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映画『エルヴィス』から考察するプレスリー流ファンク、鳥居真道が徹底解剖

Rolling Stone Japan / 2022年7月20日 20時0分

大瀧詠一の伝説的なライナー目当てにゲットしたボックス

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第36回は映画『エルヴィス』をもとに、エルヴィス・プレスリーのファンキーな側面を考察する。

過日、『ムーラン・ルージュ』や『華麗なるギャツビー』などで知られるバズ・ラーマン監督の新作『エルヴィス』を観てきました。タイトルが示すとおりエルヴィス・プレスリーの伝記映画です。彼の悪名高きマネージャー、パーカー大佐とエルヴィスの関係が物語の柱となっています。これが本当に傑作で、劇場を後にしてからというものエルヴィスづいている今日このごろであります。

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エルヴィスを演じるのはオースティン・バトラーという俳優です。見た目はそれほど似ていないものの、仕草や声色の作り込みがはんぱではないと感じました。歌唱シーンの多くが当て振りではなくバトラー本人によるものという点にまず驚きます。むろん別の人間だから完コピすることは不可能なのですが、的確に特徴は捉えているし、バトラーの声も艶やかで良いのです。後半はエルヴィス本人の声とミックスされているそうですが、シームレスに繋がっており違和感はありませんでした。



『エルヴィス』でもっとも印象に残っているのは、映画の序盤、エルヴィスがルイジアナ・ヘイライドというカントリー・ミュージックのショーに出演するシーンです。パーカー大佐がエルヴィスを見出す場面です。エルヴィスはここで「Baby Lets Play House」を歌います。小刻みに震えるエルヴィスの足を見た女性客たちは思わず嬌声を上げます。それに気がついたバンドメンバーはエルヴィスにもっとやれとけしかけます。エルヴィスはその動きをエスカレートさせ、女性客たちの吐息を絶叫へと変えていきます。エルヴィスと女性客との間で交わされる非言語的な応酬により会場は興奮の坩堝と化します。ステージに駆け寄った女性客たちはエルヴィスの腕を掴んで放しません。パーカー大佐は金の卵を見るかのようにエルヴィスへと眼差しを向けます。



エルヴィスがアメリカにもたらしたショックはどのようなものだったか。後追い世代としてはなかなか理解できるものではありません。ロックンロール以降の価値観を所与のものとして受容しているからです。バズ・ラーマンはこの度、エルヴィスがアメリカ文化にもたらしたインパクトをある種の神話としてとても鮮やかに描いてみせました。まるでエルヴィスがアメリカ文化に与えたインパクトを追体験しているかのようでした。

もちろん脚色が入っていないはずがありません。そもそもこの映画は、19世紀のパリを舞台にした『ムーラン・ルージュ』で20世紀のポップスを使用するバズ・ラーマンの作品です。50年代中盤のライブ・パフォーマンスであっても、時代考証的にはありえないエレキギターの咆哮の一つも響くことでしょう。ラーマンのケレン味がよく効いた迫力に満ちた場面でした。

私はこの一連のシーンに、『カラー・オブ・ハート』という映画を連想しました。『カラー・オブ・ハート』は、トビー・マグワイアとリース・ウィザースプーンが主演を務めた1998年の映画です。マグワイアとウィザースプーンは双子の兄妹。内気で真面目な兄と積極的で奔放な妹という正反対の兄妹が、1950年代のホームドラマ『プレザントヴィル』の世界に入り込んでしまうというお話です。プレザントヴィルはかなりコンサバティブな価値観で秩序が保たれている町で文字通り色がありません。世界そのものがモノクロとして描かれています。

当初は戸惑う二人でしたが、マグワイアはそこで安寧を得ます。他方、積極的な性格の妹のウィザースプーンはおもしろくありません。いたずら心で現地の若者と関係を持ちます。すると白黒の世界に色がもたらされます。二人が持ち込んだ現代の価値観がプレザントヴィルに変化を生み、世界は徐々に色づいていきます。新たな価値観に感化された人には色が付き、それについていけないと思う人は白黒のままです。秩序が保たれていたプレザントヴィルは今やカラーの人々と白黒の人々に二分され軋轢が生じます。ここで留意しておくべきは、『カラー・オブ・ハート』は新しい価値観を称揚するものではなく両義的に描いているということです。

