マカヤ・マクレイヴン、現代ジャズの最高峰が語るブルーノートの新しい解釈
Rolling Stone Japan / 2021年11月25日 18時0分
シカゴを拠点に活動するドラマーのマカヤ・マクレイヴンは不思議な存在だった。オーセンティックなジャズとはもちろん違うし、ハイブリッドなアーティストと比較してもNYやLAのシーンの傾向とも異なっていた。ここ10年で頭角を現したミュージシャンの中でも特にマッピングしにくい音楽をやっていたのがマカヤだった。シカゴ、NY、LA、ロンドンと様々な場所で、そのシーンのミュージシャンと交流しながら活動をし、その成果をアルバム『Universal Being』(2018年)に持ち込み、高い評価を得たのも記憶に新しい。
マカヤの最新作である『Deciphering the Message』はギル・スコット・ヘロンのトリビュート盤『Were New Again』に続き、マカヤがリリースする二つ目のカヴァー/リミックス集。しかも、今回はジャズの名門ブルーノートの音源を扱っている。
これまでにジャズやレアグルーヴ系のカヴァー/リミックス集はかなりリリースされているが、ブルーノートにまつわる作品は特に多く、そこにはいくつかの傾向が見られる。21世紀以降のミュージシャンはハービー・ハンコックやウェイン・ショーター、セロニアス・モンクなど現代ジャズのルーツになった楽曲を好み、DJ/ビートメイカーならドナルド・バードやロニー・スミス、ボビー・ハンフリーなど、90年代以降にヒップホップにサンプリングされた作品群を取り上げてきた。ほかにも、80年代にロンドンのクラブ・シーンで人気のあった高速のアフロキューバンやハードバップ、もしくはジャズリスナーなら誰でも知っている大名曲といったふうに、ブルーノート関連のカヴァー/リミックス集で取り上げられる楽曲は割と容易に分類が可能だった。
しかし、今回、マカヤはそういった過去の傾向とは全く異なるものを提示している。マカヤがサンプリングしたのは全て原曲が1953年〜1969年に録音された音源だが、これまでにサンプリングされたイメージがないような曲ばかりだ。それらを巧みに切り取り、編集しつつ、自身がこれまで実践してきた生演奏とプロダクションの垣根を無効化するような試みを更に一歩進めている。
その一方で、ここにはブルーノートの傑作群から聴こえてきていた演奏や楽曲と同質の魅力が収められているし、そのザラッとしたサウンドの質感は、名匠ルディ・ヴァン・ゲルダーが録っていたブルーノートの音質を思い起こさせるもの。『Deciphering the Message』のアートワークが、リード・マイルスが手掛けてきたタイポグラフィへのオマージュであることも明白だ。そして、本作にゲストで参加しているジョエル・ロスやジェフ・パーカー、マーキス・ヒルらも、それぞれが過去にボビー・ハッチャーソンやグラント・グリーン、ドナルド・バードらへのリスペクトを表明してきたミュージシャンたち。つまり、本作はどこを切り取ってもブルーノートへの敬意に満ち溢れている。
斬新さで目を引くだけでなく、過去へのまなざしがここまで的確に感じられるリミックス集は過去にほとんど存在しない。マカヤはまたひとつ傑作を残してみせた。
―『Deciphering The Message』はこれまであなたがリリースしてきた作品とは少し違ったものですよね。この作品を作るようになった経緯について教えてください。
マカヤ:たしかに新作は、これまでの僕の作品と違うと思う。でも、「こういうアルバムを作ってほしい」とブルーノートにオファーされたわけではないんだ。僕はサンプリングという手法そのものが好きだから、自分自身の演奏や僕の周りのミュージシャンたちの演奏をサンプリングしたり、音楽を作る際に常にサンプリングを駆使してきた。ある時、(ブルーノート社長の)ドン・ウォズと話す機会があって、その時、彼にブルーノートの音源をサンプリングしてアルバムを作るアイデアを話したら興味を持ってくれたんだ。それがこのアルバムのきっかけだね。ジャズのクラシックスをリミックスしたいってアイデアはずっと前から考えていた。だから、ブルーノートのバックカタログを自由にサンプリングできる権利を得ることは、僕にとっては嬉しいどころじゃなくて、夢がかなったって感じだったね。
―これまでに多くのプロデューサーたちがブルーノート音源のリミックスを行ってきました。グールーやマッドリブ、Jディラ含めて多くのリミックスが作られていて、マッドリブの『Shades of Blue』のような傑作も生まれました。今作でのあなたのリミックスは選曲の時点でそういった過去に行われたスタイルとは全く異なるものになっています。そもそもリミックスの手法が全く違う。まず選曲のコンセプトから教えてもらえますか?
