阪神・淡路大震災で一人娘を亡くした男性から東北へ向けたメッセージに涙が止まらない

ロケットニュース24 / 2012年3月12日 11時0分

阪神・淡路大震災で一人娘を亡くした男性から東北へ向けたメッセージに涙が止まらない

東日本大震災から1年が経ち、少しずつだが宮城県や岩手県など、大きな被害を受けた地域も復興のきざしを見せている。しかし、宮城県気仙沼市や離島など交通の便が悪い地域は支援活動も限られており、そういった地域でもとどおりの生活ができる状態になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

そんななか4月8日(日)より、震災に向き合い復興への道のりを見つめる新番組『明日へ』(毎週日曜日 NHK総合テレビ10:05~10:53)がスタートする。この番組では俳優の渡辺謙さんが世界に震災を伝える『ダボス会議スピーチ』の独占映像や、東日本大震災発生時の岩手県・大槌町民による証言など、時間が経過しても忘れてはならない記録を見ることができる。

3月12日現在、『明日へ』の公式ホームページを見ると、被災地から発信される情報のブログや動画を見ることができるのだが、そのなかでも特に見て欲しいコンテンツが1993年に起きた『北海道南西沖地震』と1995年の『阪神・淡路大震災』被災者から、東日本大震災の被災者へ向けたメッセージ動画である。

例えば阪神・淡路大震災で一人娘を亡くした神戸市の震災復興住宅に在住の寺田孝さん(72)の一日は、毎朝亡くなった娘の弘美さんと向き合うことから始まる。阪神・淡路大震災では10万棟を超える建物が倒壊。弘美さんもその下敷きとなり亡くなったそうだ。寺田さんは「二十歳になった弘美さんの一人暮らしを許さなければ死なずに済んだのではないか」と後悔しながら震災後毎日、弘美さんが亡くなった場所に通った。

だが、ある日テレビで見かけた『着なくなった着物を使って日傘を作る職人』を見て弘美さんが着ていた着物を日傘にしてもらったそうだ。それをきっかけに震災当時の後悔ばかりの思い出から、着物を作った当時の幸せだった日々の良い思い出が少しずつよみがえるようになった。

それからは後悔ではないまた別の気持ちで、震災後公園になった弘美さんが亡くなった場所にふたたび通うことができるようになったという。現在はその公園に椿の木を育てることで、心のなかに弘美さんをとどめながら生きているそうだ。

こういった今ではあまり語られる機会の無い地震の被災者による立ち直りまでの記録メッセージや、地震や台風など災害が起きたときに身を守る情報なども『明日へ』の公式ホームページに掲載されていた。時間が経つと忘れがちになってしまう震災当時のことも、現在の被災地の状況も定期的に更新されるようなので、この機会にぜひ一度見て頂ければと思う。

参照元:NHK東日本大震災プロジェクト 明日へ

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