【書評倶楽部】京セラ元会長・伊藤謙介 ボクシングのリングに住まう「神」…『無敵の二人』中村航著

産経ニュース / 2018年1月13日 13時52分

伊藤謙介・京セラ元会長

 深紅のボクシンググローブが印象的な装丁。帯には「奇跡の実話が甦(よみがえ)る」と記されている。

 本書は、それまでのジンクスを破り、チャンピオンベルトが津軽海峡を越え、初の北海道出身の日本チャンピオンが生まれるまでの物語だ。チャンピオンを育てたトレーナーが女性であることも初めてだった。

 ミドル級のチャンピオンだった父は札幌にジムを開いたが病に倒れる。娘のひかるは25歳で跡を継ぎ、寡黙な青年、畠山と命を賭して、タイトルに挑んでいく。そのさまが叙情を抑えた筆致で書き進められていく-。

 私はボクシングに魅せられてきた。本書のページを繰りながら、昭和42年1月3日、愛知県体育館で行われた、ファイティング原田選手とメキシコのジョー・メデル選手のバンタム級世界タイトルマッチを思い返していた。

 当時、結婚して間もない時期だったが、いてもたってもいられず、京都から妻と2人で名古屋に駆けつけたのだ。リングサイドには、三島由紀夫はじめ各界の著名人が並んでいた。

 ゴングが鳴るや、王者原田は「狂った風車」と言われた猛烈なラッシュ戦法で、ロープ際の魔術師と呼ばれたメデルを攻め続けた。最終15ラウンドまで壮絶な打ち合いが続けられ、原田は4年前のKO負けの屈辱をはらした。私は戦う原田選手の背中に「神」を見た思いがした。

 原田は、自らに過酷なトレーニングのみならず、想像を絶する減量を課した。食事はおろか、水さえ極限まで削った。身の回りの蛇口は全て閉じられ、トイレの水さえ欲しくなったほどだったという。

 自分を追い詰め、戦い抜く姿は、限りなく神々しく、まぶしい。この物語のチャンピオンとトレーナーも、きっとリングに住まう「神」を見たに違いない。(文芸春秋・1750円+税)

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【プロフィル】伊藤謙介

 いとう・けんすけ 昭和12年、岡山県生まれ。京セラの創業に参加。経営哲学の継承に力を注いだ。著書に『挫けない力』など。

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