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トム・ミッシュが奏でる救済の音楽 「歌とギター」の穏やかな名盤5選

Rolling Stone Japan / 2021年12月22日 18時0分

トム・ミッシュ

日本でも大人気のトム・ミッシュが、コロナ隔離中のセッションを纏めたアルバム『Quarantine Sessions』がCD化。穏やかな歌とギターが共感を集めている。そこで今回は、心を静める音楽を集めたディスクガイド『クワイエット・コーナー2 日常に寄り添う音楽集』の監修・山本勇樹に執筆を依頼。本作について掘り下げてもらうとともに、記事の後半では「歌とギター」をテーマに、『Quarantine Sessions』と併せて聴きたい5作をセレクトしてもらった。

「Quarantine」の単語には、”検疫”または”(病原体予防の)隔離”という意味がある。これは、この2年間、僕たちがニュースやメディアを通して何度も見聞きした言葉ではないだろうか。トム・ミッシュの新作のタイトルはずばり『Quarantine Sessions』、そう、これはパンデミックの中で生まれた作品である。トムは、イギリスがロックダウンに見舞われた2020年3月から、『Quarantine Sessions』というプロジェクトをスタートさせて、自宅でギターとループマシンを用いてジェイムス・ブレイクやニルヴァーナ、ソランジュの楽曲をカバーしたり、リモートで様々なアーティストとセッションしたり、DIYの環境下での自らの演奏の模様をYouTubeにアップし続けてきた。今作はそれらカバー曲を中心に、さらに未発表音源が加えられた形でリリースされたアルバムである。



ここ数年のサウス・ロンドンの音楽シーンの充実度、とくにソウルやジャズに関していえば目を見張るものがあるが、そのなかでもトム・ミッシュの存在感たるや(もう一人挙げるならブルーノ・メジャー)、FMラジオを付けていても耳にする機会は多いし、プレイリストを開けばその名をよく見かける。それに都会的で洗練されたメロウなサウンドは、昨今のシティポップ・ブームの文脈にも当てはまる。ロック、ソウル、ジャズといった幅広い音楽性が背景にありながら、ヒップホップから多大な影響を受けたビート・メイクや、ネオ・ソウル世代らしいヴィンテージの風合いに溢れた音色も実に今日的だ。

そんな魅力が存分に発揮された、2018年の1stアルバム『Geography』も素晴らしかったが、個人的には、その延長線上で録音されたという、2020年にジャズ・ドラマーのユセフ・デイズとコラボレーションした『What Kinda Music』に心惹かれた。こちらの方がより彼の深い精神性が感じ取れたからだ。もちろん、ユセフのドラミングやビートセンスが重要なファクターを占めているるが、全編に漂うメロウなアンビエンスに、トムの内省的な表情や、内なる世界観が映し出されているような気がした。ユセフの刻むビートの波間を縫うように泳ぐトムのギターに耳を傾けているだけで気持ちよかった。次作はぜひ、彼のソロ・ギターの作品を聴いてみたいという思いがよぎった。



『Quarantine Sessions』は、パンデミックの影響下で生まれたがゆえに、それまでのバンド・サウンドとは異なり、トム・ミッシュの個が如実に浮き出ている。冒頭の「Chain Reaction」は、オーストラリア出身で同じくロンドンで活動するジョーダン・ラカイとの共作オリジナル曲で、浮遊感のあるスペイシーなキーボードとヴォーカルはジョーダンによるものだ。「Cranes In The Sky」は、2016年のソランジュのアルバム『A Seat At The Table』に収められた曲で、ミッドテンポの曲調はそのままに、トムはフェンダーのストラトキャスターでリズム、メロディー、ベースをループさせながら音を丁寧に重ねながら作り上げている。

「For Carol」は、元々は2017年の"5 Day Mischon"というコラボレーション・プロジェクトの際に作られた曲で、マルチ奏者でストリングス・アレンジャーのトビー・トリップがヴァイオリンとアナログ・シンセサイザーで参加し、昨今のインディー・クラシックにも通じるミニマルなサウンドに仕上がっている。「Gypsy Woman」は、クリスタル・ウォーターズのカバーで、オリジナルは1991年リリース。当時ガレージ・ハウスとして大ヒットを記録したが、実はワシントンDCのとあるホームレスの実情を歌った曲としても知られている。30年前のメッセージが時を超えて、トムのギターによって響き渡るようで何とも言えがたい。




「Parabens」は、トムが敬愛するブラジルの巨匠マルコス・ヴァーリとのリモート・セッション。この曲は、2016年にトムがフランスのビートメイカー、FKJとコラボレーションして話題を集めた「Losing My Way」がベースになっているように感じられるが、やはりマルコスによるフェンダー・ローズが絶品で、彼の70年代作品を彷彿させる、メロウでとろけるようなサウンドが発揮されたハイライトのひとつ。

