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ドイツで心配される遠藤航のコンディション 専門家らが提起する過密日程の心身のリスクとは

REAL SPORTS / 2022年3月4日 11時50分

毎週末のようにビッグマッチが繰り広げられる現代のプロスポーツ界にとって、過密日程は避けられない問題であり、その代償はさまざまな形で選手たちの体をむしばんでいる。果たしてこの問題に対してスポーツ界はどのように対応し、選手たちはどう向き合うべきなのか?

(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)

選手自身は「大丈夫」という言葉を口にするが…

現代のプロサッカー選手は大変だ。過密日程は当たり前。その過密具合は一昔前と比べられないほどのぎゅうぎゅう状態。年間リーグ戦とカップ戦だけでもなかなかの日数だが、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)やUEFAヨーロッパリーグ(EL)といった国際大会を勝ち進んでいるクラブだと年間試合数が50試合近くにもなる。加えて代表主力クラスの選手となると、代表ウィークでさらに試合を重ねていく。UEFA EUROやFIFAワールドカップ、昨年のようにオリンピックがあったりすると、選手の年間試合数は70試合を越え、本当に休むこともできないまま試合をし続けることになる。

CLやELでのアウェー戦でも苦難をともなうものだが、代表戦では地球の反対側まで飛び、時差や気候の大幅な変化の影響も受ける。そうした過酷な環境で試合に出続けると、体だけではなく心や頭へのダメージも相当なものになる。当然選手はさまざまな対処を取っているが、トップアスリートとはいえ超人ではない。結果として一生を棒に振るようなケガにつながるという事態にもなりかねないことを慎重に考えなければならない。

例えばバルセロナのペドリやライプツィヒのダニ・オルモは、昨年6月から7月にかけて開催されたEUROにスペイン代表メンバーとして参戦したあと、そのまま東京で7月から8月にかけて行われたオリンピックでもプレー。EUROでは準決勝まで、そしてオリンピックでは決勝まで戦うという激務だったにもかかわらず、ほぼ休みなしで所属クラブへと戻りシーズンインを迎えた結果、2人とも大きなケガを負い、前半戦のほとんどを棒に振っている。

選手自身は「大丈夫」という言葉を口にするだろうし、本当に大丈夫だと思っている。大きな大会に出たいと熱望する気持ちもわかる。とはいえその言葉をうのみにするのは危険であり、本来、それを見分けるために専門職のスタッフがクラブにいるはずなのだ。

ペドリやダニ・オルモと似た例でいえば、日本代表MF遠藤航も挙げられる。幸運にも現時点でまだ大きな負傷に苦しむような事態には陥っていないが、昨季のブンデスリーガが終わったあとにA代表戦、そして東京五輪とフル稼働。夏休みもほかの選手に比べれば相当短いままシュツットガルトに合流すると、今季も24節終了時点でリーグ戦全試合にスタメン出場し、ほぼすべての試合でフル出場している。

自己管理能力に優れた選手ではあるが、あまりの過密日程にいくつかのドイツメディアで遠藤のコンディションを心配する声が挙がっており、元ドイツ代表で日本でのプレー&指導歴のあるギド・ブッフバルトも、「不安を感じることがあるんだ。そして壊れてしまわないでくれと願う。日本人はどれだけ疲れていても、自分から『疲れている』とは言わないから。(シュツットガルト監督のペッレグリーノ・)マタラッツォは経験豊富な監督なので遠藤のためにトレーニングにおける負荷を非常に良く調整しているとは思うが……」とコメントを残している。

十分に休養が取れないプロスポーツ界で起きる問題

アスリートの日々のコンディションづくりには確かなメカニズムがある。

負荷(練習や試合に取り組む)→ 疲労(パフォーマンスの低下)→ 休養(コンディションの回復)→ 超回復(パフォーマンスの向上)→ 負荷

大ざっぱにいってこうしたサイクルが必要だ。練習や試合などで体に負荷がかかり、疲れたところで十分な休養を取ることでコンディションが回復し、負荷をかける前よりも全体的な能力が向上していく。これがスポーツ生理学の基本中の基本。

昨今のプロサッカー界では健康状態のチェックは非常に重要視されているし、体に関する数値は過密日程であってもなくても、自身のパフォーマンスを発揮できる状態かどうかを定期的に調べられてはいる。

ただ前述したように現在のプロスポーツ界では休養が十分に取れないまま、つまりコンディションが回復し切る前、そしてパフォーマンスレベルが向上する前に新しい負荷をかけてしまうケースが少なくない。

そうした環境下でさらに代表戦による長時間の時差を越えての移動という負荷が加わってくる。長時間の飛行機移動による疲労やストレスに加えて、時差による影響も大きな問題だ。具体的に時差による影響とは、通常とは違う時間帯に起きたり寝たりしなければならないことで生じるストレスが心身のリズムを乱し、全体的なパフォーマンスの低下、頭痛や違和感、神経過敏になったり、集中力の欠如など認知・心理的な問題が起きてしまうという。飛び越える時差が大きくなればなるほど対処は難しくなる。

クリスティアーノ・ロナウドは1日に数回寝ている?