マカヤ:ブルーノートのカタログを片っ端から聴いていって、その中から今の自分の響いたものを選ぶところから始めた。このプロジェクトをやるにあたって考えたのはコンテンポラリーなサウンドや、バックビートが入っているものは選ばないようにすること。僕はビートを作るだけじゃなくて、作曲もしたいし、僕の周りのミュージシャンたちをソロイストとしてフィーチャーしたいとも思った。だから、このプロジェクトはストレートなリミックスと、ストレートなバンドサウンドの中間にあるような音楽を作ろうと試みているんだ。
―これまでに多くのプロデューサーたちがサンプリングしてきたドナルド・バードやボビー・ハンフリーなど、ブルーノートのジャズ・ファンク音源などは正にバックビートが入ったサウンドでした。そういったものを敢えて選ばなかったと。
マカヤ:ここではビバップやハードバップなどのジャズ・カノン(カノン=キリスト教の信仰や行動についての規則)のサウンドにフォーカスしたからね。バックビートがあるものやコンテンポラリーな音源を使えば、サンプリングするのも楽だし、そんなにディグる必要もない。イージーだよね。でも、僕はこれまでに作られてきたものとは異なるところに行きつくためのチャレンジがしたかったんだよ。だから、ものすごくリサーチもしたし、やれる限りディグったんだ。つまり、新しいことをやるために、たくさんの音源を聴き漁って勉強をしたってこと。その過程で、サンプリングするための音源を探すために聴いていたら、どの音源も驚くほどスウィングしていることに気が付いた。最初はそれらをサンプリングしてヒップホップ的なビートを作ろうと考えていたんだけど、聴いているうちに、もっとバンドで演奏をしたいし、スウィングも入れたい気持ちが湧いてきて、それらの要素も入れようって思ったんだ。
『Deciphering the Message』のリミックスと原曲を交互に並べたプレイリスト
―先ほどハードバップについての言及がありましたが、ここでのサンプリングはハードバップの時期の音源が多いように思います。”ジャズといえば即興”のイメージがありますが、アート・ブレイキー「Moanin」やソニー・クラーク「Cool Struttin」に代表されるように、ハードバップの曲はアレンジの比重がかなり大きくて、キャッチーでした。特にイントロはメロディアスでフレンドリーに作られていて、これが当時はポップ・ミュージックとして聴かれていた。あなたがそんなハードバップ音源のイントロをサンプリングしていたのが印象的でした。
マカヤ:ハードバップのレコードを改めて聴いてみて、時代を先駆けた作品があることに気づいたんだ。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの作品を聴いてみると、イントロの部分はキャッチーだし、サンプルしてループしたように聴こえる部分もあって、今の耳にも訴えかけてくる要素がかなり含まれている。だから、僕はイントロの部分をサンプリングするアイデアを思い付いたし、その中にあるビートやフィーリングなど、様々な部分が今回のチャレンジにとって有効だと思ったんだよね。
サンプリングもインプロヴィゼーション
―ここからは個々の曲について。ハンク・モブレー「A Slice of the Top」はブルーノートが1979年にリリースした、1966年録音の未発表アルバム『A Slice of the Top』に収録されていた曲です。あまりにマニアックですが、なぜこの曲を?
