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「なぜこんなにボッキボキに」左肋骨12本中9本が折れ3本にヒビ…"無敵の人"に変貌した老母を見守る娘の思い

プレジデントオンライン / 2025年1月11日 10時16分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jordieasy

認知症の症状がどんどん進んでいく70代の母親。「衰えていく様をまざまざと見せつけられたのがこたえる」と語る50代娘。同じことを何度も何度も聞かれ、イライラしてつい声を荒らげてしまったことは一度や二度ではないが、育児・家事・仕事をしつつ遠い実家に通いながら献身的な介護を続けている――。(後編/全2回)
【前編のあらすじ】中部地方在住の増田十和子さん(仮名・50代)は、子ども時代に口より先に手が出る父親にしばしば殴られたが、母親は助けてくれなかった。15歳の時に、父親が46歳で急逝。理不尽なことばかりを言う母親から逃れるため、増田さんは「早く家から出たい」と思うように。やがてアルバイト先で出会った3歳年上の男性と20歳で結婚し、2女をもうけたが、母親に気を許すことはなく、適切な距離を保つことを心がけていた。ところが2012年冬。兄の急逝と被るように母親の物忘れが加速。認知症になり家電の操作ができなくなった。増田さんは車で片道2時間の距離を週1〜2回通うようになったが――。

■老人保健施設か有料老人ホームか

2018年2月、中部地方在住の増田十和子さん(仮名・50代)は実家から帰宅した途端、77歳の認知症の母親が病院に救急搬送されたという電話を受けた。飼っていた15歳の猫が姿を消し、母親が探しに行って転び、近所の人が見つけて救急車を呼んでくれたらしい。

ちょうど仕事から帰ったばかりの夫が、増田さんを搬送先の病院まで送ってくれた。

母親の病室には、弟夫婦と同じタイミングで到着。母親に「どうしてこんなことになったの?」と声をかけると、「痛い。わからん」と首を振る。

「トラがいなくなったの?」と聞くと、「トラがいなくなった。見つかりゃへん」と言う。

その時担当医が来て、レントゲン写真を見せながら説明を始めた。

「母の左側の肋骨は、12本のうち9本が折れており、3本にはひびが入っていて……こんなにボッキボキに骨折していても、コルセットを付けるぐらいしか処置の方法がありませんでした。また、医師は『お母さんは一人暮らしとのことですが、何もなければ2~3日で退院になる。退院後は実家で誰かが世話するのか、リハビリができる施設に身を寄せるのか、ソーシャルワーカーと相談してください』と言われました」

その夜、増田さんは母親の入院のために必要なものを取りに実家に行くと、まずはトラを探した。するとトラは、仏壇の裏にいた。15歳のトラは腎不全を発症していて、食欲がない。

増田さんは部屋を暖めて、毛布でトラの寝床を作り、水を飲ませてやった。

翌朝、母親の病院へ行き、トラが見つかったことを伝えたが、母親はもう、トラがいなくなったことを覚えていなかった。

弟とソーシャルワーカーの面談を受けると、弟は「2〜3日で退院なんて無理! 退院を拒否しよう」と言う。一方、ソーシャルワーカーは、老人保健施設を提案した。ただ、老健は要介護1以上の認定が入所条件になるが、この時母親は認定結果待ちだった。

「今の状況なら要介護1は出るでしょうから、ちょっと役所にかけ合ってみますね」

ソーシャルワーカーはそう言って、老健を第一希望、老健に空きがなければリハビリに力を入れている老人ホームを探すということに決まった。

実家に寄ると、トラはほとんど食べられなくなっており、増田さんが毎日、動物病院に連れて行き、点滴をしてもらっていた。

増田さんは、「このまま母が施設に入ったら、母とトラはもう会えないのではないか」と考えていた。

その日の午後、母の面会に行くと、主治医が母親を支えて歩かせていた。増田さんは思わず、

「こんなに歩けるなら、ちょっと助けたら家で暮らせるんじゃないの?」

と口にする。すると母親が、

「そうよ、私ってなんでここにいるの? ただの打ち身でしょう? 早く帰りたいわ!」

とあっけらかんと言う。

そこへ主治医も、

「そうだよ。施設なんか入ったら決まった時間しか歩かせてくれんから、そりゃあ自宅に帰ったほうが回復も早いよ!」

と笑いながら頷く。

その日の夜、増田さんは弟にLINEした。

「今日、お母さん、わりと歩けていたから、退院させようと思う」

朝イチでソーシャルワーカーに母親を通い介護する決意をしたことを伝えると、「それができるならそのほうが良いです。その後また困ったことがあったら相談に乗りますよ」と言ってくれた。

