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難治性乳癌の抗がん剤への薬剤耐性獲得のメカニズムを解明

PR TIMES / 2021年5月24日 14時45分

~ 難治性癌に対するIL-26をターゲットとした新しい治療法の開発へ ~

順天堂大学大学院医学研究科 免疫病・がん先端治療学講座の伊藤匠 博士研究員、波多野良 特任助教、森本幾夫 特任教授、大沼圭 准教授、乳腺腫瘍学講座 堀本義哉 准教授らの研究グループは、免疫細胞が産生する炎症関連因子IL-26(*1)が、予後不良で知られる「トリプルネガティブ乳癌*2」における抗がん剤への薬剤耐性獲得のメカニズムを解明しました。本研究では、抗がん剤の一種である分子標的薬(*3)ゲフィチニブ(*4)によって癌組織が炎症、それによって増加した免疫細胞から産生されるIL-26が癌細胞の治療抵抗性を誘導することを明らかにしました。さらに、マウスモデルではIL-26を阻害する治療抗体とゲフィチニブを組み合わせることによって治療抵抗性が減弱されました。この成果は、分子標的治療の有効性が乏しい難治性癌に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。本研究結果は英国科学雑誌 「Cell Death and Disease」にオンライン版で掲載されました。



本研究成果のポイント


分子標的薬のゲフィチニブは難治性乳癌細胞に強力なストレスと炎症を誘導させる
炎症によって免疫細胞から産生されたIL-26は難治性乳癌にゲフィチニブに対する薬剤耐性を獲得させる
IL-26の治療抗体とゲフィチニブを組み合わせた治療はマウスモデルで癌治療効果を発揮する


背景
トリプルネガティブ乳癌(TNBC)は主な治療標的となる3つの因子が欠如した乳癌であり、特徴的な治療標的が無いことから有効な治療法が確立されていない予後の悪い乳癌です。このTNBCでは、細胞を活性化させるために必要な上皮成長因子受容体(EGFR)*5の発現が強く認められるため、EGFRが治療標的となる可能性が示唆されてきました。しかし臨床試験では、ゲフィチニブなどのEGFRの活性をブロックする薬剤の有効性は期待に反して乏しく、マウスモデルのみで有効性が認められていました。このような生物種間の矛盾が起きる原因は明らかになっておらず、標的治療の無いTNBCに対するEGFR分子標的薬の活用は一つの希望でありながら未だ大きな課題を抱えている状況と言えます。
研究グループはこれまでの研究で、免疫細胞が産生する炎症関連因子のIL-26が癌細胞の活性化に関与することを見出していました。本来、IL-26は生体防御の役割を担う因子ですが、様々な炎症性疾患や癌で過剰な発現が報告されています。しかし、IL-26は炎症関連因子の中でも発見が新しく、マウスなどのモデル動物では産生されないことからその働きの多くが解明されていません。このことを踏まえ、癌組織に入り込んだ免疫細胞から産生されるIL-26がどのような働きをしているか明らかにすることで、IL-26をターゲットとした新たな癌治療法が開発できるのではないかと考えました。また、ゲフィチニブに見られるヒトとマウスとの治療応答の違いに対して、ヒトにあってマウスには備わっていないIL-26がどのように関与しているか明らかにするために本研究を立案しました。

内容
本研究では、EGFRの分子標的薬であるゲフィチニブをヒトやマウスのTNBC細胞に作用させると強力なストレスによって細胞を死滅させることがわかりました。この細胞死のメカニズムは細胞の生命維持に関わる重要な細胞内器官である小胞体(*6)が強力なストレスを受けることによってもたらされるものだと判明しました。そこで、ゲフィチニブによってストレスを受けた細胞にIL-26をさらに作用させると、この小胞体ストレスを減弱させて癌細胞を再び活性化させ、生存させることがわかりました。また、IL-26が小胞体ストレスを緩和させるメカニズムとして、細胞同士の相互作用などに関係する細胞活性化因子のEphA3という分子の関与が明らかになりました。さらに、ゲフィチニブでストレスを受けたTNBC細胞は、免疫細胞を呼び込み、活性化を促す多くの炎症性物質を産生することも発見しました。
このメカニズムを詳細に分析するため、免疫細胞からヒトのIL-26が産生される遺伝子改変マウスを用いてTNBCの乳癌モデルを作製しました。これにより、ヒトと同じようにIL-26の作用を受けるTNBCモデルができました。この乳癌モデルマウスにゲフィチニブを投与した実験では、野生型マウスの腫瘍は小さくなりましたが、IL-26産生マウスの腫瘍は大きいままでした。すなわち、IL-26産生マウスではゲフィチニブの治療に抵抗性を示しました。また、ゲフィチニブを投与したマウスの腫瘍では炎症によって多くの免疫細胞の集積が見られ、集積した免疫細胞からIL-26が多く産生されていることがわかりました。したがって、ゲフィチニブの投与によって癌細胞に強いストレスがかかる一方で、癌細胞が呼び込んだ免疫細胞によってIL-26が産生され、IL-26が癌細胞のストレスを弱めながら生存を促すことでゲフィチニブの薬剤耐性を獲得させること(図1)を発見しました。そこで、このIL-26産生マウスのTNBCモデルにIL-26の働きを阻害する抗体を投与したところ、ゲフィチニブに対する治療抵抗性は減弱しました。
以上の結果から、ゲフィチニブとIL-26標的治療の組み合わせが有効である可能性を示しました。
[画像: https://prtimes.jp/i/21495/301/resize/d21495-301-994946-0.jpg ]

