【TOKYO まち・ひと物語】福生の窪田成司さん 郷土の様子、記憶頼りに描く

産経ニュース / 2018年4月17日 10時52分

自宅で絵筆をとる窪田成司さん=東京都福生市

 自らの記憶だけを頼りに、戦前や戦中の郷土の様子を絵に描き続ける男性がいる。東京都福生市福生の窪田成司さん(87)。かつてあった家並みや人々の暮らし、祭りの様子、玉川上水の分水網の流れ…。窪田さんの「記憶画」には、とうに失われた風景や風俗が詳しく描かれ、文化人類学や建築学の研究者らも注目する。「消えないうちに頭の中の風景を描いておきたい」。窪田さんの絵への意欲は尽きない。(石塚健司)

 江戸時代から続く左官業の六代目。「左官といっても、うちは壁塗りだけじゃなく、土蔵を造り守っていく技を代々受け継いできた」。家業は次男が継いだが、土蔵補修の要所では今も一緒に現場に立つという。

 記憶画を描くきっかけとなったのは、7年ほど前、町内会から「新住民が増えたので、どの家が何という屋号なのか分かるようにできないか」と相談されたことだ。同姓の家が多いため屋号で呼び合ってきたが、新しい住民の中には戸惑う人も多いという。

 そこで窪田さんは、自筆の地図に一軒ずつ屋号を描き込んだ「屋号地図」を作った。さらに「昔の様子が分かる絵も付けたら面白がってくれるんじゃないか」と絵筆をとった。若い頃から、土蔵に施す漆喰(しっくい)彫刻で竜や花などの下絵を描くため絵筆に親しんできた。

 窪田さんが暮らす「永田」と呼ばれる地区は、江戸時代から多摩川の渡し場や造り酒屋、農家、商家で栄えてきた土地だ。少年時代の昭和11年から20年頃の風景を思い浮かべ、建築物の造作から庭木の配置、看板の文字、色までを再現していく。起点となる物を思い浮かべると、周辺の様子が映像として頭に再生されるのだという。

 町並みを描いた絵、人々の営みを切り取った絵など40枚以上描くと、地元有志が冊子にして印刷してくれた。これを知人らに配ると、思わぬ反響があった。

 失われた民俗文化などを研究する武蔵野美大教授(文化人類学)、郷土史研究家らが次々来訪し、昔の話を聞き、もっと絵を描いてほしいと勧めた。

 その一人、水辺研究家で知られる渡部一二・多摩美大名誉教授は、窪田さんの一連の絵に、かつて永田地区を流れていた玉川上水の分水や湧水の小川が描かれている点に注目した。

 「分水の存在は記録にあるが、その流れが生活にどのように利用され、どのように管理されていたのか、詳細にわたり描かれた点でこの絵には非常に価値がある」と渡部さん。

 渡部さんは玉川上水と分水網を世界遺産として後世に伝えようという活動に携わっており、窪田さんの絵は申請に向けた資料として重要な役割を担うという。

 今年3月、福生市は市内の目抜き通り、宿橋通りの一角に、昭和10年代の家並みを描いた絵の看板を立てた。窪田さんの作品で、全長計約6メートルにおよぶ絵巻物2巻の大作だ。商店や旅館、銀行、火の見やぐらまで50軒余りの建物が丁寧に描き込まれている。

 「尋常小学校と高等小学校に通った8年間歩いた道だから全部記憶しています」という。

 窪田さんが今取り組んでいるのは、終戦前の昭和20年3、4月頃の様子を伝える絵巻物だ。その下絵には「大ばけ」と呼ばれる崖状の地形を利用し、近くにあった旧陸軍部隊が戦闘機などを崖下に移動し、木などでカムフラージュしていた様子が描かれている。

 「不思議とあの時代は頭から消えません。一つずつ絵にして残していかないと」と窪田さんは話した。

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