「オーガニックだから安全安心」は間違っている…「農薬は体に悪い」と信じる人に決定的に欠けている視点
プレジデントオンライン / 2024年12月14日 17時15分
■「有機農作物は無農薬だから安全安心」とは言えない
有機農業で栽培された有機(オーガニック)農産物は、農薬を使わず栽培され安全安心……。そんなセールストークがひんぱんに聞かれますが、実は間違い。
有機だからといって無農薬とは限らず、ほかの農産物に比べて安全だともみなされていません。それでは、有機農業の意義はどこにあるのでしょう。私は、「環境負荷を低減する場合がある」ということだと考えています。
日本の法律では有機農業を「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」と定義しています。
そんな有機農業においても、自然由来の40種類あまりの農薬は使えるため、無農薬とは言い切れません。そもそも、化学合成農薬が体に悪いという前提も考えなおす必要があります。
農薬取締法などに基づいて健康影響が出ないとされる量が用いられ、残留量もわずかで、科学的に見て健康影響は考えられません。作物は栽培中や収穫後の保管中にかびが増殖し、食品にかびが作る毒性物質(かび毒)が含まれる場合があります。適切に化学合成農薬を使用したほうが、食品トータルでの安全性は高くなる、と判断する科学者が少なくありません。
また、遺伝子組換え技術や、殺菌などを目的とした放射線照射も、有機農業では利用を禁じられています。しかし、これらの技術そのものは国際的に安全性を確認され問題なし、と判断され、他の食品では利用されています。
■栄養価が高いのは「農薬あり」か「農薬なし」か
栄養価についても研究が行われていますが、有機農産物のほうが栄養価が高い、という論文と、農薬等を用いる「慣行農業」による農産物と変わらない、という論文の両方があり、確定的な判断はできない状態です。
「安全安心のためオーガニック給食を増やそう」という運動もありますが、科学的には有機農業・有機農産物は安全性とは関係がないのです。
では、なんのために有機農業はあるのか?
国際的には、有機農業の「生物多様性や生物、土壌などによる循環系を守る」という理念が重視されています。ただし、生産性の低さを問題視する意見も出ています。
化学合成農薬などを用いないので、どうしても単位面積あたりの収量は低くなりがち。有機農業で食料を十分に供給するには農地を増やさざるを得ません。森林開発などを進めるとかえって地球全体の自然環境のバランスを崩すのではないか、と考えられ、学術論文も出ています。
ともあれ、有機農業は欧米では拡大しており、世界の農地の約2%で有機農業が行われています(2022年)。日本での取り組み面積は農地全体の0.7%(2022年度)。10年前は0.5%なので、少し増えました。
有機JAS認証を受けた生産者が作った農産物の割合は野菜で総生産量の0.39%、米で0.12%(図表1)です。
■有機農業の本当の価値
私が気になるのは、有機農家の中に「農薬はこんなに危ないから、有機農業は価値がある」という言い方をする人が少なくない、という現象です。
多くの人が「昔、農薬を散布していたら気分が悪くなった」と体験談を語ります。しかし、化学合成農薬の安全性評価は年々厳しくなっています。昔と今では使われる農薬の種類や量がかなり変わってきているのですが、そうした変化は無視されています。
日本は高温多湿で病害虫の被害を受けやすい国です。稲を襲うウンカが中国大陸から偏西風に乗って飛んでくるなど、地理的条件もよくありません。有機農業は、労働量も多くなりがちで、高齢化が急速に進んでいる日本の農業において急拡大を目指すのは難しいでしょう。
有機農業か慣行農業かという二分法で判断するのは不毛ではないでしょうか。有機農業に適した土地柄、作物では有機農業をして特徴のある農産物として売ればよいし、一方で、化学合成農薬や化学肥料等もうまく利用し、妥当な価格で安定供給を目指す農家もいてよいはず、と私は思います。
有機農業では、その土地に古くからある「在来種」がよく栽培されています。収量が低いものが多く、価格競争が激しい慣行農業ではもうあまり、栽培されません。しかし、万人向けではないが特徴のあるおいしい味を持つ、という在来種も多いものです。そんな味を追い求めて、少々高い有機農産物を買う、というのもよいでしょう。
また、有機農業をする農家の多くは、消費者との直接のつながりを大事にし、産地直送、いわゆる「産直」をアピールして、交流イベントを開催したりします。それも、有機農業の魅力につながっています。
■「完全メシ」は本当に完全と言えるのか
だれもが忙しい昨今、「完全栄養食」とか「完全メシ」などと呼ばれる食品が注目されています。何が完全か、というと、公的機関が策定した「食事摂取基準」に基づき、すべての栄養素がバランスよく含まれ、もれなく摂れる、という意味で使われています。
製品によっては、1日に必要な栄養素の1/3を摂れる、とするものもあります。パン、冷凍食品、湯を注いで作るインスタント食品など、さまざまな製品があります。手間のかかる調理が要らず簡単に栄養を摂れるのですから、とても便利。
高価ではありますが、人気があるのもうなずけます。でも、完全とは言い難い、と私は思います。日本人の食事摂取基準で設定されている栄養素は33種類。でも、私たちは食事の中で、これ以外の栄養素も摂っているのです。
たとえば、ベリー類に多いとされるアントシアニンや大豆に含まれるイソフラボン、緑茶のカテキンなどの抗酸化物質は、先ほどの33種類には入っていませんが、動脈硬化・がん・老化・免疫機能の低下を緩和するとされています。
抗酸化物質を単独でサプリメントとして摂取するやり方は、人でがんや脳出血のリスクを上げるという報告があるほか、多数の病気予防や認知機能の低下防止にも効果がない、という調査報告が目立ちます。
■「タイパ」と引き換えに手放してしまうこと
一方、多種類の穀物や野菜等を食べ多様な抗酸化物質を少しずつ摂ることの健康効果は、多数の研究で実証されています。完全食ではどうしても原材料が限られますし、加工工程でも抗酸化物質は減ってゆきます。添加されていても、種類は少ないのです。
また、完全食が手軽さ、簡便さを追求する以上、食べる時間も短くなりがち。食べるのが早いほど肥満度が高くなる、という関係がわかっています。
血糖値も急上昇し、血管がダメージを受けます。完全食は食べやすく加工されているので、野菜などを食べる時の「しっかり噛む」という動作も少なくなります。実はこれも健康に影響してきます。
80歳になっても自分の歯を20本以上保とうという運動を展開する8020推進財団によれば、噛むことで唾液が分泌され口内を浄化し虫歯や歯周病を防ぎ、食べ過ぎも防ぎ、高齢者では口の開閉運動にもつながるとのこと。
完全食の手軽さの陰で、こうした「普通に調理しさまざまな食品を食べること」の価値が一部失われることに注意が必要です。
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科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます。
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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)
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