知っておくと映画がもっと楽しくなるかも! 日本と台湾で大感動を巻き起こした甲子園映画『KANO』の秘密5選

ロケットニュース24 / 2014年12月26日 9時0分

知っておくと映画がもっと楽しくなるかも! 日本と台湾で大感動を巻き起こした甲子園映画『KANO』の秘密5選

日本の野球は「甲子園」抜きには語れないだろう。そんな日本の甲子園をテーマにした映画が、台湾で制作されていたのをご存知だろうか? 映画の名は『KANO~1931海の向こうの甲子園~』だ。

戦前、日本統治下にあった台湾から “弱小チーム” が甲子園に出場! 惜しくも決勝戦で敗退したが、球児が最後まで諦めず奮闘する姿が、日本と台湾に熱い感動を巻き起こした……という話である。台湾で2014年2月に公開され記録的な大ヒットを飛ばしている。

その映画がついに……ついに2015年1月24日から日本でも公開される! ということで、今回は「知っておくといいかもしれない『KANO』の秘密」を紹介したい。プロデューサー&監督から直接聞いたものもあるので、間違いない話だぞ!!

【映画『KANO』とは?】
・その1:「0勝のチームが甲子園に出場していきなり準優勝」という実話
タイトルの『KANO(カノ)』は、映画に登場する台湾の学校「嘉義農林学校・野球部」の略称「嘉農(かのう)」から来たものだ。

戦前の甲子園は、日本本土だけでなく台湾や朝鮮半島、中国旧満州地域の高校も出場していた。つまり、台湾の嘉義農林学校・野球部も、実在したチームということ。その詳しい歴史は、過去の記事でご確認いただけるが、映画も「野球が弱いイメージの台湾の、しかも1勝もしたことがなかった学校が甲子園に来て、初出場でいきなり準優勝を飾った」という衝撃的な実話を元に描かれているのである。

・その2:当時でも珍しい「異なる民族が一丸となったチーム」
当時の日本を感動させたのは、「奇跡的な勝利」という点だけではない。野球というスポーツ、そして甲子園という夢に向かって、異なる民族の少年たちが一丸となって努力する姿こそが、多くの日本人の心を揺さぶったのだそうだ。

ちなみに、嘉農ナインは、劇中の言葉を借りると、3人の「日本人」2人の「漢人(漢族)」、そして4人の「蕃人(ばんじん / 台湾原住民)」で構成されている。漢人の2人は名前を見ればわかるが、台湾原住民の4人は日本名で呼ばれているので、日本人と区別がつきにくい。加えて登場人物も多い……。

この点は、本編でも特に説明がないので、とくに「キャラクターに注目して見たい!」という人は、事前に登場人物の確認をしておくことをオススメしたい。

【プロデューサー&監督に聞いてみた】
さらに、ウェイ・ダーション(魏徳聖)プロデューサーと、監督のマー・ジーシアン(馬志翔)監督に、知っておくとニヤリとしてしまうポイントを教えてもらったぞ!

・その3:冒頭の見慣れない球場の正体は、初代「甲子園球場」だった
映画の冒頭ではプラカードを持って入場しているので、甲子園のシーンだと一発でわかるだろう。しかし、私たちが知っている甲子園じゃない。

マー監督によると、これは「初代の甲子園球場」なのだそうだ。しかもCGではない。実際に、この映画のために作ったものなのだという。想像もしたことがない初代甲子園を、こうやって外国映画の中で見ることになるとは、なかなか感慨深い。

さらに、劇中で使われている「甲子園の土」にも秘密が。台湾の日差しでは土が乾いて白くなってしまうため、タイヤを砕いたものを混ぜて、甲子園の黒土を再現したそうだ。熱気が伝わってくるようである!

・その4:球児役は野球選手or野球経験者 / “21U野球W杯”で活躍した選手も!
マー監督のリアリティの追求は球場だけではなかった! それは嘉農ナイン役が、ほぼ野球経験者であるということ。

たとえば、嘉義農林のエース “アキラ” こと「呉明捷(ご・めいしょう)」を演じたツァオ・ヨウニン(曹佑寧)さんは、小学生の頃から野球の台湾代表チームに選ばれている野球選手だ。さらに2014年11月に行われた『21-U野球W杯』でも大活躍! 大会のベスト9にも選出されるという実力も折り紙つきなのである。

マー監督はこのこだわりについて、

「日本人と台湾人はよく野球のことを知っています。さらに言うと嘉義農林は甲子園に出場したチームです。甲子園を見くびることなんかできません。だから、(球児役は)野球経験者としたのです」

と、話している。甲子園の存在をそんな風にとらえてくれているのは、ちょっと、いやかなり嬉しい話だ!

・その5:史実に基づいた台詞たち「嘉義に着いたら起こしてくれよ」「天下の嘉農」など
また、台詞にもご注目! たとえば冒頭。大会から13年後の1944年、かつて甲子園で嘉義農林と戦ったライバル「錠者(じょうしゃ)博美」が、日本軍の将校となって、台湾経由でフィリピンに向かうシーンだ。そこで彼は「嘉義に着いたら起こしてくれよ」と言う。

マー監督によると、「嘉義に着いたら起こしてくれ」は、実際に流行した言葉なのだそうだ。敗戦色が濃厚となった太平洋戦争末期、生きて帰れないかもしれないという状況で「どんな状況下でも、決して諦めない嘉義農林の球児たちを育んだ土地を見たい」と、思う日本兵が多かったのだとか。

単なるプロローグの言葉かと思いきや、当時、嘉農ナインが与えた衝撃と感動をギュっと凝縮した一言だったのだ。

そのほか、「僕はすっかり嘉農びいきになってしまった」は、作家の菊池寛が大阪朝日新聞に寄せたた観戦記から、「天下の嘉農」という言葉も当時の日本の新聞がそう絶賛したところによる。これらの台詞が、劇中でどう使われているかは、実際に映画で確認してほしい!

・プロデューサー「我々には非常に輝かしく誇り高い歴史があった」
もちろん、この映画は、予備知識がなくても「感動野球映画」として十分に楽しむことができる。だが背景を知っておくと、きっと違った発見があるだろう。

最後に、『KANO』の脚本・プロデューサーを務め、『海角七号 君想う、国境の南』や最大の抗日事件「霧社事件」を描いた『セデック・バレ』など日台の関わりを映画化し続けているウェイ・ダーション氏の日本と台湾への思いを紹介したい。

「今の台湾、今の日本、お互いにわりと国際的にも、国内的にもなんとなく弱い立場にいるような気がします」

「特に国際的にいろんな圧力があるときには、我々はつい恐れて控えてしまう。そういうことではなく、台湾と日本に対してもう一度リマインドをしたいと思います。

お互いに過去においては(『KANO』のような)非常に輝かしい誇り高いそういう歴史もあったのです。ですから、そういったところから自信を取り戻して、どんなことがあっても恐れることなく、向かっていくということが大事だと思います」

参考リンク:『KANO~1931海の向こうの甲子園~』嘉義大学・秘書室(中国語)
執筆:沢井メグ
Photo:Rocketnews24
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