卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
REAL SPORTS / 2024年12月3日 2時25分
卓球・ワールドテーブルテニス(WTT)の年間王者を決めるWTTファイナルズ福岡で、女子卓球に新時代を告げるようなエポックメイキングな出来事が起きた。カットマンのダブルス、佐藤瞳・橋本帆乃香のペアが中国のトップ選手を連勝で破り決勝に進出。決勝戦は日本人ペア同士の対決となったが、ここでも現在売り出し中の日本の若手筆頭、大藤沙月・横井咲桜ペアを破って優勝を飾った。なぜこの攻撃卓球全盛の時代にWカットマンが頂点まで駆け上ることができたのか?
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
攻撃卓球全盛の時代にカットマンが頂点に立った背景
カットマンが頂点へ――。WTTファイナルズ福岡、女子ダブルスを制したのは佐藤瞳・橋本帆乃香ペアだった。
攻撃卓球全盛の時代に、この先何年も見ることができないとも言われたこの不可能を可能にした瞬間を、卓球大国の中国を含む世界中が目撃した。
そこには、パリ五輪直後という状況と、そして何より、誰よりも自分を強く律し、ひたむきに練習を重ねてきた彼女たちの人生そのものがあった。
スポーツは、オリンピックのような大きな大会になるほど多くの観客が熱狂し、選手も実力以上のものを出し切る。大会後の選手の激しい疲労や消耗の大きさは想像に難くない。また、大きな大会の後には「勝った選手たち」には「達成感」も生まれる。大会後に隙があるということではなく、どんな人間でも、全力を出し切った後に、すぐにまたすべてを振り絞って戦えというのは無理があるのだ。
逆に、勝てなかった選手、そして大きな大会の舞台に立てなかった選手は、下克上を狙ったり、ジャイアントキリングを目論んだりする期間にもなる。それがパリ五輪後の「現在」と言える。 現に中国のエース孫頴莎が大不振に陥っている。それだけではない。特にこのWTTファイナルズ福岡では波乱が続出した。「パリ五輪メダリストが全滅!」というフレーズも各媒体の見出しを飾ることになった。ケガで休養明けの早田が負けるのは仕方がないとしても、中国のレギュラークラスがシングルスで次々と負ける姿は衝撃的でもあった。
カットマンの強さを体現した銭天一・陳幸同ペア戦
カットマンの特徴とは何か。それはひとえに「丁寧さ」と「根気強さ」だろう。
これまで世界最長ラリ―の記録を保持した選手は、カットマンであることが多い。そして現在の世界最長ラリー記録保持者は“エンドレスリターン”の異名を誇る佐藤瞳の766回である。
丁寧に、そして根気強く良質なカットを切られると、少しずつ、相手のメンタルが崩れていく。
卓球とは恐ろしいメンタルスポーツで、達成感に満ちている時こそ、こういった「丁寧で根気強いプレー」「とにかくミスが少ないプレー」の前に屈することがある。
WTTファイナルズ福岡の女子ダブルス・準決勝。準々決勝に続いて中国のレギュラークラスとの戦いとなった佐藤・橋本ペアvs銭天一・陳幸同ペアの対戦は、まさにそれを体現していた。
第1ゲーム。今大会、フォアカット、バックカットのコンビネーションが抜群の佐藤・橋本ペアは、ここでもバックサーブから、バックカットへ持ち込む展開で揺さぶりをかける。
このバックハンド面には、佐藤も橋本も、同じ表ソフトラバーを貼っている。だが、この表ソフトラバーはただの表ソフトではなく「限りなく粒高に近い表ソフトラバー」だ。ナックル性を出しやすい。
3-3からは、銭天一が、バックハンドドライブで強打。カット打ちをあえてバックドライブで打ち、こちらも揺さぶりをかけてくる。6-4では、佐藤がロビングも挟んだ。これは打ち抜かれてしまうが、表情にもプレーにもどこか余裕がある。
一番の勝負所9-8の場面では、カットから一気に攻撃に転じて、カット、ドライブ、カット、ドライブと、縦横無尽に動きながら交互に挟んでいく。最後は橋本が飛び込んでドライブを叩き込んだ。
ジュースになると、粘りに粘る。あの銭天一が、なんと浮き気味のカットを打ちミス。11-10となり、そのままこのゲームを勝ち切る。
第2ゲーム、第3ゲームで見せた圧巻の強さ
そして第2ゲーム。中国ペアの猛反撃に合い、3-7の劣勢。普通ならここから中国に力の差を見せつけられるケースが多い。
しかしここから、一気に攻撃のスタイルに変えた。ここでのラリーは、会場が大きく湧くほどの凄さだった。銭天一がツッツキで前に止めて、動かされても対応する。カットで守って、カットで打って、またカットで守って、最後にはドライブをかけた大きなロビングを、相手の深いところに食い込ませた。完全に、銭天一のふところを突いた。
計15回の大きなラリーとなったこの一本を制した。これで完全に流れをつかんだ2人は、あれよあれよという間に追いつき、そのまま第2ゲームまで勝ち切ってしまう。
第3ゲームも、とにかくカットが途切れない。橋本のサービスも効いた。下回転系がネットにかかり、あの中国からサービスエースを取って有利に進める。
5-3ではバック表ラバーのカットがナックルで突き刺さる。中国がオーバーミスをした。
カットの攻防で、橋本が挟むフォアロビングも、前半のドライブがかかっているものから、ここで変化して、ラケットをフラットに当てるものも披露。バリエーションに富んでいる。そしてこれが、銭天一に見事に効いた。
カットの攻防から、常に攻撃の隙を狙っている姿が圧巻だったこの試合は10-6で佐藤・橋本ペアが取り切り、なんとストレートでの勝利となった。
しかし、勝因は「パリ五輪直後という状況」だけではない。
この後に行われた決勝戦では、今まさに気力・体力・技術が、充実期に入っている大藤・横井の日本人ペアを負かしているのだ。この現象はなぜ起きたのか。
もう一つの本質的な勝因とは?
