閻連科さん 長編「硬きこと水のごとし」 革命の高揚と性の陶酔、赤裸々に

産経ニュース / 2018年2月14日 16時32分

午前中に2時間半ほど執筆するスタイル。「短い時間しか書かない。その分、必ず毎日書き続けます」と話す中国人作家、閻連科さん(飯田英男撮影)

 奇想と笑いに満ちた物語で社会の不条理に迫っていく中国人作家、閻連科(えんれんか)さん(59)は近年ノーベル文学賞の有力候補とも目される。昨年末に邦訳版が出た長編『硬きこと水のごとし』(谷川毅訳、河出書房新社)は革命運動に身を投じた若い男女の物語。革命と性愛、現実と創作との距離、検閲-。来日した作家が丁寧に語ってくれた。(海老沢類)

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 「あの頃をとても懐かしく思います」。1980年代に創作を始めた閻連科さんが本作を発表したのは2001年。当時、内容の「猥褻(わいせつ)さ」が批判されたが、発禁処分にはならなかった。

 「あまり悩まず短時間で書けたし(当局から)大きな制約も受けなかった。90年代後半から2000年代前半は、私個人の執筆の勢いと中国の言論環境の良さがちょうど重なった理想的な時期だったんです」

 ◆信仰の階段

 物語は、共産党内の路線対立に端を発し中国を大混乱に陥れた文化大革命(文革)が背景になっている。

 人民解放軍から故郷の村に復員してきた高愛軍(こうあいぐん)は美しい人妻、夏紅梅(かこうばい)に魅了される。「俺たち一緒に革命しよう」。農民から末は高級幹部へ-。愛を確かめ合い、革命に未来を託す2人は若者たちを扇動し村の幹部を追放。互いの夫婦すら犠牲にし実権に近づいていく。そんな欲と暴力にまみれた闘争が、革命を主導した毛沢東の言葉を大量に引用しながら織りあげられる。

 2人の恋愛が主軸に据えられるが、目をひくのは精神面の揺れよりも赤裸々な性描写だ。愛軍は密会のために互いの家をつなぐ「地下トンネル」を掘り、そこで革命歌を聴きながら紅梅と体をむさぼり合う。革命運動での高揚と性的な陶酔を重ねるように。「(キューバの)チェ・ゲバラの革命を見てもそこには、常に快楽があったと思う。革命がホルモンを生むし、刺激もするのです」

 本作は、銃殺刑に処されることになった愛軍が執行直前に過去を回想する形で語られていく。だからコミカルな風合いすらある物語の随所に、来るべき「転落」の影がちらつく。〈何年も革命してきたのに、俺も彼女も相変わらずまだ農民〉-。愛軍の素朴な述懐が、大衆をのみ込んだ文革の悲劇性を際立たせる。

 「革命という言葉は今なら嘘くさく聞こえるかもしれない。でも当時の彼らには宗教そのものだった。そこでは暴力も含めたすべてが正しいことで、信仰の段階をあがる階段となっていった。集団心理下で人は空気にのまれ理性も失う。革命はある種の信仰である-ということを描いたんだ、と今になって思うのです」

 ◆検閲「厳しく」

 毛沢東や軍を侮辱したなどとして発禁処分も受けてきた。だが作品の多くが翻訳され、アジアでは村上春樹さん(69)に次いでフランツ・カフカ賞も受賞。権威付けを進める習近平体制下で「検閲はより厳しくなった」としつつ「それが執筆に影響を与えることはない」と動じない。

 伝統的なリアリズムと一線を画す自身の叙述法を「神実主義」と呼ぶ。改革開放の影に迫る『炸裂志(さくれつし)』(2013年)での描写は象徴的だ。昇格を決めた主人公がその任命書を示した途端、目の前の女性は一糸まとわぬ姿となり横たわる。枯れた枝も緑に変わり、満開の花がつく-。非現実的な断片が連なり、権力に不可能はないという理屈を超えた“真理”が強調される。

 「近年の早過ぎる成長によって、中国はどの国の人にも理解できない複雑さの中にいる。この現実を表現するために、作家は新しい文学的な様式や方法を発明しなければならない」

 文学の力への信頼が、厳しい環境下でも筆を執らせる。「一人の作家の作品が社会に直接的な影響を与えるとは信じていない。私にとって書くことは読者との魂の交流のためなのです」

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【プロフィル】閻連科

 Yan Lianke 1958年、中国河南省の貧しい農村に生まれる。高校中退で就労後、人民解放軍に入隊し創作学習班に参加。80年代から小説を発表し、軍人の欲望を描いた92年の『夏日落』などが発禁処分に。2005年に『愉楽』で老舎文学賞。2014年にフランツ・カフカ賞を受賞。

産経ニュース

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