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「鍋の素は冬しか使えない」を覆す…エバラ食品工業「プチッと鍋」が"ポーション調味料"を名乗る理由

プレジデントオンライン / 2024年11月29日 16時15分

「プチッと鍋」のラインナップ(画像=エバラ食品工業プレスリリースより)

1人分の鍋料理「個食鍋」の市場が活発になっている。マーケティングが専門の高千穂大学商学部教授の永井竜之介さんは「2012年に味の素『鍋キューブ』、2013年にエバラ食品工業『プチッと鍋』という2つの新商品が登場したことで、1人から自由に鍋を楽しめる個食鍋の市場が開拓されていった」という――。

■「鍋つゆ」市場が拡大している

毎年、寒さの訪れとともにニーズが高まっていく鍋料理の関連市場で、特に大きな成長を見せているのが「鍋つゆ」市場だ。鍋つゆ市場は、富士経済の調査によると、2010年には279億円だった市場規模が、2020年には448億円へ急拡大しているという。コロナ禍による特別な内食ニーズの高まりからの揺り戻しや暖冬の影響などを受け、2023年の市場規模は407億円となったが、2019~23年の年平均成長率は101.5%で堅調な成長を維持している(※1)

※1 激流ONLINE「秋冬商品戦略/Mizkan「鍋つゆ」/新価値創出で客層を拡大し鍋市場を活性化」、北海道新聞「<北の食☆トレンド>拡大する『鍋つゆ』市場 冬の陣、北海道進出『久原本家』×老舗『ベル食品』」を参照。

鍋つゆ市場の成長の背景として、「2つの開拓」が指摘できる。1つは、味の開拓が進められている点である。昔ながらのよせ鍋・ちゃんこ鍋・もつ鍋・すき焼きといった和風の味つけに加えて、韓国のキムチ鍋・チゲ鍋・参鶏湯、洋風のトマト鍋・ブイヤベース・チーズやクリーム系の味つけ、中華の火鍋、そしてカレーやごま豆乳など、新たな味が人気を呼び、それが新定番となって鍋つゆの種類を増やしていくことに成功している。

■個食鍋市場で売上トップとなった「プチッと鍋」

もう1つの成長要因が、「個食鍋」という新市場の開拓だ。3~4人前で使い切りのパウチタイプの商品が主流になっている鍋つゆ市場において、2012年の味の素「鍋キューブ」、2013年のエバラ食品工業「プチッと鍋」という2つの新商品が登場したことで、1人から自由に鍋を楽しめる個食鍋の市場が開拓されていき、現在では鍋つゆ市場の約2割を個包装タイプの個食鍋商品が占めるまでに成長を遂げている。

この個食鍋市場で売上トップの座を掴んでいるのが、11種類もの味を展開するエバラ食品工業「プチッと鍋」シリーズだ(2023年4月~2024年3月累計販売金額)(※2)。ここでは「イノベーション鍋」を目指して開発された「プチッと鍋」の強みについて、先行していたライバル「鍋キューブ」との関係や、協調と競争を使い分けるマーケティング戦略を取り上げながら見ていこう。

※2 エバラ食品ニュースリリース「エバラ食品『プチッと鍋』新CMを9月17日(火)より放送開始」を参照。

「プチッと鍋」は2つの大きな強みを持っている商品だ。まず1つめの強みは、個食鍋を求める消費者ニーズを的確に満たすことができる点にある。エバラ食品工業は、「キムチ鍋の素」などボトルに入った濃縮タイプでヒット商品を生み出していたが、濃縮タイプからパウチタイプに鍋つゆ市場の主流が移行するにつれて苦戦を経験し、パウチタイプで大きなシェアを掴めずにいた。そうした中で、これからのニーズを満たす「イノベーション鍋」を目指して開発されたのが「プチッと鍋」だった(※3)

※3 Cross Marketing「個食市場を切り拓いた『プチッと鍋』 第1回 『1個で1人前』のコンセプトにたどりつくまで」、日興フロッギー〈「『平日だって鍋を食べたい』、お客様の声が『個食鍋』という市場につながったんです」【前編】〉を参照。

■ガムシロップなどで親しみのある容器を採用

鍋に新しい価値をもたらす「イノベーション鍋」となるには、どんな新しい価値を作ればいいのか。それを探るために実施したユーザー調査から出てきたのが、「個食」というキーワードと「1個で1人前」というコンセプトだった。ライフスタイルの多様化が進み、一世帯あたりの人数が減り、家族が同じ時間に揃って食事をする機会も減っている。その結果、1人暮らしや夫婦2人でも、あるいは家族世帯の中で「夜遅くに帰ってきた父の夜食用」「母の自宅ランチ用」など、「もっと自由で手軽に鍋を楽しみたい」というニーズが高まっていた。