今後の展開
本研究により、TNBCの臨床でゲフィチニブが抱えている有効性の低下や薬剤耐性化といった問題にIL-26が関与している可能性を明らかにしました。また、ゲフィチニブがTNBC細胞に強力な小胞体ストレスを誘導する一方で、ストレスを受けた癌は炎症反応を誘導し、炎症によってIL-26の産生をより促す新たなメカニズムが明らかになりました。この研究結果は、抗がん剤抵抗性を示す難治性癌に対してIL-26をターゲットとした新しい治療法の開発に繋がるだけでなく、様々な癌に対して癌と分子標的薬、そして免疫との関係性を踏まえた癌免疫療法への応用の期待を高めました。現在、当研究室はIL-26の作用を抑制することができるヒト化抗体(*7)の開発に成功しており、IL-26を標的とした難治性癌・免疫難病・慢性炎症疾患に対する新たな治療法の開発、臨床応用を目指していきます。

用語解説
*1 IL-26(インターロイキン-26): 炎症を誘導する物質の一つと考えられており、数種のヒトの細胞や組織から産生されることが確認されているが、主に免疫細胞から産生される。
*2 トリプルネガティブ乳癌(TNBC; triple-negative breast cancer): エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2の3つの治療標的因子が全て発現しておらず、有効な標的治療法が確立されていないことから最も予後が悪い乳癌。
*3 分子標的薬: 特定の分子に対して選択的に働きかける抗がん剤。
*4 ゲフィチニブ: 上皮成長因子受容体 (EGFR)を選択的に阻害する抗がん剤のひとつ。
*5 上皮成長因子受容体(EGFR; epidermal growth factor receptor ): 癌の増殖に重要な成長因子EGFを受け取る受容体。
*6 小胞体: 細胞の生存に必要なタンパク質の合成、イオン貯蔵、代謝などを行う重要な細胞内の小器官であり、その機能不全や強いストレスは細胞死に繋がる。
*7 ヒト化抗体: 実験動物で作製した抗体をヒトに投与すると異物として認識されてしまうため、遺伝子工学の手法を用いて抗原と直接接触する領域以外はヒト型のアミノ酸配列に置き換えた抗体。

原著論文
本論文は英国科学雑誌 Cell Death and Disease (https://www.nature.com/cddis/ ) のオンライン版に2021年5月21日付で掲載されました。
論文タイトル: IL-26 mediates epidermal growth factor receptor-tyrosine kinase inhibitor (EGFR-TKI) resistance through endoplasmic reticulum stress signaling pathway in triple negative breast cancer cells (TNBC)
タイトル日本語訳:IL-26は小胞体ストレスを介してトリプルネガティブ乳癌のEGFR-TKI耐性を亢進する
著者: Takumi Itoh, Ryo Hatano, Yoshiya Horimoto, Taketo Yamada, Dan Song, Haruna Otsuka, Yuki Shirakawa, Shuji Mastuoka, Noriaki Iwao, Thomas M. Aune, Nam H. Dang, Yutaro Kaneko, Ko Okumura, Chikao Morimoto and Kei Ohnuma
著者(日本語表記): 伊藤匠1,2、波多野良1、堀本義哉3、山田健人4,5、宋丹1、大塚春奈1、白川裕貴1、松岡周二6、岩尾憲明7、 Thomas M. Aune8、 Nam H. Dang9、金子有太郎10、奥村康2、森本幾夫1、大沼圭1
所属:1 順天堂大学大学院医学研究科 免疫病・がん先端治療学講座、 2 順天堂大学大学院医学研究科 アトピー疾患研究センター、3 順天堂大学医学部 乳腺腫瘍学講座、4 埼玉医科大学 病理学、5 慶應大学医学部 病理学、
6 順天堂大学大学院医学研究科 免疫診断学講座、 7 順天堂大学医学部 血液内科学講座、8 Department of Medicine, Vanderbilt University School of Medicine, Vanderbilt University Medical Center、9 Division of Hematology/Oncology, University of Florida、10 Y's AC株式会社
DOI : 10.1038/s41419-021-03787-5

本研究は厚生労働省科研費(労災疾病臨床研究事業費補助金: 課題番号180101-01)、 JSPS科研費研究スタート支援(課題番号JP19K21278 (伊藤)) 、JSPS科研費基盤研究(B) (課題番号JP20H03471 (森本), JP18H02782(大沼))、JSPS科研費基盤研究(C) (課題番号JP20K07683 (波多野)) などの支援を受け実施されました。
また、本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。

≪免疫病・がん先端治療学講座が発表したIL-26に関連する過去の研究成果リリース≫
「乾癬などの炎症性皮膚疾患が悪化するメカニズムを解明
~免疫細胞が産生するIL-26は自己免疫疾患の新しい治療標的になり得る~」(2019.04.17)
https://www.juntendo.ac.jp/news/20190417-01.html

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