実家に戻った母親は、8日間愛猫と過ごすことができた。

■通い介護の限界

訪問調査から1カ月ちょっと経ち、ようやく母親は要介護1と認定された。骨折から5日で退院した母親は自宅に戻り、週に3日のデイケアとヘルパーを利用し始めた。デイケアもヘルパーもない日、週に2〜3日ほどは増田さんが実家に通い、買物や家事を担う。実家に行かない日はアパレル系の会社で9時間ほどパートをしていた。

「母の本音は『他人に何もしてもらわなくていい』と言っていましたが、外面がいいので、介護のスタッフに会えばにこやかに対応していたようです。でも母の認知症は緩やかに進行し、骨折から5〜6年ほど経つ頃には、だんだんデイケアの拒否は強くなり、具合が悪くなったフリをしたり、介護のスタッフにも怒ったりするようになっていきました」

主治医から「たんぱく質を摂るように」と言われていたため、増田さんが肉類のおかずを作っておいても「後で食べよう」としてもったいぶったり、お菓子や果物、すぐに食べられるおにぎりばかり食べているうちに傷ませて廃棄したりすることがしばしば。

以前、認知症のひとつである「前頭側頭葉変性症」と診断されたのを機に、母親は納得の上で免許を返納し、母親の車は増田さんが乗るようになったにもかかわらず、「家に車がない、誰かに盗られた」「車を返して」などと言い出したり、貯金通帳をどこかにしまい込んで忘れてしまったりするため、増田さんが預かっていたら、「貯金通帳が見つからない、どこかで落としてきた」と騒ぎ出す。

頭部のMRI画像
写真=iStock.com/Popartic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Popartic

不安感が強くなり、増田さんが帰ろうとすると20〜30分引き止められることが多くなり、帰宅した後も、「どうして勝手に帰ったの?」と怒って電話をかけてくることも増えた。

もともとメニエール病があった母親は、頻繫にめまいを訴えていたが、よろけることが増え、歩く歩幅が小さくなり、躓きやすくなってきていた。

2019年に母親が78歳になった頃、増田さんは自身の更年期障害や介護のストレスなどが重なったせいか、動悸やめまいの症状が強くなり、アパレル系のパートを一旦休職。しかし一向に改善しないため、そのまま退職することに決めた。

2022年1月。母親の主治医やケアマネたちに「そろそろ施設を考えたほうがいいですよ」と言われ始める。確かにここ2年ほどで、母親は動作がおぼつかなくなり、薬を正しく飲めなくなり、偏食が進んでいた。増田さんは電話で誘導して何とか対処を試みたが、母親は自分のしたいようにしか動かない。そのため「もう一人暮らしは無理」という結論に至った。

増田さんは3月頃から施設探しをスタート。併せて母親の施設費用に充てるため、実家の売却を考え始めた。

■老後資金を1500万円貯めながらの介護

81歳になった母親は2022年10月、有料老人ホームに入所。

「弟とは何となくかみ合わなくて、アテにするとイライラするので、頼みごとは私がインフルエンザで寝込んだ時の母の買い物、不動産屋との話し合い、母の施設への引っ越しの力仕事など、本当に困ったときだけにしていました。施設のことは、弟には成り行きを説明したくらいで、ほとんど1人で決めました」

増田さんが母親の介護をしていて最もつらいと思ったのは、通い介護を始めたばかりの頃、家族揃って旅行することができなくなってしまったことだった。

「特にまだ中学生だった次女には申し訳なかったなと思います。母が衰えていく様をまざまざと見せつけられたのもこたえました。同じことを何度も何度も聞かれ、それに答えるのは相当な忍耐力が要ります。イライラして、つい声を荒らげてしまったことは一度や二度ではありません。入浴する、病院に行く、私が自宅に帰るなどの時は、母の“助走の時間”が必要不可欠でした。その時間は母が納得するまで、20~30分ほど何度も同じ質問に答えなくてはなりません。“助走の時間”を遮ってしまうと、母は意固地になってしまいます。その時間はとても長く感じて、胃がキリキリと痛くなり、時々爆発してしまいました」