「1個で1人前」の個食できる鍋つゆ開発にあたって、これまでにないインパクトを求めて選んだのが、ポーション型容器だった。ガムシロップなどの容器として親しみがあって使いやすく、鍋の素としては斬新さがあり、売り場や広告で大きな注目を集められると考えたためだ。

水分を飛ばして液を濃縮する方法では風味が損なわれてしまうため、自社独自の高濃度ブレンド技術を活用した。余計な水分を加えずに原料の量、配合、順番、加熱方法などを調整し、20mlの小さなポーション容器に充填するという高度で繊細な技術開発の末、「プチッと鍋」は商品化された。鍋つゆ市場では年間5億円で大ヒットと考えられているところ、「プチッと鍋」は初年度に9億円、2年目には18億円の規格外のヒットを記録し、その後も毎年売上を伸ばし続け、個食鍋市場を開拓していくことに成功した(※4)

※4 日興フロッギー〈「お客さまの反応を見て商品名は『プチッと鍋』しかないと思ったんです」【後編】〉を参照。

鍋料理
写真=iStock.com/Gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gyro

■鍋以外にも使える「ポーション調味料」という位置づけ

「プチッと鍋」の2つめの強みは、「ポーション調味料」という新ジャンルの提案を推進する点にある。鍋料理にとって最大の課題は、寒い時期に需要が偏り、暖かい時期に売れなくなることだ。そのため、「鍋以外の料理にも使える」という提案の量と質によって、ユーザーを「たしかに便利」「なるほど」と思わせて説得することが重要になる。「プチッと鍋」は、ユーザーに年間を通じて利用してもらうために、「鍋の素」ではなく、鍋にも使える「ポーション調味料」として位置付けられている。

エバラ食品の「プチッと鍋」ホームページには、「プチッと鍋でアレンジレシピ」の専用ページが作られており、肉野菜炒めやチャーハンなどの「ササッと炒める」、ハンバーグやお好み焼きの「手軽に焼くだけ」、炊き込みご飯や茶わん蒸しの「ほったらかし」、というポーション調味料としての3つの活用法が特集されている。さらに、自社ホームページ「おいしいレシピ」では、「プチッと調味料」のレシピが747件と豊富に提供されている(2024年11月末時点)。これは、味の素「レシピ大百科」において「鍋キューブ」レシピが407件であるのと比べても、とりわけ多いことが分かる。

■味の素「鍋キューブ」との接戦を繰り広げる

ポーション調味料としての活用提案は、自社サイトだけに留まらない。時期ごとに、様々なレシピサイトやインフルエンサーとのコラボレーションも積極展開している。直近では、2024年10月からプロの料理家の美味しいレシピが集まる料理メディア「Nadia」において「鍋だけじゃない!プチッと鍋でおかずもごはんも!大満足レシピ」が公開されている。自宅に限らず、屋外のアウトドアシーンでの「キャンプ飯」としての活用提案も発信されている。

そうしてオンライン上の情報を充実させながら、2024年9月から放映のテレビCMでは「プチッと炒め」の実演シーンを見せてネットやSNSでの検索を促す形を強調しており、テレビCMを見た人が「調べてみたらたくさんある!」と驚き、活用法に納得するよう誘導する情報網が構築されている。

「個食鍋としてのニーズ」や「ポーション調味料としてのニーズ」を自ら提案することで、商品の新ニーズ開拓に成功している「プチッと鍋」だが、先行して発売されていた味の素「鍋キューブ」との激しい競争は続いている。2023年9月1日~11月30日におけるスーパーマーケットでの売上個数ランキングでは、鍋つゆトップ10のうち個食鍋タイプが4つランクインし、5位と8位に「プチッと鍋」、6位と10位に「鍋キューブ」という接戦ぶりだ(※5)

※5 日経クロストレンド「『鍋つゆ』売り上げランキング1位は? リピート率首位は意外な○○」を参照。

■マーケットインか、プロダクトアウトか

この2つの商品は、「個食鍋」という同じニーズを満たすライバル同士だが、じつは対照的なスタート地点から開発された、という点がユニークだ。「プチッと鍋」が市場のニーズから新商品を作る「マーケットイン」と呼ばれる開発方法だったのに対して、「鍋キューブ」は自社の技術や強みを活かすことで新商品を作る「プロダクトアウト」と呼ばれる開発方法が取られている。

