【話の肖像画】編集者・岸田一郎(2) ブーム仕掛ける方がおもしろい

産経ニュース / 2017年6月20日 9時22分

高度経済成長期に子供時代を過ごした(産経新聞)

 〈生まれは大阪市都島区。多趣味な父親のもと、高度経済成長期に子供時代を過ごした〉

 父親は鉄工関係の仕事をしていました。バイクに乗り、機械いじりが好きな道楽者。取り立てて裕福ではありませんでしたが、父がいろいろなおもちゃを買ってくれました。10段変速の自転車や、模型の電気機関車…。

 でも、モノを買ってもらううちに、あることに気づいたんです。おもちゃは、遊ぶ楽しさだけではない。「ほかの子の自転車は3段変速だけれど、ボクのは10段変速ですごい」とか、モノで他人と差別化できる。無意識のうちに優越感を持っていたんです。

 戦前は、モノがないから内面で勝負するしかなかったけれど、戦後、豊かな暮らしが送れるようになった結果、付加価値として、モノでも自己表現ができるようになったんですね。まさに自分は、「物欲第1期生」と言える世代ではないでしょうか。

 〈10代のころはファッションに夢中になった〉

 中学生になると、当時はやっていた男性誌「メンズクラブ」を愛読しました。大学生や20代の男性がターゲットの雑誌でしたが、早熟だったんですね。その頃からファッションにはまっていました。メンズクラブは、当時はやっていた「アイビースタイル」の教科書だった。お小遣いをためて、ギンガムチェックのシャツや「VAN」のスニーカーを買っていました。

 でも、流行はすぐに移り変わる。本を見ていると新しい服が欲しくなる。流行が終わると、去年買ったシャツがダサく感じてしまう。誰かがブームを作っていると気づき、ばからしくなって、流行を追うのをやめました。

 でも、そうすると楽しくない。「ダサイ」とは言われないけれど、周囲からほめられないし、かっこよくない。「仕掛けられているな」というジレンマはありましたが、流行に踊らされた方が楽しい。それならブームを仕掛ける側に回ろう、とおぼろげながら思うようになりました。

 〈高校卒業後、東京の大学に進学。編集者だった義理の兄の影響もあり、出版社でフリーライターとしてアルバイトを始める〉

 義兄が東京の出版社で女性誌の編集をしていました。義兄から仕事の話を聞くうちに、編集に興味を持つようになった。高校生の頃からカメラにもはまっていたのですが、編集者なら撮影もできるし、いろいろなことに取り組める。ブームを仕掛ける側にもなれる。

 父親からは東京への進学は反対されました。「欲しい車を買ってやるから行くな」って。それを振り切って、上京しました。

 大学生活は楽しかった。授業が終わると友達とアメ横に行って、洋服を買っていました。出版社でアルバイトを始めて、ファッション誌や車雑誌などにライターとして記事を書くようになりました。原稿の出来で、伝わり方が違うのがおもしろかった。説得力があれば、読者の反応が大きい。

 不遜な言い方ですけれど、原稿がうまかったので結構稼げたんです。仕送りの3倍くらいは稼いでいました。そのまま、就職はせずに大学卒業後はフリーライターとして生きていくことになりました。(聞き手 油原聡子)

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