『エルヴィス』で描かれたルイジアナ・ヘイライドでのパフォーマンスはまさに白黒の世界に色がついたようでした。映画のなかでも、エルヴィスは「カラー」と「白黒」の分断を生んだ人間としてシンボリックに描かれています。エルヴィスの登場はアメリカ文化の分水嶺だったのだと認識しました。



1987年生まれの私がエルヴィスを最初に意識したのは2002年のことです。きっかけはナイキのCMでした。ロナウド、ロナウジーニョ、ロベルト・カルロス、フィーゴ、クレスポ、サビオラ、ベッカム、ヴィエラ、ルイ・コスタ、ダーヴィッツ、トッティ、中田英寿、アンリ、ファン・ニステローイ、スコールズといったスター選手が貨物船のなかでスリーオンスリーに興じる内容という内容を覚えている方がいると思います。2002年といえば、日韓ワールドカップが開催された年です。当時の私はご多分に漏れずにわかサッカーファンだったので、スター選手たちが共演するCMに血湧き肉躍りました。そして、このCMで使用されていたのがエルヴィスの楽曲だったというわけです。厳密にはエルヴィスの「Little Less Conversation」をジャンキーXLがリミックスした音源です。



ジャンキーXLはオランダ生まれのミュージシャンで、ファットボーイ・スリムやケミカル・ブラザーズらとともにビッグ・ビートの草分けとして知られる存在です。ここ十年ほど映画音楽の分野でも活躍しており、『マッドマックス怒りのデス・ロード』や『デッドプール』の音楽は彼によるものです。

2002年はちょうどエルヴィスの没後25周年で、『ELVIS 30 NO 1 HITS』というベスト盤がリリースされました。やはりボーナストラックとして「Little Less Conversation」のリミックス版もボーナストラックとして収録されていました。「Little Less Conversation」のオリジナル音源を初めて聴いたのは大学生の頃です。『Memories: The 68 Comeback Special』というアルバムを手に取ったのがきっかけでした。「Little Less Conversation」はテイク違いが複数音源化されており、なかなか大変な曲です。オリジナルは『バギー万才!!』というエルヴィス主演の映画の挿入歌としてシングルカットされたバージョンです。歌の冒頭に「ヘイ!」という掛け声が入っているのが特徴です。個人的にこの「ヘイ!」がとても好きです。ファレル・ウィリアムズの合いの手を連想します。これとは別のテイクが『Almost In Love』という編集盤に収められています。

そして、ジャンキーXLのリミックスで使用されているのは『Memories』に収録されているテイクです。オリジナルのキーはAですが、こちらはEに変更されています。間違いなくこのバージョンが出色の出来映えです。ちなみに2001年の映画『オーシャンズ11』ではこのテイクが使用されています。

いずれのテイクもかなりファンク色が強いのが特徴です。冒頭のドラムブレイクからしてファンキーとしか言いようがない。このドラムを演奏しているのは、ご存知ハル・ブレイン。エルヴィスの早口でパーカッシブな歌いっぷりもあって、エアロ・スミスの「Walk This Way」の先駆け的な曲のようにも思えます。



60年代後半のエルヴィスはこうしたファンキーな音源を多数残しています。エルヴィスのファンキー・サイドを語るうえでは、やはり『From Elvis in Memphis』は外せません。アメリカ南部を代表するスタジオ「アメリカン・サウンド」でレコーディングされたアルバムで、メンフィス・ボーイズと呼ばれた腕利きミュージシャンたちがエルヴィスをサポートしています。レジー・ヤング(Gt.)、トミー・コグビル(Ba.)、ジーン・クリスマン(Dr.)、ボビー・エモンズ(Org.)といった面々です。カントリー、ゴスペル、ブルースがないまぜとなったファンキーな演奏が持ち味で、アレサ・フランクリンやウィルソン・ピケット、ダスティ・スプリングフィールドも彼らとアルバムを制作しています。アルバムの冒頭の「Wearin That Loved On Look」は、ゴスペルを連想させる力強いアレンジで、スピーカーから汗が飛んできそうな熱っぽい歌唱を披露しています。トミー・コグビルの極太なベースはこのうえなくファンキーだし、ジーン・クリスマンの歯ごたえの感じる乾いたサウンドもたまらないし、レジー・ヤングの埃っぽいオブリガートも素晴らしい。同じくアメリカン・サウンド・スタジオでレコーディングされたウィルソン・ピケットの「Funky Broadway」と並べて聴きたい一曲です。



