夢行き列車                                   作・雪んこ

クオリティ埼玉 / 2014年12月31日 1時49分

小川夏子はこの冬、六十半ばを迎えた。
何年か前まで、がむしゃらに仕事をしてきたので、そろそろ引退をし会社の経営を息子に譲った。
これからは誰に気兼ねすることなく、何に追われることなく、残りの人生を謳歌したいと思っていた。
そう思い、自問自答したところ、のんびりと旅に出たいと思った。ゆっくりと温泉に入りながら日本酒でも堪能しようかと。
その旅行先は特に決めていない。なぜなら急ぐ必要がないからだ。何十年も時間に追われていた夏子にとって、時間に縛られない日々はこの上ないものになるであろう。適当に足を運んだ駅を旅の出発駅にしようと心に決めた。
 
辿り着いた駅は見慣れない初めての駅だった。
――ここは本当に駅なのかしら…。
そう夏子が思うのも無理はない。静寂に包まれたその駅には待合室もなく、無人駅のようだった。人の気配もない。空気の冷たさが一層、その駅をひっそりとさせた。
 
すぐのホームには、見知らぬ列車が停まっていた。
行き先は「夢行き」。
夏子は思わず目を疑った。
―― 果たして夢行きとは?子供の国みたいなものなの…?
 
するとその時、車掌なのか、一人の男が何処からともなく現れた。
夏子は男に「夢行きとは、どこの夢に行くのですか」と尋ねた。
男は真剣なまなざしでこう答えた。「僕の夢に行きます、どうぞご乗車ください」
夏子はさらに分からなくなった。この男が運転士なのか、車掌なのか、駅長なのか。夏子の迷いをよそに、この男は屈託のない笑顔を夏子に投げかけた。
―― まあ、急ぐ旅でもないから、外は寒いし、この列車に乗って、この方の夢とやらに行ってみましょうか。でも世の中は不思議な商売が多いものだわ…。
寒気と好奇心が夏子をその列車の車内へと導いた。
 
車内には何人かの乗客がいた。その顔も年齢も様々だった。夏子はあまり乗客に興味を示しては失礼になると思い、視線を窓の外に向けた。
と同時に大きな男の声がその列車に響く。
「夢行き?意味がわからないな、夢行きってどこに行くんだよ」とその大柄な男性は少し喧嘩腰に男に食ってかかった。夏子は年の功か少し微笑みながら、「まあまあ、とりあえず黙って乗ったらどうですか」と大柄な男性に話しかけた。
「まあ、あとでちゃんと説明してくれよ」そうぶつぶつ言いながら夏子の隣に座った。
 
出発しない列車のホームを眺めていると、今度はゆるキャラのような男が姿を現した。
「遅れてすみません」ふっくらふわふわした癒し系のゆるキャラのようだ。
そのゆるキャラが大きな声を張り上げた。「運転士の夢行きにご同行いただきましてありがとうございます。これにて出発します」
夏子はこの言葉から、僕と言った男が運転士で、このふっくらゆるキャラが車掌ということを把握できた。
 

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