坐禅に映る己の心―飯能市 能仁寺―

クオリティ埼玉 / 2014年2月4日 2時23分

 埼玉県飯能市、埼玉県が名勝と指定した天覧山の山麓にその古刹は静かにたたずんでおり、門前坂下には名栗川の清らかな流れがある。曹洞宗武陽山能仁寺 萩野映明住職と親交の深い飯能名士である知人の紹介で坐禅修行の体験をさせて頂く事となった。日本では鎌倉時代に曹洞宗の道元、臨済宗の栄西らによって広まったとされる。
 能仁寺(no-nin-ji)は室町中期文亀元年(1501年)、飯能の武将中山家勝が名僧斧屋文達師を招いて小庵を結んだのが始まりとされており、家勝の子・家範が父の冥福を祈るために寺院を創建した。明治維新時の飯能を舞台とする「飯能戦争」では慶応4年(1868年)、官軍の攻撃により能仁寺も焼失した。本堂は昭和11年に再建され、本尊毘廬舎那仏を安置、その後復興を続け大書院等の竣工がなされ、昨年京都より移築された坐禅堂が完成。今回の体験の場所となった。
 足を組み、手を組んで姿勢を正し、静坐した状態で無念無想の境地で精神統一を行う。内においては本来の自己に遭遇し、外においては世の真相を看破する。「瞑想の中に自分と世界を見つめる」こと。姿勢を正し瞑想すると言っても簡単なことではない。
 身支度を終え、住職の指導のもと坐禅に入った。あぐらをかいた姿勢から片足ずつ引き寄せ太ももの上に乗せる。柔軟な若い世代ではなく、この足を組むというだけでも大変なのである。両足を乗せ組むことを結跡朕座(けつかふざ)といい、両足を乗せられず片足だけ乗せ組むことを半跡朕座(はんかふざ)という。筆者とともに坐禅体験した方は半跡朕座であったが、筆者は結跡朕座をすることができ、住職より「初心者であればすごい、門下に入らぬか」などと冷やかされてしまった。
 1月末、坐禅堂内は外より寒い。外界を遮断するが如く冷えている。無念無想には全く行き着かない。目の前の白い障子が映っている。白くて眩しい。外では鳥がさえずっている。落ち着かない。心落ち着けるものなのだろうか。深く深呼吸をして自分で自分に自分とは何かを問いてみた。沢山考えてしまう。子供の頃のこと、両親のこと、兄弟のこと、家族のこと、仕事のこと。落ち着くことが出来ない苦しみにもがいている。
米アップル創始者の故スティーブ・ジョブズ氏は坐禅で「直感が花開き、物事がよりはっきりと見える」と語ったそうだ。海外でも坐禅は心を癒す手法として企業経営者だけでなく、従業員向けに坐禅を導入している企業が増えているようだ。
 坐禅を終えたとき、苦しさから解放されたように感じた。坐禅とは己の悩み、苦しみと正面から向き合い受け止めることが出来るようになることではないのか。向き合う時間を作ることで自ら解決するのであろうか。自分の心に問いかける場所、時間が現代の社会には必要なのだろう。
 「もがき苦しむことに感謝できるか。迷悟不二です。」と住職が語っていた。
(白坂 健生)

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