長編「シュレーディンガーの猫を追って」 仏作家・フィリップ・フォレストさん 喪失の痛みと生きる

産経ニュース / 2017年11月15日 11時32分

来日機会は多い。「近年フランスでは日本人作家の作品が多く翻訳されるようになり、新しい発見がもたらされている」と話すフィリップ・フォレストさん=東京都港区

 ページをめくるうち、周囲の世界が一変して見えてくるような本がある。フランスの作家で批評家、フィリップ・フォレストさん(55)の長編小説『シュレーディンガーの猫を追って』(澤田直・小黒昌文訳、河出書房新社)もそんな一冊だ。愛娘(まなむすめ)の死という悲痛な体験を、哲学的な考察や詩的な言葉で包み、読者を不思議な時空へいざなう。(海老沢類)

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 ある晩、語り手の「わたし」がいる家の庭に1匹の猫がやって来る。不意に通り過ぎた名も知らぬ猫の姿は、「わたし」に一人娘を亡くした15年以上前の古傷を思い出させる。女性や子供をめぐる人生の記憶、生と死や存在と不在をめぐる学術的な考察…。漆黒の闇に出現しては消失する猫のイメージに導かれ、「わたし」の思索は森羅万象へつながっていく。

◆並行世界へ

 「大きな展開がある小説ではない。エッセーが混ざるようなこの形式が私には合っているのかも」。そう話すフォレストさんは1996年、4歳の娘を病気で亡くしたのを契機に小説を書き始めた。「子供の死がもたらす痛みは非常に強い。世界に対する私の哀愁を帯びたかかわり方はその体験から来ている」

 知的で軽みのある筆致が印象的な今作でも、人の死を悼む「喪」の問題が変奏されている。タイトルが示すのは、量子力学での矛盾を説明する思考実験。この実験では理論上、蓋を開けて観察されるまでは、箱の中の猫は生きている状態と死んでいる状態が「重なり合う」と解釈できる。ここから、「わたし」はパラレル・ワールド(並行世界)へと思考をのばす。娘が死ななかった現実もあるのではないか、との切実な思いをにじませながら。

 「この小説で書いたのは世界は複数あり矛盾にも満ちている、という見方です。例えば19世紀フランスの詩人、ネルヴァルは『夢は第二の人生』と書いた。想像力を働かせることで、人はいくつもの世界を生きることができるのだと」

 癒えぬ喪失感を抱える「わたし」は同時に不思議なうれしさも感じる。悲しみに心震えるのは〈何かがわたしのなかに生きつづけている〉証しでもある、と。生か死かの二者択一ではない。生者と死者が「重なって」生きるという姿勢が、少しずつではあっても、喪失の痛みを生の衝動に変えていくのかもしれない。

 「読者それぞれに大切な人を失った経験があるはずです。現代では『苦しみを乗り越えよ』『悲しみを忘れねば』と一種のイデオロギーのように言われる。でも、むしろ『悲しみや苦しみとともに在る』ことがわれわれを人間らしくする。悲しみにとらわれるのを恥や病だ、とは考えないでほしいのです」

◆震災を経て

 大学で比較文学を講じ、日本文学にも親しむ。大江健三郎さんや津島佑子さんらの「新しい『私語り』」に触れた衝撃は、自らが小説を書くきっかけにもなった。

 平成25年に邦訳された評論集『夢、ゆきかひて』では、東日本大震災で肉親を亡くした岩手県陸前高田市出身の畠山直哉さんの写真集も論じた。「自然の力により世界がひっくり返される。われわれがつかの間の存在である、ということを深く考えさせられた」。写真のイメージも胸に、昨年の『洪水(未邦訳)』では洪水に見舞われたパリとおぼしき街を描いた。

 「伝統的なエッセーや批評の形式では表現できないことがある。この世界の意味、その分からなさを考えるために私は小説を書いているのです」

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【プロフィル】フィリップ・フォレスト

 Philippe Forest 1962年、フランス・パリ生まれ。ナント大学文学部教授。97年に長編小説『永遠の子ども』(フェミナ処女作賞)を発表。評論やエッセーも手がけ、2015年の評伝『アラゴン』でゴンクール賞(伝記部門)を受けた。ほかの邦訳作品に『さりながら』など。

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