もう一つ、相手側ではなく、自分たち側の勝因がある。これはむしろ、本質的な勝因とも言える。
それは佐藤・橋本ペアが腕を磨くことを怠らず、パリ五輪があろうとなかろうと、出場しようと不出場であろうと練習漬けの日々を過ごしていたことだ。彼女たちのプレーを見れば、そのことは手に取るようにわかる。
日本人ペア対決となった決勝戦。
1ゲーム目は、3-1とリードで開始した場面で、中国戦でも見せたロビングを挟み、ロビングを思い切りミート打ちさせて、それを再度カット、そのままカット対ドライブの攻防にもう一度持ち込むという、変幻自在の「守り方」で圧倒。
2ゲーム目は、1-0の序盤から、いきなり佐藤の「反転バックスマッシュ」が決まった。これは、ラリーの最中にバック側に来たボールを予測し、ラケットをクルリと回して、本来フォアで使っている裏面ラバーをバック面で使用して攻撃する技術。難しい技術だが、待っていましたと言わんばかりに、これをあっさりと決めていく。
大藤・横井ペアも、左右に打ち分けて食い下がるが、接戦となったこのゲームも12―10で佐藤・橋本ペアが取り切る。
3ゲーム目は、ロビングの攻防が増える流れに。4-6では絶好調の大藤が根負けするほどのロビング打ちvs防御の展開を見せた。今、日本で一番勢いのある大藤が思わずしゃがみ込むほどのミス。一見、凡ミスにも見えるが、これだけ何本も返球されては仕方がないかもしれない。
ロビング打ちスマッシュを、打っても、打っても、何本でも返ってくる光景。本当に、それほど凄まじい返球回数だった。最後は11-8で佐藤・橋本ペアが歓喜の優勝を飾った。
一言で表現すれば「攻撃をどこへ打ち込んでも返球される」凄さだった。勝った瞬間、橋本は人目も憚らず泣いていた。それがすべてを物語っている。ここまでミスの少ない精度のカットは、一朝一夕に作れるものではない。
何より、銭・陳ペアの試合での最後の決まり手がドライブでの攻撃だったように、ただ単に「根負け」した試合ではなく、相手に「根負けするかも」と思わせるほどのカットを繰り出しながら、攻めの姿勢も貫いた試合だった。実は「攻め抜き勝ち」でもあった。
佐藤瞳がついにとらえた世界一
“カットマン復活”。これは卓球の世界にとって、大きなエポックメイキングとなりうる。
今一度、思い返してみたい。佐藤瞳とはどんな選手だったか。
その経歴は異色だ。北海道、道南にある小さな街・南茅部町で、恩師・佐藤裕監督のもとで小学生時代から心身共に研鑽を積んだ。その練習は夜間まで及んだという。そして、南茅部町から中体連全国制覇の偉業を成し遂げた。
ここで、佐藤瞳にはたくさんの声がかかる。当然のことだ。本州の名門高校へ行くほうが王道と言えるが、彼女は札幌大谷高校に進学。北海道に残ることを決め、小・中とお世話になった佐藤裕監督のもとで引き続き高校時代を過ごす選択をした。
あれから、11年の歳月が流れた。続々と若い新星が現れる卓球界で、チーム最年長として日本代表に帯同したこともあった。それでもオリンピックでは目立つ活躍はなかった。その中でも、日々、猛練習を続けていた。その結果が「世界が驚く、カットマン復活」を成し遂げることになったのだ。
大藤の快進撃が話題の日本女子卓球界。しかし、若手台頭の裏で、もう一つのストーリーがここにある。
近年もカットマンの選手はたくさんいる。しかし、舞台が世界一の座に就くような大会の決勝戦で見かけることは少ない。「絶滅危惧種」と揶揄されることもあった。
しかし、現実はまったく違う。卓球という競技の奥深さと可能性、そのすべてを詰め込んだスタイルこそ、カットマンなのかもしれない。驚異の返球力と、ドライブマンと双璧の攻撃力を併せ持つ「世界最先端のカットマン」。
26歳になった佐藤瞳が、まったく同じスタイルで、まったく同じ道を歩むベストパートナー橋本帆乃香と共に、ついに世界の頂点をとらえた。
<了>
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