9月1日「どうか、生きて。」内田也哉子さんが受け取った母の言葉

リセマム / 2019年8月27日 9時15分

樹木希林さん

 9月1日。日本において中学生、高校生の自殺者がもっとも多い日だ。日本は先進国のなかでも自殺死亡率が高く、10~39歳の各年代の死因の第1位は自殺となっている。こうした状況は国際的にみても深刻であり、15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは、先進国では日本のみで、その死亡率もほかの国に比べて高い。

 10代の自殺の原因・動機としてもっとも多いのは「学校問題」だ。大勢の同世代と多くの時間を共にし、学び合いながら過ごす場所「学校」での悩みは学習に関係することだけではないことは、子どもの事件に関するさまざまなニュースからも明らかだろう。

10歳代の自殺者における原因・動機別件数の推移
 部活動などでの先輩後輩関係、友人関係、先生との関係、家庭環境や個々の性格など、さまざまな要因が混じり合いながら、他者と比較し深く悩み、傷つき、苦しみを抱え、やがて自らの命を断つという選択をする若者を生んでしまう現代の日本で、昨年(2018年)の9月1日「死なないで、ね……どうか、生きてください……」と病室の窓の外に向かって語りかけ、涙をこぼした人がいた。その2週間後に75年の生涯を閉じた樹木希林さんだ。

 娘の内田也哉子さんは、この日のエピソードを著書「9月1日 母からのバトン」(ポプラ社)に以下のように綴っている。


 「死なないで、ね……どうか、生きてください……」

 去年の9月1日、母は入院していた病室の窓の外に向かって、涙をこらえながら、繰り返し何かに語りかけていました。あまりの突然の出来事に、私は母の気が触れてしまったのかと動揺しました。それから、なぜそんなことをしているのか問いただすと、

 「今日は、学校に行けない子どもたちが大勢、自殺してしまう日なの」
 「もったいない、あまりに命がもったいない……」

 と、ひと言ひと言を絞り出すように教えてくれました。

 この2週間後に、母は75年の生涯に幕を閉じました。

 「学校に行かなくちゃ、ちゃんとしたオトナになれない」
 「学校なんて行かなくたって、一人前になれる」

 こんな両極端な言葉を聞くことがあります。もちろん、あるところまでは国に定められた義務があります。でも正直、大のオトナで、3人も子どもを育てる私にさえ、正解は靄の中です。私自身、小中高とさまざまな国の子どもたちに混ざって、忘れ難いかけがえのない時間も、つらくて思い出したくもない時間も、その狭間の記憶にも残らないぼんやりとした時間も校舎で過ごしてきました。学校というものを「人や知らなかったことと出会う場所」くらいにしか捉えてきませんでした。ある意味、「学校へ行く」という行為の奥に潜む現状に、無関心にも目を背けてきてしまったのです。

 ところが、死を目前にした母親のつぶやきで事態が一変しました。

 母の死後間もなく、ある編集者から、母が生前、「学校に行けないということ」について語った原稿が送られてきました。私はこれを母からのある種のバトンだと理解し、まずは、ほんとうのことをもっと知りたいと思い、やがて、その現状を少しでも誰かと共有できればと願うようになりました。

 まだ入り口に立ったばかりですが、わずかでも、靄に包まれた長い道のりを、この本を通して出会った方々の後ろについて、しっかり歩いていければと思います。



 内田也哉子さんは生前に樹木希林さんが不登校や自殺問題について語ったことを辿り、かつて樹木希林さんが単独取材に応じた「不登校新聞」石井志昂編集長と対談を行い、次のように語っている。

 「人生のオプション(選択肢)を子どもたちがたくさん発見できればできるほど、“死”というオプションは小さくなっていくんじゃないかと私は思うんです。だから、私たち大人が“Live or Die”そして“School or Death”ではなく、その間にもっといっぱいの選択肢、いわゆる“学校以外の場所”がたくさんあることを伝えていかなければいけないですよね。」(「9月1日 母からのバトン」(ポプラ社)第2部 内田也哉子が考えたこと より)

 内田也哉子さんが母から受け取った「学校に行けないということ」について考えるこのバトン。日本の親や先生たち大人もこのバトンを受け取り、考え、子どもたちに「あなたはそこにいていい」と伝えて行かなければならないだろう。

<協力:ポプラ社>

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