マカヤ:この曲はバンプ(※Vamp:リズムパターンのみの演奏部分)のフィーリングや、イントロのAパート、ソロのあり方も全てが素晴らしくて、突出していると思った。だから、ソロを活かすために、曲をそのままサンプリングして使っていて、そこに僕のエレクトリックなドラムやベースを加えている
マルチトラックのステムがあるわけじゃなくて、2トラックのステレオのレコードをサンプリングしているから、ビリー・ヒギンスのドラムも、ハンク・モブレーのサックスも、リー・モーガンのトランペットもそのまま聴こえてくると思う。それをループさせたり、チョップしたり、ソロの部分もシークエンシングして、そこにドラムやベースを加えることで、コンテンポラリーなサウンドになるようにしている。
―「A Slice of the Top」はデューク・ピアソンがアレンジを手掛けていて、チューバやユーフォニウムが入っているかなり変わった曲です。その原曲のアレンジをうまく活かしてますよね。
マカヤ:僕はあらゆる楽器のフィーリングや質感が混ざっている状態が好きだからね。過去の作品を聴いてみてもらえば、ブランディー・ヤンガーのハープや、テオン・クロスのチューバから、エレクトロニクスまで入っていたりするのがわかると思う。だから、この曲はすぐに気に入ったんだ。あとで調べてみたら、このチューバはハワード・ジョンソンが演奏しているとわかって、彼とは大学時代に交流があったからびっくりしたよ。最初に聴いたときにリフの部分のチューバがものすごくパワフルだから、ここはサンプリングしたいなって思った。でも、こういう作業ってなるようにしかならないから。セ・ラ・ヴィってこと。この曲の流れに沿って曲を作ったら、結果的にこうなっちゃったって感じかな。
―「Sunset」はケニー・ドーハムが1961年に録音した『Whistle Stop』に収録されている、これまたずいぶんマニアックな曲です。
マカヤ:実は、今回ブルーノートからのリリースが決まる前に、すでにサンプリングして曲を作っていたんだ。それくらい好きな曲なんだよ。最初、ジェフ・パーカーにこの曲を送ったらすごく気に入ってくれた。このプロジェクトに関しては、ジェフが気に入ればゴーサインが出るという感じで先に進むんだよ。
―ここでサンプリングしてループさせているケニー・ドリューのピアノは、原曲ではかなり引っ込んでいるし、音量も小さくてサンプリングしにくそうなんですよね。なぜこのピアノを?
マカヤ:「サンプリングしやすいかどうか」は、僕にとってはあまり関係ないこと。ブルーノートのカタログをたくさん聴いていく中で、ビートを入れるスペースをどうやって作るかってことを研究するためにヒップホップもたくさん聴いていくうち、僕が好きなヒップホップはサンプリングする際にどのようにビートを入れているかってことがだんだんわかってきたんだよね。
―そのピアノを、音がノイジーに割れる感じに加工して使ってますよね。
マカヤ:古い作品を素材にして新しいサウンドを作る際には何かを変えることになる。サンプルする際にレコードから音源をとって、PCに取り込んで、そこでリヴァーブをかけたり、コンプレッションをかけたりしていくうちに、サウンドは徐々に変化して、楽曲も進化していく。この曲に関してもそうなんだけど、ピアノの部分を変わった音にしようってことは考えていなくて、手を加えていく中でピアノも含めて様々な箇所が変化していって、最終的に楽曲が進化して、最終的にああなったんだよね。
―つまり、あなたにとってはサンプリングしてトラックを構築していく作業も、ほとんどインプロヴィゼーションと変わらないものということなのでしょうか?
マカヤ:そうだね。僕の音楽は全てがインプロヴィゼーションだと思うよ。今この瞬間を生きていることもインプロヴィゼーションだからね。僕がUberの中でiPhoneを充電させてもらいながらZoomでインタビューを受けていることも、その相手が日本にいるこの時間も含めて、全てはその瞬間ごとに起きていることだから。それもインプロヴィゼーションみたいなものだよね(笑)。
「この地球上に存在しない音楽を作りたい」
―次は「Ecaroh」について。ホレス・シルヴァーが1952年、53年に録音した『Horace Silver Trio』からで、改めて聴いてみるとこの原曲自体がほぼループで出来ていますね。
マカヤ:そうだね。サンプリングして切り貼りしてエディットする前から、もともとループになっているのを感じて、その部分に惹かれていたんだ。これもジェフ・パーカーに聴かせたら気に入ってくれて、それで採用することになった。それにヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスはニュースクールに通う大学生で、彼にとってはちょうど大学で学んだばかりの覚えたての曲だったらしい。プロセスとしては、僕が切り貼りして作り上げたところに自分でドラムを叩いて、ビートを付け加えて、それを他のミュージシャンたちに渡して演奏を加えてもらっている。
