厳冬の元旦未明に四方拝                    外交評論家 加瀬英明

クオリティ埼玉 / 2014年7月24日 19時7分

 私が、天皇が行われる祭祀のなかで、四方拝を詳らかに描写したのには、理由がある。
 あるとき私は、高松宮殿下に新嘗祭のときには宮中に皇族がお集まりになるのに、四方拝に当たってそのようなことがないが、そのあいだ皇族が何をなさっていられるか、好奇心からお尋ねした。新嘗祭には宮中三殿の前にテントが張られ、皇族や、三権の長である首相、最高裁長官、国会議長などが集って、天皇が祭を終えられるまで待つことが行われる。
 このごろは気温温暖化で、元旦の午前五時半といっても、かつてのように寒さが厳しくないが、それでも薄暗く、寒風が吹いている。気象庁によると、昭和20年元旦の午前五時の東京の気温は摂氏零下1度、平成19(2007)年は3.1度だった。
 殿下は、「私と妃殿下は4時台に起きて身を潔めて、応接間に入って、戸や窓を全部開け放って、外から外気が入るようにして、宮内庁からお上がお祭りをお終えになったという連絡が電話でくるまで、身を慎んで待っています。他の皇族も同じことをしていられるはずです」と、いわれた。
 元旦の午前五時半というと、国民のほとんど全員が、暖かい寝床の中で初夢を楽しんでいる。天皇が暗く、寒い野外で日本の安寧と世界の平和を真剣にお祈りになるあいだ、皇族がたは御殿で窓を開け放って、ひたすら身を慎んでいられる。
 高松宮は、「お上が寒い暗い中でお祭りをなさっているのに、まさか、私たちが暖かい布団の中にいるわけにいかないでしよう」と言われて、お笑いになった。
 世界には、およそ二百の国家がある。しかし世界のなかで、いったいどこの国の元首の一家が、そのようなことをするだろうか。
 高松宮殿下が終戦後、地方をお巡りになられると、奉公する民衆のなかから、硬貨や、紙幣を包んだおひねりが飛んできたといわれた。生き仏か、高僧のように扱われたのだ。
 皇居のなかで、人である天皇が、神に近づこうとつとめる。今日の日本で、天皇が神であると思う愚か者は、一人もいまい。しかし、天皇が神と一体になられようと努められるのは、素晴らしいことだと思う。天皇の品格は、ここから発している。
 外国の王家には、かならず家名がある。天皇家には、姓がない。西洋では国民のあいだから興り、権力闘争を行い、多くの場合は暴力的な戦争、戦乱を戦って王権を握った一族だから、ファミリーネームがある。天皇家は、私たちがまだ文字を持たなかった神話時代に発祥し、今日に至っている。
(7章 神事と歌を継ぐ天皇)

クオリティ埼玉

トピックスRSS

ランキング