「Rubberneckin」もまたエルヴィスのファンキーサイドを代表する曲です。こちらもアメリカン・サウンド・スタジオ産の音源。映画『チェンジ・オブ・ハビット』の挿入歌でシングルカットもされました。レコード会社が「Little Less Conversation」のリミックスの成功に気を良くしたのか、ポール・オーケンフィールドがリミックスした音源もリリースされています。「Rubberneckin」は、アレサの「See Saw」や「Change」と並べて聴きたい曲です。





カントリー・ファンクといった趣の「Guitar Man」も「Little Less Conversation」と併せて聴きたいファンキーな一曲です。こちらは元々ジェリー・リードというフィンガー・ピッキングの名手による曲でした。リード抜きでレコーディングしようとしたものの、原曲のようなグルーヴが再現できず、急遽リードを呼び出して本人に演奏してもらったそうです。演奏はナッシュビルの腕利きミュージシャンたちによるものです。原曲のほうは、レイ・チャールズの「What Id Say」にインスパイアを受けたであろうキューバっぽいリズムでしたが、こちらはカントリーっぽいツービートといった感じです。しかし、曲の途中でビートのパターンが変わります。プロフェッサー・ロングヘアの「Big Chief」(1964年版)を思い出します。





ジェリー・リードのファンキーなバッキングは親指とその他の指のコンビネーションで成り立っています。発想としてはクラビネットのパラディドル的な奏法と一緒です。クラビといえばファンクでよく使用される楽器です。有名どころでいえば、スティービー・ワンダーの「Superstition」やビリー・プレストンの「Outa-Space」といったところでしょうか。ファンカデリックの「A Joyful Process」、ザ・バンドの「Up On Cripple Creek」が個人的には好みです。ファンクギターというとキレのある16分音符のカッティングですが、「Guitar Man」のように指でクラビっぽく演奏してもファンクネスが醸し出されるのだと再認識した次第です。


 
映画の後半、パーカー大佐の策略で、エルヴィスはラス・ヴェガスのインターナショナル・ホテルに半ば囚われるような形でライブ活動を続けていきます。この時期のパフォーマンスは『On Stage』というライブ盤にもなっています。ここでもエルヴィスは、TCBバンドを従えてファンキーな音楽を披露しています。TCBは「Taking Care of Business」の略称で、エルヴィスのモットーでもありました。TCBバンドはジェームズ・バートン(Gt.)、ジェリー・シェフ(Ba.)、ジョン・ウィルキンソン (Gt.)、ラリー・ミュホベラック(Key.)、ロン・タット(Dr.)という選りすぐりのメンバーからなります。映画でもホテルでのリハーサルおよびライブ本番のシーンで登場したメンツですね。『On Stage』のうち、白眉なのはなんといっても「Palk Salad Annie」でしょう。もとはトニー・ジョー・ホワイトの曲です。声の説得力が難しい曲ですが、当然のようにエルヴィスはものにしています。キングの面目躍如といったところです。ミュージシャン同士の音のやり取りもスリリングです。



ここまでエルヴィスのファンキー・サイドを取り上げてきたわけですが、最後に初期の「Mystery Train」に触れたいと思います。原曲のジュニア・パーカーの曲です。物悲しいようで楽しい、気だるいようでエネルギッシュとでもいうような複雑なニュアンスの曲をエルヴィスはミニマルなアレンジでカバーしています。これをハーフタイムで演奏してファンキーに仕立てたのがザ・バンドによる「Mystery Train」のカバーでした。ファンクとはロックンロールをハーフタイムにしたもの、というのが私の持論です。ザ・バンドの「Mystery Train」は、その傍証になると考えています。



そういう意味で、ロックンロールのオリジネーターの一人であるエルヴィスがファンキーなサウンドにマッチしないはずがありません。ことさらファンキー・サイドなどと強調するまでもなく、エルヴィスは当初よりファンキーな存在だったといえるでしょう。


鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE ◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
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Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
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