思春期の頃、増田さんが母親に何か相談すると、必ず否定され、過去のことを持ち出して責めてきて、反論すると言い争いになるため、避けるようになった。当時から関係が良くなかったが、それでも約9年間、車で片道2時間ほどの距離を通い続けた。

「もともとはあまり母と関わりたくなかったのですが、距離を置いたままの関係で終わらなかったのは良かったと思います。あとは母の介護をすることで出会ったケアマネさんをはじめ、医療関係者、介護従事者の方々が本当に良い方ばかりで、連帯感を持ちながらやってこれたのが楽しく良い思い出になりました」

夫はときどき車の運転をしてくれ、娘たちも家事をサポートしてくれたり、実家まで一緒に来て介護を手伝ってくれたりした。

「通い介護をするにあたり、母のための時間を確保しておくことと、その時間以上は無理して関わらないことを心がけました。例えば、母から電話がたくさんかかってきても出ないとか。母が思うように動いてくれなくて、病院の予約の時間に遅れそうでも、慌てることをやめました。病院は、事情を話せば遅れても診てもらえましたし、慌ててイライラしたり、車で事故に遭ったりしたら元も子もないですからね」

あえて自分の心にゆとりを持つように努めたのだ。

「私の場合は、母がわりと自分のことは自分でできたので、食事介助やトイレ介助などのいわゆる介護らしい介護はしなかったのですが、これから家族を介護するという人は、『こんなことを言うのは甘えすぎ?』『愚痴だから黙っておこう』などと思わず、自分に不調が起こる前にケアマネさんやヘルパーさんを素直に頼ってください。そのほうが相手も助けやすいようですよ」

パートで9時間働きながら、週に2〜3日も車で片道2時間ほどの距離を通い、2家庭分の家事をするのは精神的にも肉体的にも大変だ。増田さんは体調を崩し、パートを辞めるに至ったが、そうなる前に、レスパイトケアのためにショートステイや自費の介護サービスを利用するほか、弟に助けを求めてもよかったかもしれない。

「介護って『やってあげてる』という気持ちよりも、いつか自分もたどるかもしれない道筋を教えてもらっているような気持ちのほうが大きい。『こんなふうになっちゃうんだ』という驚きの連発で、『こんなふうにならないために』と、予防や備えについていろいろと考えさせられました。こうした経験は、自分の老後にいくらか活かせるのではないかと思っています」

増田さんは、母親から自身の生活費を銀行からおろしてくるよう頼まれるようになった2019年頃、初めて母親の年金額や貯金額を知る。その時、「自分の老後資金がまるで足らない」ことに気づき、愕然とした。

通帳を見て驚くシニア女性
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

「もともと死ぬまで働くつもりではありましたが、母が年金で生活している内訳を目の当たりにして、働けなくなった後も生きて行かなければならないんだと思い知りました。なので現在は、働けなくなるまでに1500万円貯めるという目標を立てて、在宅でインターネット関係の仕事をしながら節約をして頑張っています。できれば母のようにぎりぎりまで自宅で暮らしたいですが、子どもを煩わせたくないとは思います」

母親の有料老人ホームに払う料金は、介護度が増すほどに上がり、現在は年金では賄えず、母親の貯金を削っている。貯金がなくなったら、実家を売却したお金を母親の施設費用に充てるつもりだという。

現在母親は83歳。施設に入所した翌年3月に腰の圧迫骨折により要介護4になったが、増田さんは特養に移ることはまだ考えていないそうだ。

「今の慣れた場所でできるだけ穏やかに過ごしてくれればと思います。もっと認知症が進み、まったくわけがわからないような状態になったら、特養でもいいのかなと考えています」

筆者が多くの介護者を取材してきて大事だと思うことのひとつが、親の介護費用は、子どもが自腹を切ってはならないということ。もし親の年金や貯えでは不足する恐れがあるなら、躊躇なく(費用が比較的安い)特養入所を検討したほうがいい。なぜなら最近の特養は、設備も人員も有料老人ホームと遜色ないところも増えてきているからだ。

要介護4ならタイミングが合えば、1カ月も待たずに入れるケースもある。百聞は一見にしかずだ。親の年金や貯えが底をつきそうで戦々恐々としているなら、自身の自宅近くの特養をいくつか見学してみてほしい。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社新書)刊行。

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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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