今もなお数多くのカバーを生むニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」を挟んで、もう一つの目玉、「The Wilhelm Scream」は、ジェイムス・ブレイクの2011年に放たれた鮮烈のデビュー・アルバムよりセレクト。この作品がリリースされた当時は、トムは16歳だから多大な影響を受けたに違いない。ミニマルな音像や空間性、繊細な音のレイヤー、そしてビートメイカー~シンガーソングライターとしての佇まいを含めて、現在のトムの姿と共振する部分は多々ある。モーゼス・サムニーがそうであったように、現代のアーティストにとってどれだけジェイムス・ブレイクの存在が大きいのか、今作をもってあらためて知らされた気がする。そして、「Missing You」はYouTubeセッションでは公開されなかった新曲。コロナ禍でささくれた心を癒してくれるようなリラクシンなエンディング曲だ。

この投稿をInstagramで見る Oliver Macdonald Oulds(@olliemacdonaldoulds)がシェアした投稿
ちなみに、ジャケットに描かれた色鮮やかなイラストは、オリバー・マクドナルド・オールズというアーティストが手掛けたもの。今回、僕はその名を初めて知ったが、温かみのあるタッチで、かつモダンな雰囲気もあって直感的に好きだと感じた。ぜひ彼のInstagramを覗いてほしい。他にも素敵なイラストがアップされている。

12月に入り、ロンドンは再び感染が爆発している状況だという。トム・ミッシュをはじめ多くのアーティストたちも活動を余儀なくされているが、こうして届けられる音楽にどれだけ救われ、心が慰撫されたか。まさに時代が生んだ救済の音楽、そう思わずにいられない。

「歌とギター」の穏やかな名盤5選

1. The Durutti Column『Keep Breathing』(2006年)

『Quarantine Sessions』をはじめてYouTubeで見た時から、何となく頭をよぎったのがドゥルッティ・コラム。ヴィニ・ライリーが紡ぐ繊細なギター・サウンドと、淡い水彩画のような透明感のある音色が遠からずリンクしたのだった。ドゥルッティ・コラムといえばファクトリー期の作品が名作として挙げられるが、この2006年の作品も捨てがたい魅力があふれている。ディレイを効かせたギターと、時折聞こえる朴訥したヴォーカルは円熟味を増し、ジャケット写真のような揺らめくサイケデリアが眩しい。ポストロック、フリーフォーク、チルアウト~アンビエントなど、その後のシーンにも与えた影響は計り知れない。



2. Mark Hollis『Mark Hollis』(1998年)

80年代の英国バンド、トーク・トークのフロントマン、マーク・ホリスがバンド解散後に吹き込んだ唯一のソロ・アルバム。クラシックや現代音楽といった要素をふんだんに取り入れながら、シンガー・ソングライターとしての内省的で静謐な部分を室内楽というアプローチで見事に描き切っている。厳密にはギター作品とはいえないが、緻密に練られた音響的なスタイルは、その後のシーンに多くのフォロワーを残している。例えばポーティスヘッドやレディオヘッドといった90年代オルタナティブ勢を例に挙げれば、自ずとトム・ミッシュもその遺伝子を受けていると想像できる。



3. Westerman『Your Hero Is Not Dead』(2020年)

トーク・トーク~マーク・ホリスと来れば、プリファブ・スプラウトやブルー・ナイルといった叙情的なバンドを思い浮かべてしまうが、そんなサウンドを現代によみがえらせるのがこのウェスターマン。実に英国らしいウィットに富んだ実験的なロック~ポップスを展開していて、最近では最も注目しているアーティストのひとりだ。残念ながらYouTube上にアップされたMVではギターを弾く姿を確認できないが、このアルバムを聴けば、そのテクニックやセンスも間違いないことがすぐに分かるだろう。余白や奥行を配したアレンジは、まさに引き算の美学で、トム・ミッシュのサウンドとの近似値も見いだすことができる。



4. Puma Blue『In Praise of Shadows』(2021年)

ジェイコブ・アレンによるソロ・プロジェクトがこのプーマ・ブルー。彼もサウス・ロンドン出身で、実はトム・ミッシュと同い年。ディアンジェロやエリカ・バドゥといったソウルクエリアンズが手掛けた密室的なソウル・ミュージックからの影響が色濃く、またヌバイア・ガルシアやジェイミー・アイザックをはじめとする新世代UKジャズ・シーンの中でも特別な存在感を放っている。囁くようなヴォーカル・スタイルはチェット・ベイカーを彷彿させ、触れれば壊れてしまいそうな儚さがにじみ出ている。まさに深い”ブルー”を感じさせる作品だ。



5. Bibio『Hand Cranked』(2006年)

英国ウェスト・ミッドランズ出身の音楽家スティーヴン・ウィルキンソンによるソロ・プロジェクト、ビビオが2006年に発表した2ndアルバム。カセットレコーダー、音声レコーダー、MD、サンプラー、ギター、そしてiMacといった限られた機材だけで録音された作品であり、その後のビビオの唯一無二のサウンドの原型がここに収められている。宅録でローファイという点に『Quarantine Sessions』との接点があるかもしれないが、音響に関していえば両者ともただならぬこだわりと執着が感じられる。あえて有機的なアレンジメントを施すことで、聴く者にノスタルジックな印象を与えて、不思議とどこかで触れたことがあるような感触や匂いさえ想起させる。





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