【新・仕事の周辺】池上永一(作家) 小説のなかの料理にこだわる

産経ニュース / 2018年1月14日 13時22分

池永永一さん

 「ボリビア料理」といわれて、ピンとくる人はほとんどいないだろう。最初はぼくもそうだった。日本で手に入る限りの料理本の資料を集めたが、汎南米料理として取り上げている本ばかりである。たとえばセビーチェ(海鮮のマリネ/ペルー料理)のような、明らかにボリビア料理ではない、とわかるものが紹介されていたりする。ボリビアは内陸国で海がないからだ。

 しかし実際にボリビアに取材に行ってみると、実に多様な食文化が花開いている。ボリビアは世界屈指の農業国で、亜熱帯性の気候を持つサンタクルス市の食材の豊富さは日本以上である。しかも栄養たっぷりの土壌で育まれる野菜は、人参(にんじん)もほうれん草も日本のものより味が濃い。ボリビア料理は野菜の出汁(だし)・ブロスが基本になっているので、日本人の口に合うものばかりだ。強いていうなら、東北の芋煮のような懐かしい味である。

 ぼくが現地で真っ先に手に入れた資料はボリビア料理の本だった。

 小説のなかで見知らぬ料理を描くとき、ぼくは構造に注意を払っている。たとえば肉じゃがとカレーは構造が同じで、味つけが違う。小説のなかの料理は構造を描くことにある。

 まず煮物、焼き物、揚げ物、炒め物、蒸し物、和(あ)え物、と構造で料理をわける。そして実際に作ってみる。乾燥トウモロコシやアロス(長粒米)など日本で手に入らないものは、似たような食材で代替する。

 レシピ通りに作ってみると、普通に美味(おい)しい。しかし小説のなかの料理はちょっとバランスを崩した方が、より美味しそうに感じるから不思議だ。

 たとえばクニャペという現地で食べるパンがある。フランスパンのように固く焼くのがコツだが、レシピでは粉チーズとユカ芋の粉は半々とある。これを意図的にバランスを崩して粉チーズを3分の2にしてみる。するとパンの食感が薄れ、チーズ味のパンから、パンの形をしたチーズに変わる。新鮮なパンチを与えるのは後者の方だ。

 バランスを崩すためにさまざまな手法を試みた結果、省略した方が料理の個性が際立つのがわかった。レシピからある品を引いてみるのだ。たとえば煮込み料理のプチェロ・デ・カルナバルから鶏肉を引く。するとポトフそのものになって、より構造が明確になる。

 現地の味を忠実に再現するよりも、食べてみたいと思わせる描写の方が小説的なのである。フード写真家が料理の盛りつけにこだわるように、小説家は構造にこだわる。

 ぼくはこうやって『ヒストリア』のなかに15種類のボリビア料理をちりばめた。バランスを崩したために料理の腕はあがっていないけれど、活字のなかでは美味しそうな匂いが立ち込めているはずだ。

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【プロフィル】池上永一

 いけがみ・えいいち 昭和45年、那覇市生まれ、のち石垣島へ。平成6年、早稲田大学在学中に「バガージマヌパナス」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。10年、『風車祭(カジマヤー)』が直木賞候補に。以後、『レキオス』『シャングリ・ラ』など壮大なスケールのSF作品、『テンペスト』『黙示録』など沖縄が舞台の歴史時代作品などで注目を浴びる。南米文学に影響を受け、沖縄との共通点を見いだしてマジック・リアリズムを作品に取り入れている。昨年、『ヒストリア』(KADOKAWA)で第8回山田風太郎賞受賞。

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