【書評】作家の生の声と姿が伝わる 『藤沢周平 遺された手帳』遠藤展子著

産経ニュース / 2018年1月14日 13時52分

 藤沢周平がパチンコ好きとは知らなかった。業界紙に勤めていた若い頃だけではなく、直木賞を受賞してからも散歩がてらに駅前まで行き、パチンコしていたという。散歩にでかけるときには「クマゴローへご出勤ですか?」と細君から声をかけられたらしい。クマゴローというのは散歩コースにあったパチンコ店の名前で、その喧躁(けんそう)とたばこの煙の中で、「まくなぎのあび叫喚をふりかぶる」との高名な句を思い出したりするから、われわれのパチンコとは違って文学的ではあるが。

 もっともそのくだりで、藤沢周平はその句の作者を間違えて書き留めている。それを遠藤展子は本書で、「川端茅舎ではなく、西東三鬼の句でした」と正している。

 本書は、藤沢周平が遺した4冊の手帳(正確に言えば、1冊の手帳と3冊の大学ノートで、その期間は昭和38年から51年まで)を繙(ひもと)き、長女の遠藤が注釈をつけた書である。

 これが興味深いのは、まず一つは何度も自作タイトルを変えていたことがわかることだ。構想段階、編集者に渡したとき、単行本にまとめるとき、さらに文庫化のときと、藤沢周平は頻繁にタイトルを変更している。それを著者は克明に追跡調査しているので、後代の研究者にとっては貴重な資料になるだろう。

 もう一つは、先に書いたように意外な私生活が覗(のぞ)けることだ。映画も本も、私には意外だった。たとえば、映画は「ダーティハリー」を見にいくし、読書はマイケル・クライトン『アンドロメダ病原体』を読んだりする。

 なんだかうれしくなるのは、藤沢周平が書棚に飾ってある作家ではなく、まぎれもなく生きた作家であると伝わってくるからだ。

 直木賞を受賞することになる「暗殺の年輪」には自信がなく、そのとき書いていた「又蔵の火」のほうが出来がいいと思っていた、ということも意外だった。そういう藤沢周平の生の声、生の姿が、本書のあちこちから立ち上がってくる。そうだ、初期には現代小説を並行して書いていたというが、機会があればそれを読んでみたい。(文芸春秋・1500円+税)

 評・北上次郎(書評家)

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