選手にとっては、過密日程の影響を可能な限りコントロールするための準備が必要不可欠となる。トップレベルのクラブだと移動による体への負担を少しでも減らすために例えばチャーター機を準備したりもする。それこそ世界のトップスターはみんな過密日程を戦うことを念頭に置いた習慣を日頃から取り入れている。

その一つが睡眠法の研究だ。

例えばドイツサッカー連盟(DFB)では代表選手に対してさまざまなテクノロジーを利用して、最適な睡眠の仕方について数値を取りながら分析しているという。とくにコロナ禍では通常時以上に選手にストレスがかかっている状態でもあるので、身体的、そしてメンタル的な休養がより意味深いものになってきているのだ。DFBではこうした研究で培った経験やアイデアをブンデスリーガクラブにもそのまま情報展開し、全体で共有できるようにしている。

選手個人では、例えばクリスティアーノ・ロナウドは自身の回復力を高めるために、さまざまな睡眠法を試していることで有名だ。1日に1〜3時間ずつ何回かに分けて眠ることで、高いコンディションを維持しているという。サッカー界だけではなく元F1ドライバーのニコ・ロズベルグやNBAの元バスケットボール選手ダーク・ノヴィツキーも最適な睡眠というテーマに集中的に取り組んで、時差を越えて何度も長時間移動をする現実と向き合っていた。

とはいえ、選手個人の努力だけでなんとかなる問題でもない。どれだけ休もうと思っても、次の試合が数日後にくるサイクルが変わらなければコンディション維持さえも難しい。以前ザルツブルクのチームスタッフが、代表戦での移動を繰り返す南野拓実が回復しきれないほどの疲労を抱えていたことを明かしてくれたことがある。

現ドイツ代表監督ハンシィ・フリックは、バイエルン監督時代にこのような苦言を呈していた。

「選手は厳しい状況でも対応できなければならないという主張ばかりがなされてきたが、いつか耐えられなくなってしまう。だからこそ選手には十分な休息が与えられるようになることが重要だ」

普段のトレーニングにおける負荷の最適化は本当に繊細で、重要なのだ。フィジオセラピストのダニエル・シュレーサーは「トレーニングをやりすぎてしまうと、とくにメンタル的な疲労と集中力の欠如に結びついてしまうことが多いんです。そうなるとフィジカル的にも力を発揮できません」と指摘する。

「トレーニングで刺激を与えることはとても重要ですが、休息をうまく取り入れてメンタル的な新鮮さを持てるようにしなければ意味がありません」

上記のようなトレーニング方法を取り入れ、シュレーサーはロズベルグを担当して、2016年のF1ワールドチャンピオン獲得に貢献している。

内田篤人の心に響いた、オズワルド・オリヴェイラ監督の言葉

フィジカルにコンディションがあるように、メンタルにもコンディションがある。

頭の疲れに対しても、フィジカルの疲れと同等に休養をしっかりとることが欠かせない。とくにCLやワールドカップ予選といった一つの勝敗が大きな意味を持つ試合だと、メンタルにかかる負担は桁違いに大きくなるのだ。そして体の疲れ以上に、メンタルの疲れはパフォーマンスレベルを大きく下げる要因になってしまう。

人は「全力で走れ!」と言われたからといって、全力を出せるわけではない。人間の体は、頭は、心は、100パーセントの力を出すために相応の準備が必要なのだ。

遠藤にしてもスヴェン・ミスリンタートSDが「遠藤はたとえベストパフォーマンスを出せない日であったとしても、ブンデスリーガにおける平均以上のパフォーマンスを出せる選手だ」と褒めていたことがあったが、いみじくもこれはピッチに立てる状態であるということと、自分のベストパフォーマンスが出せるというのは一緒ではないことを如実に表している。

チームドクターとして20年間ドイツ代表に帯同しているティム・マイアー医師は、「サッカーの試合後にフィジカル状態が完全回復されるまでに、毎回最低でも3日間は絶対に必要だ」と主張する。だが3日間の完全休養に加えて、次の試合に向けてのコンディション、戦術的準備を整えるというのは現代のプロサッカー界におけるスケジュールでは到底無理な話だ。

マイアー医師は続ける。「大変な事態にならないように、選手には自分の体の声を聞く感覚が必要だ。そして体のどこかに違和感はないだろうかという感覚を常に持ち、それを繊細化させていくことが重要なんだ」。

そういえばかつて、マイアー医師と似たような話をしていた選手がいた。内田篤人だ。シャルケ時代にこんなことを話していたことがある。

「評価を上げるために一生懸命に頑張るのも大事だけど、キッカー紙の採点が0.5上がることよりも、常に次の試合のことも考えておかないといけない。どれだけ長く、大事なときに力が出せるのかが重要。ケガをしないように抑えられるときは抑えるというのもある。オズワルド(・オリヴェイラ元鹿島アントラーズ監督)だったかな? 若い頃に当時の監督に一度だけ言われた言葉が印象に残っていて……『おまえは次の試合のことを考えてやっているのか?』って」

選手にとってはどの試合も大切だし、すべての試合に出たい気持ちは理解できる。休むことでポジションを失う怖さもあるかもしれない。何もかもを懸けてピッチに立ちたいという試合だってあるだろう。でも時には体の声に耳を傾けて休むことも必要だ。それはきっと勇敢で、賢明な決断なのだ。

また選手自身だけでなく、スポーツ界には、組織や業界の垣根を越えて、選手の勤続疲労に対する問題と向き合い、ケガのリスクを少しでも避けられるような枠組みづくりが求められる。

<了>






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