味の素では、自社のヒット商品であるキューブ状の「味の素KKコンソメ<固形タイプ>」に着目し、このキューブ状という独自性を活用した新商品を模索した結果、120にのぼる新商品アイデアの中から誕生したのが「鍋キューブ」だった(※6)

※6 女性自身「鍋つゆ界の革命商品『鍋キューブ』誕生のきっかけ」を参照。

「鍋キューブ 鶏だし・うま塩 7個入」
「鍋キューブ 鶏だし・うま塩 7個入」(画像=味の素プレスリリースより)

「鍋キューブ」は、鍋つゆの素を小さなキューブ状の商品にする、というこだわりを実現するため、約2年をかけて美味しさ・コンパクトさ・溶けやすさを共存させる技術開発をクリアし、2012年8月に発売された。この「鍋キューブ」と「プチッと鍋」は開発期間がかぶっており、「鍋キューブ」の発売を受けて、「プチッと鍋」は予定していた開発期間を約1年短縮し、2013年8月に発売を早めたという(※7)

※7 日興フロッギー〈「『平日だって鍋を食べたい』、お客様の声が『個食鍋』という市場につながったんです」【前編】〉を参照。

■市場の拡大ではライバルと「協調」、シェア獲得では「競争」

先行するライバル「鍋キューブ」を追いかける形で発売された後発の「プチッと鍋」が、ライバルを追いかけ、追い越すまでになった戦略は「コーペティション戦略」と呼ばれるものだ。コーペティション戦略とは、「Cooperation(協調)」と「Competition(競争)」の2つの単語を組み合わせた造語で、ライバルとの協調と競争を使い分ける戦略である。新たな価値を開拓する段階ではライバルと協調して市場を拡大させ、大きくなった市場のシェアを獲得する段階ではライバルと競争する、といった使い分けが一般的とされる。

まずは、ライバルと潰し合わないように棲み分けながら、共に市場を広げる。そして、広がった市場において、相手にない価値を作る付加価値競争で勝ち上がる。この協調と競争のコーペティション戦略は、個食鍋市場における「プチッと鍋」にちょうど良く当てはまる。開発時期がかぶり、ライバル「鍋キューブ」が先に発売されることを知ったときの想いを、「プチッと鍋」の開発チームは「同じ時期に同じことを考えていた方たちがいたんだな」と驚くとともに「個食鍋のニーズは間違いなくある、市場としてのチャンスはあると確信した」と語っている(※8)

※8 日興フロッギー〈「『平日だって鍋を食べたい』、お客様の声が『個食鍋』という市場につながったんです」【前編】〉を参照。

2つの商品は、個食鍋という新市場を開拓するライバルであると同時に、同志でもあり、それぞれのマーケティング活動を通じて、鍋つゆ市場の約2割を占めるまでに個食鍋市場を拡大させてきた。そして、市場開拓のスタートから10年以上が経った現在では、シェア獲得競争に重点を置いた戦略が取られている。「プチッと鍋」が、ライバルを上回る価値として持っているのは、味の種類と、使い方の幅である。

■ポーション調味料専用の新ラインを増設

ポーション調味料として開発された「プチッと鍋」は、液・容器の技術改良が進められ、2013年の20mlのポーションに始まり、2016年からは40mlの高粘度タイプの濃厚味、2022年からはシリーズの「プチッとうどん」で40mlの具入りタイプ、2024年からは20mlで液残りのないゼリータイプと、商品の進化とラインナップの充実化を進めている。応用の幅を広げやすい液体(ポーション)と、応用の難しい個体(キューブ)の違いから、「プチッと鍋」は11種類の味(※「プチッと鍋ホッと温」を含む)を展開しているのに対して、「鍋キューブ」は6種類だ。前述の通り、商品を活用した鍋以外のレシピ数においても、「プチッと鍋」が大きくリードしており、相手にはない味と使い方の提案を競争優位に結び付けている。

「プチッと鍋ホッと温 中華しょうゆ」
「プチッと鍋ホッと温 中華しょうゆ」(画像=エバラ食品工業プレスリリースより)

エバラ食品工業は、中期経営計画の中で「ポーション調味料の売上拡大」を明記しており、鍋用の「プチッと鍋」に加えて、うどん用の「プチッとうどん」、ステーキ用の「プチッとステーキ」など、ポーション調味料の味と用途の拡張を推し進めている。栃木工場に加え、岡山の津山工場にもポーション調味料専用の新ラインを増設しており、今後ますます新たな価値を生みだしていくだろう。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部教授
専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『 マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『 分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)などがある。

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(高千穂大学商学部教授 永井 竜之介)

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