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侍の意地を描いた「殉死」小説 今に通じる複雑な人間模様も <ロングセラーを読む>『阿部一族』森鷗外著

産経ニュース / 2024年9月22日 8時20分

東京都文京区の森鷗外記念館で開催中のコレクション展「鷗外の『意地』のはなし-歴史小説『阿部一族』を中心に」(10月6日まで)を見に行った。

『意地』は111年前の大正2年6月に籾山書店から刊行された歴史小説集。親交があった陸軍大将・乃木希典の殉死をきっかけにわずか5日で書かれた鷗外初の歴史小説「興津弥五右衛門の遺書」、徳川家康と元家臣を巡る「佐橋甚五郎」、そして「阿部一族」の3作を収録していた。

展覧会では、侍たちがこだわった意地を3作でクローズアップ。執筆の道程、文学者らの作品評、関連エピソードなどを主に同館所蔵の資料を用いて紹介しており、関連展示の多い「阿部一族」を改めて読みたくなった。

同書は初版1000部で増刷はなかったが、昭和13年に同じ3作を収録して刊行された岩波文庫『阿部一族』は、平成19年の改版を経て累計64刷25万部のロングセラーに。なかでも「興津-」に続いて書かれた「阿部一族」は大正から昭和にかけて舞台・映画化され、高校教科書にも登場した。平成に入るとドラマやコミックにもなり、岩波文庫のほか新潮文庫『阿部一族・舞姫』などでも読まれている。

岩波文庫で60ページの「阿部一族」は寛永18(1641)~19年の熊本藩が舞台。藩主の細川忠利が病死し、生前に殉死を許された家臣たちが次々と切腹する。側に仕えながら殉死を許されず、勤め続ける阿部弥一右衛門は数日後、周囲の陰口に怒り、切腹。殉死者の列には加えられるが、他の殉死者と異なる遺族の扱いに不満を爆発させた長男への藩の処遇に一族はさらに反発し、屋敷に立てこもる。

武家社会に定着していた「殉死」がテーマ。主君の死後、「死天(しで)の山三途(さんず)の川のお供をする」というものだが、主君の許しのないままの死は「犬死」となる。また、側に仕えながら殉死しなければ「命を惜しんだ」「恩知らず」「卑怯(ひきょう)者」などとされる。

殉死者の一人で、17歳の内藤長十郎も、「自分が殉死せずにいたら、恐ろしい屈辱を受けるに違いない」との思いをのぞかせる。岩波文庫の解説で歌人の斎藤茂吉は「武士道のうちの殉死という行為が、倫理的にどう取り扱われていたかがわかる」と説く。

阿部一族の悲劇の発端である殉死の許しが出なかったのは、忠利が弥一右衛門を好かず、「この男の顔を見ると、反対したくなる」からだった。そんな忠利に弥一右衛門は「意地ばかりで奉公」し、忠利も反対する癖を改めようとしたが、ついにかなわぬまま亡くなった。

鷗外は「人には誰(た)が上にも好きな人、厭(いや)な人というものがある。そしてなぜ好きだか、厭だかと穿鑿(せんさく)して見ると(中略)拠(よ)りどころが無い」と書いた。作家の平野啓一郎さんは、記念館で上映されているインタビュー映像で「阿部一族」などについて、「個人の努力ではどうしようもない状況のなかでも人間は生きている。だからこそ鷗外は諦念という境地を見いだした」などと指摘していた。

記念館学芸員、三田良美さんは「阿部一族だけでなく藩主や周囲の武士たちの心情も語られ、現代に通じる複雑な人間模様も浮かび上がる。上司と部下、同僚、家族との関係など身近な出来事に置き換えてみることもできる」と話す。「作品への誘いに」と企画された展覧会。館内でも会期中に岩波文庫が70冊以上売れているという。(三保谷浩輝)

■『阿部一族』森鷗外著(岩波文庫・462円)

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