なぜ人は事実を受け入れられないのか 自己の意見に固執してしまう人間の傾向を考える
Rolling Stone Japan / 2021年1月21日 11時55分
音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第38回は、自分の考えや意見を増補してしまう人間の思考の傾向を産業カウンセラーの視点から伝える。
アメリカの大統領選やこのコロナ禍を巡る騒動が象徴的ですが、様々な意見が社会には溢れ、中にはいわゆる「陰謀論」と呼ばれるような話も拡散され、そこに軋轢が生じ、大きな問題になっています。ちなみにtofubeatsにそのものずばり「陰謀論」というタイトルの曲がありますが、陰謀論は、そこから距離をとっている人からすれば、明らかにおかしいと思えるものがほとんどであるにもかかわらず、それを信じている人はいくら反証されてもその考えをなかなか変えようとはしません。
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認知神経科学者であるターリ・シャーロットの、イギリス心理学会賞を受賞した著書『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』では、そのタイトルの通り、事実だけでは人の意見が変えられない数々の事例や研究が紹介されています。
そのひとつが「死刑を強く支持する学生」と「死刑に強く反対する学生」を集めた実験です。その学生たち全員に「死刑の有効性に関する証拠」と「死刑は効果がない証拠」を示した研究結果(実際はその資料は偽物で、そのことは学生には伏せられています)を提示します。するとその結果は、もとの自分の考えを強化する場合に限ってそのデータを信用し、反対のデータは説得力のない研究だと主張する、というものでした。この実験によって、事実やデータを提示しても、物事の両面を検討するようになるどころか、意見の両極化が進んでしまうことがわかったのです。
これと同様のことは気候変動や銃規制に関する議論の際にも起きました。人は、自分が持っていた世界観に合う情報を得たときだけ、その意見を変える傾向があるのです。新しいデータを提供されたとき、自分の先入観(「事前の信念」と言います)を裏付ける証拠は即座に受け入れ、反対の証拠は冷ややかに評価してしまうのです。そして、現代社会での私たちは常に相反する情報にさらされているため、時を経て情報が増えるたびにこの傾向は増幅し、両極化が進んでしまうのです。また自分の意見を否定されると、まったく新しい反論を「思いついて」、もっと頑なになってしまう、ということもあります。
さらに、現代社会では自分の意見を裏付ける情報、反対にある意見の信憑性を失わせるデータや証拠を見つけ出すことがとてもたやすくなっています。矛盾するようですが、人は、豊富な情報が得られると、自分の意見にもっと固執するようになるのです。さらにそこに、以前連載の「価値観の似た者同士が集まる危険性 なぜ判断を間違うのか?」でとりあげた「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」、「集団極化」や「集団浅慮」などが加わると、その状態は強化されていきます。
自分の意見を裏付けるデータばかりを求めてしまう傾向を「確証バイアス」と言います。簡単な例では、自分の気に入らない意見には耳を貸さず、都合の良い意見ばかりを受け入れるような人のことです。そしてこれは驚くことに「分析能力の高い人の方が、そうでない人よりも情報を歪めやすい」ということが研究で明らかになっているのです。認知能力が優れている人ほど、情報を合理化して都合の良いように解釈する能力も高くなるため、自分の意見に合わせてデータを歪めてしまうことがあるのです。そのくらい「事前の信念」は強力なものなのです。
こうした問題には、どう対処したら良いのでしょうか? ターリ・シャーロットは「間違いを証明しようとするだけではなく、共通点に基づいて話をすることで、相手の行動に影響を与える」方法を勧めています。たとえば、ワクチンは自閉症の原因ではないということは科学的に証明されていますが、それを信用せずワクチンを拒否する親に、いくら科学的な証拠を示しても、その考えを変える事は難しいことです。しかし、「ワクチンが命に関わる病気から子どもを守れる」ということを伝えることは「子どもの健康を維持したい」という目的が共通するため、意識の変化が生じやすくなる、というような方法を彼女は提示しています。
科学的・客観的な事実はとても重要です。一方で、それだけでは人の意見を変えることが難しいこと、自分の持っている「事前の信念」から人は逃れ難いこと、「自分が正しい」と思いがちで、それを強化するための情報を集めがちであること、それは誰もが例外ではないということ、を自覚しておくことが大切だと思います。そして「共通の目的」を見出すことがお互いの理解への第一歩となるかもしれない、と考えてみることです。おそらく心身ともに「幸せに暮らしたい」ということを考えない人はほとんどいないはずですから、少なくともその一点においては、私たちは歩み寄れると思います。そうした意味でも、メンタルヘルスは皆に共通する目的のひとつとなり得ますし、もっと皆が意識を共有していければと思います。
参照:「事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学」ターリ・シャーロット著 上原直子 訳 白揚社
<書籍情報>
手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。
手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。
Official HP
https://teshimamasahiko.com/
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