでいく。ボケの1つひとつはターゲットが絞られるんやけど、トータルでは万人ウケする、という戦略が見事にハマっているんです。

実はヤーレンズはただボケ数が多いだけではなく、まったく新しいスタイルでM-1に挑んできたわけです。

また、本来は大きな笑いが起こったらいったん笑いが静まるのを待って次の展開に行くのが基本です。でも、ヤーレンズは、笑いが起きているなかでもガンガン次のボケを入れていく。これも「見逃してもいいですよ」というスタンスだからやと思います。そうすることで、最後までトップスピードで駆け抜けることができるんです。

■従来の漫才の定石なら、ボケ数は少ないほうがウケやすい

ヤーレンズのようなスタイルもありますが、これまでの漫才の定石でいえば、ボケ数は少ないほうがウケやすくなります。振りに時間をかければかけるほど、複雑なコマンドを打つことができるからです。

どういうことかというと、お客さんが「こんなボケが来そう」と想像する時間を設けたうえで、その逆をやったり意表をついたりすることで、鋭く刺さるボケができるんです。

つまり、面白いことを言うまでに、ある程度、時間をかけたほうが笑いをとりやすい。この場合は展開がゆっくりになり、振りに時間をかけるぶん、ボケ数は少なくなる。こういう順序で、ボケ数は少ないほうがウケやすいという話になるわけです。

逆に、小ぶりなボケを数多く打つ場合は、とにかくスピードが命です。ボケがシンプルなだけに、お客さんに「こういうボケ言うんちゃうかな」と読まれてしまったら、笑いの量は格段に減ってしまいます。だから、お客さんに予測される前に、とにかくボケを乱射しながら一気に駆け抜けるしかありません。

■ボケ数勝負がしたければ速度以外の工夫が要る

こういうタイプの漫才は、ネタ時間が短いからできるともいえます。M-1みたいに4分間の勝負ならば逃げ切ることができますが、5分とか10分となると難しい。やる側もそんなに息がもたないし、何よりネタ時間が長くなればなるほど、お客さんにボケを読まれやすくなってしまうからです。

石田明『答え合わせ』(マガジンハウス新書)
石田明『答え合わせ』(マガジンハウス新書)

2023年のM-1決勝のときのヤーレンズとさや香、どちらのボケ数のほうが多いかといったら圧倒的にヤーレンズです。

ヤーレンズは「小ぶりなボケの種類と数」で笑いをかき集める。さや香は「振りに時間をかけた少数精鋭のボケ」で笑いをかき集める。全体を通してかき集めた笑いの量は、ひょっとしたら、さや香のほうが上回っていたかもしれません。

ボケの量と質、どちらをとるか。小ぶりなボケを数打つか、それとも練ったボケを少数打つか。どちらのほうが「笑いの総量」は多くなるのか――。

僕は自虐半分、ボケ半分で「質より量で勝負してます」と言っていますけど、少ないボケ数で大きな笑いをとるスタイルをうらやましく思っています。もし、ボケ数で勝負をしたいなら、ただスピードを上げてボケ続けるのではなく、ヤーレンズのように、一工夫が必要な時代やと思います。

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石田 明(いしだ・あきら)
芸人
1980年2月20日生まれ。大阪府大阪市出身。お笑いコンビ「NON STYLE」のボケ、ネタ作り担当。中学時代に出会った井上裕介と2000年5月にコンビ結成。NHK「爆笑オンエアバトル」9代目チャンピオン、「M‐1グランプリ2008」優勝など、数々のタイトルを獲得。「M‐1グランプリ」では2015年に決勝の審査員を、2023年には敗者復活戦の審査員を務めた。2021年からNSC(吉本総合芸能学院)の講師を務め、年間1200人以上に授業を行っている。

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(芸人 石田 明)

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