「ひ弱で優柔不断」見直される聖武天皇の人物像 謎の「彷徨五年」は計画的な行動だった？

東大寺大仏殿の盧舎那仏坐像＝奈良市

東大寺（奈良市）の大仏を造立したことで知られる聖武天皇（在位724～49年）の即位から、今年で1300年。奈良時代の天皇を代表する人物である一方、行幸や遷都を繰り返した「彷徨（ほうこう）五年」と呼ばれる謎の時期があり従来はマイナスイメージもあった。だが近年は「計画的で彷徨ではない」との見方も有力となり、人物像は見直されつつある。

災害や政争に苦悩、優柔不断な印象も

聖武天皇は文武天皇を父、藤原宮子（みやこ）を母に生まれ、平城京遷都を導いた藤原不比等（ふひと）の孫に当たる。治世は天平文化が花開いたが、災害や政争が相次ぐ中で聖武は思い悩み、一般に「ひ弱で優柔不断な天皇」という印象もあった。

神亀6（729）年には左大臣、長屋王が藤原氏の陰謀で自害する変が発生。藤原氏政権が樹立されるが、数年間にわたり天然痘が大流行し、藤原氏の四兄弟が相次いで逝去した。天平12（740）年9月には四兄弟のうち宇合（うまかい）の息子で、九州・大宰府に左遷された藤原広嗣（ひろつぐ）が乱を起こした。

一方、聖武天皇の「彷徨五年」は伊勢、美濃、近江を回って山背（やましろ）・恭仁宮に入る東国行幸（天平12年10月～）に始まり、かつては「逃げるように東国へ向かった」といった説明がされることがあった。

恭仁への遷都は「計画的な行動」

これに対し、異を唱えるのが、大阪市立大名誉教授で東大寺史研究所長の栄原永遠男（さかえはら・とわお）氏（古代史）だ。「聖武天皇には広嗣の乱以前に、清浄な都に移ろうという意識があった。政界の人間もばたばたと亡くなる中、仏教による国の救済を考え、東国に行こうとしていた」と指摘する。

最大の根拠は平成14年度に滋賀県が大津市で行った調査の成果だ。出土した大型建物跡は聖武が行幸で滞在した禾津頓宮（あわづとんぐう）の中心の可能性があることに注目し、栄原氏は「（続日本紀にあるように）12月に禾津に入るには9月の広嗣挙兵より前に着工していないと間に合わない」と推測。さらに「伊勢神宮に遷都を奉告した上で恭仁（京都府木津川市）に都を移す計画があり、たまたま乱が起こった。元旦は恭仁宮で迎えようと準備を進めたと思われ、『彷徨』ではない」と語る。

なぜ紫香楽かはいまだ不明

その後、聖武天皇は恭仁宮から紫香楽（しがらき）宮（滋賀県甲賀市）への行幸を繰り返し、天平15（743）年に紫香楽で盧舎那（るしゃな）仏（大仏）造立の詔（みことのり）を発布した。聖武は3年前に河内・智識寺にあった盧舎那仏を見ており、造立を思い立ったと考えられている。

「恭仁京という都の造営と紫香楽に大仏を造ることはセットで考えていただろう。ただ、なぜ紫香楽かは分からない」と栄原氏。紫香楽は恭仁京の北東約30キロの山間に位置する。恭仁京造営で模倣したとされる中国・洛陽の郊外に仏像が彫られた龍門石窟があることから紫香楽で大仏を造り始めたとも考えられるが、判然とはしない。

大仏造立の詔を発した後、恭仁宮造営は止め、難波を皇都とする一方、翌年に紫香楽に遷都。だが山火事や地震が相次ぐ中、平城京へ都を戻すことを決め、「彷徨五年」は終わった。

「東国行幸の一部は（壬申（じんしん）の乱で勝利する）大海人（おおあま）皇子（後の天武天皇）の足跡と重なっており、それにならって恭仁宮に入る行程を考えたのだろう」

奈良大の渡辺晃宏教授（古代史）もそう話し、一定の計画性をみる。

「平城京は藤原不比等が孫の聖武のために造ったが、それが（聖武にとって精神的に）重荷になり、自分で別の都を造りたかった。それで難波宮も整備した」と渡辺氏。ただ紫香楽で離宮にとどまらず、大仏や京まで造ろうとしたのは当初の想定からは逸脱した行動とみられるという。

遠い未来も考えた大仏造立

国の一大事業として大仏造立を再開した地は、夭逝した子の菩提（ぼだい）を弔うため平城京東側に建てた金鐘寺だった。後の東大寺だ。

東大寺の橋村公英別当は「当時は仏教でいう釈迦滅後3時期のうち、生身の仏がいない『像法（ぞうぼう）』（前後は正法、末法）に当たり、大仏造立はこれを意識したためでしょう。平安時代に末法を気にしたことが行われたように、聖武天皇は国を守るため像法にやるべきことを強い意志をもって進めた」と説明する。

その上で橋村別当は大仏造立の詔にある《万代の福業》に注目し、「後に損なわれることがあっても修復が繰り返され、善の循環が永遠に続く事業ということ。聖武天皇は遠い未来のことも考えておられた」と語った。

（岩口利一）