全宇宙を神域とする日本人の宗教心                   外交評論家  加瀬英明

クオリティ埼玉 / 2014年3月16日 2時5分

 世界で支配階級が禁欲的だったのは、日本だけである。京都では天皇家も、公卿も、粗食だった。皇室に近い五摂家の1つの当主であり、昭和12(1937)年から4年あまり首相をつとめた近衛文麿公も、家では粗食だった。伝記を読むと、宴会でだされたステーキをポケットにこっそり入れて持ち帰り、服が汚れるので、執事にたしなめられた。
 私は、どうして日本人だけが、他のアジア民族にない大きな力を持って来たのか、思案してきた。
 ある時、私は新聞の投稿欄で、その答を発見したと思った。「短歌」である。日本では短歌人口が2千万人以上いるといわれ、最大の趣味のグループとなっている。
 今朝の新聞に載っている短歌と、日本最古の歴史書であり、8世紀初頭に編纂された『古事記』に収められている短歌の形式が、まったく変わっていないとはどういうことか。
 『古事記』には素戔鳴尊(スサノオノミコト)のお歌をはじめとする短歌が載っているが、日本民族が文字を知らなかった時代につくられ、口伝えにされたものである。驚くのは、その詩の形式が二千年近くまったく変わっていないことである。
 西洋では、古代詩と現代詩の形式は、まったく異なっている。日本のように、古代と現代が共存していない。私たちは古代の心をそのままに、持ち続けている。
 同じことが、宗教建築にも現われている。今日、キリスト教教会が建てられるときには、現代様式が用いられる。イエスが生きていたころの様式を用いない。ユダヤ教の教会についても、同じことがいえる。
 日本では神社が建てられるときには、かならず古代―神社の建築様式が用いられる。そうしなければ、わたしたちの心が和むことがない。
 今上天皇が即位された時に、歴代の天皇が即位に当たって執り行われた原始時代から伝わる大嘗祭という祭祀を、親しく催された。近代都市である東京の中心で、天皇がこのような祭を行われたのは、象徴的なことだった。
 日本人のなかにも、日本人は宗教心が薄いと説く者がいる。たしかに私たちはユダヤ・キリスト教徒のように、定められた1日のうち決まった時間に、礼拝することをしない。初詣に出かけ、キリスト教の教会で結婚し、仏式で葬儀を行う。そんなことをとらえて、宗教心が薄いという。
 私は外国人に日本の宗教心を説明するときに、空間に対する態度の違いを指摘する。キリスト教教会や、ユダヤ教教会、イスラム教寺院、仏教の寺は、建物のなかに神聖な空間を閉じ込めることをする。ところが、私たちは、建物に神聖な空間を閉じ込めることをしない。日本人にとっては、全宇宙が神域なのだ。
 日本人は自然を崇め、自然と一体になって生きてきた。日本人にとっては1日24時間、1年365日、あらゆる瞬間が瑞々しく、恭しい時間である。特定の時間だけ宗教的になるのは、意地悪く言えばパートタイムの信心のようであって、酒を飲んでいる間だけ、酔っぱらっているのと似ている。日本人にとっては全生活が、神々しいのだ。
 日本にはユダヤ・キリスト教にみられる絶対神がいない。日本には八百万(やおよろず)というように、多くの神々がおいでになる。台所の神、便所の神、竈の神、商人の神、船乗りの神といったように、数え切れない多くの神々がいられる。神はあらゆるものに宿って、姿を現わされる。私たちは万物と、共存をはかる。
 昭和26年に大賀一郎博士が、千葉市の検見川の泥炭層から、約2千年前の蓮の実を採取した。その翌年、古蓮の種が見事に開花した。私は15歳だったが、その記事を読んだことをよく憶えている。大賀蓮はその後、各地に咲いた。私は2千年前を身近に感じた。
 日本の国柄は、2千年以上も変わっていない。日本民族は天皇家を中心にして団結してきた、和の歴史をもつ。
(7章 神事と歌を継ぐ天皇)

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