―個人的に驚きだったのは、ブルーノートの中でも特にマイナーな西海岸のピアニスト、ジャック・ウィルソンの曲が2曲も選ばれていたことです。
マカヤ:音楽が導いたとしか言いようがない。2曲ともカタログを聴きまくっている中で偶然出会ったものだね。「Franks Tune」はこのアルバムの中でも最初期にレコーディングした曲。聴いた瞬間に虜になった。「C.F.D.」に関しても同じだね。一旦、かなりの曲をチョイスしてサンプリングしてみたりしていたんだけど、この曲のピアノのラインが聴こえて来た時には瞬間的にこれだって思ったよ。元の音源のレコーディングがすごくパワフルなものだったことが伝わってくるのも気に入ったポイントだったから、それを活かすようにしているよ。
―ブルーノートはジャズの名門ということでオーセンティックなイメージがありますが、もともとはかなり尖ったレーベルで、その中でも録音やミックスが特殊なことで知られています。それらはエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーが手がけていました。今回のアルバムは、ヴァン・ゲルダーのサウンドにマッチするようなサウンドを作っているのも特徴だと思います。
マカヤ:ブルーノート初期のレコーディング手法に関してはすごく共感するところがある。初期のカタログでルディ・ヴァン・ゲルダーがやっていたことは、僕が所属しているシカゴのInternational Anthemのような小さなインディー・レーベルが、自分たち自身で音楽を届けようとしているやり方に通じるものがあると思ってる。ヴァン・ゲルダーが録音を始めたころ、彼は検眼技師をやっていて、母親が住んでいた実家のリビングを自宅スタジオにして録音していたことさえある。そこまでして音楽をドキュメントしようとしていた人なんだ。そういった彼のグラスルーツ的な部分はすごくドープだと思うし、僕はすごく共感するんだ。僕もホームスタジオを自分で作って、そこを使って20年くらい自宅でレコーディングをしているからね。
それにブルーノートにはライブ録音のクラシックスがたくさん残っていて、このアルバムで僕はそれらをサンプリングしている。ブルーノートはライブを記録して残そうとしていたレーベルなんだ。そういったレコード・ビジネスの在り方だったり、レコーディングの手法だったり、そういうところは今、僕らがやっていることと近いものがあると思っている。
話がずれちゃったけど、僕は様々な音楽がうまく合わさってスムースに溶け込むように作りたいと思っている。その音楽のエッセンスが無効になってしまうように分離してしまってはダメだと思うからね。このアルバムではまるでジュニアス・ポール(マカヤのバンドに参加するベーシスト)がアート・ブレイキーと共演しているように聴こえるものを作りたいってことを常に意識しながらやっていた。つまり、サンプリングと演奏の垣根を取り払うのが理想。僕はこの地球上に存在しない音楽を作りたいと思っているから。
Photo by Nolis Anderson
―ライブ盤の話が出ましたが、このアルバムは「1950〜60年代の架空のライブ盤」みたいに聴こえる、タイムレスなムードや質感を感じさせる作りになっていますよね。だからこそ、アルバム全体を通じて統一感もある。そのアイデアについて教えてください。
マカヤ:ピー・ウィー・マーケットのアナウンスも入っているので、このアルバムでは何箇所かで言葉も聴こえてくる。それは特異なライブ体験みたいなものをしてもらいたいと思ったからやったことなんだ。でも、それって実は『In The Moment』や『Universal Being』など、僕の過去のアルバムからも聴こえてくる要素だよね。僕はライブ的な空間から聴き手に向けて語りかけるようなアルバムを作ってきたから。そして、これは僕自身が考えるヒップホップ観や音楽観を反映している部分もある。インタールードがあって、その後にヴォイス・サンプルがあって、そこからトラックに移っていく、みたいな流れがある音楽が好きなんだ。イントロの後に声が聴こえてきて、その声に導かれるように異空間に連れていかれるような感覚を表現したいから。
例えば、僕はここでアート・ブレイキーのインタビューを使っているけど、マッドリブもインタビューなどの音声をサンプリングする手法をよく使うよね。そういった手法を駆使して、様々なモーメントの音楽をアナウンスで繋ぎ合わせて、ひとつのショーみたいに聴かせることができたら、僕なりのストーリーテリングもできるんじゃないかと考えた。それができれば、僕がサンプリングしたすべてのブルーノートのレコードが合わさった「ひとつの体験」として昇華できるかもって思ったんだ。
マカヤ・マクレイヴン
『Deciphering the Message』
発売中
視聴・購入:https://M-McCraven.lnk.to/DecipheringTheMessagePR
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