ギター弾けなかったシローへ 元タイガース森本太郎さん「楽しい思い出をありがとう」

産経ニュース / 2020年10月18日 6時1分

岸部四郎さんの最後のステージとなった平成26年11月のライブ。兄の岸部一徳さん(サリー、右から2人目)とその息子、大輔さん(右端)ともどもゲストで出演した岸部四郎さん(左から3人目)(ロックキャンディ提供)

 日本の最も有名なグループ・サウンズ「ザ・タイガース」のメンバーとして出発し、俳優、そしてワイドショー番組の司会者…。さまざまな顔でお茶の間に親しまれた岸部四郎さんが亡くなった。後年、自己破産や病魔に見舞われ、波乱の人生だった岸部さん。地元の京都市で、中学時代から岸部さんを知る元ザ・タイガースのギタリストで、タローこと森本太郎さんが、盟友の死を悼んだ。(聞き手・兼松康)

 〈ザ・タイガースは昭和42年にデビュー。後にソロとなっても大活躍する沢田研二(ジュリー)、俳優として存在感を示す岸部一徳(当時・岸部修三、サリー)、さらに加橋かつみ(トッポ)、瞳みのる(ピー)、森本太郎(タロー)の5人組だった。その後、加橋が脱退し、入れ替わるように岸部四郎(当時・岸部シロー、シロー)が加入する〉

 ピーとサリーとは同じ中学だった。高校生になってからサリーの家に遊びに行くようになって、そこにサリーの弟、3歳下のシローがいた。ラジオの入りにくい電波をキャッチして、一生懸命音楽を聴く姿が印象的でね。

 シローとは少しずつしゃべるようになったけど、それでも面白いというより、おとなしい感じだったね。

 〈シローは、タイガースに加入する前も、メンバーと行動をともにしていた。一時、米国へ渡ったが、帰国してタイガースの新たなメンバーとなる〉

 ザ・タイガースでは、シローは僕らのお手伝いで楽器運びなんかをしていた。いわゆる“坊や”。洋楽がとにかく好きで、海外でヒットしている曲を教えてくれた。例えばビートルズの日本発売のアルバムの未収録曲「バッド・ボーイ」。その音源を手に入れ、アマチュア時代には耳コピで演奏していましたね。

 米国滞在中にも、米国からいろんな情報を送ってくれた。当時の日本は米国のヒット曲も遅れて発売されていた。僕らには早くいい曲を見つけることが大事だったので、シローにはその点、本当に助けられた。

 後のタイガース加入は、一応、オーディションの形を取ったけど、やはり一番気心が知れてたしね。でも、シローは最初、ギターも弾けなかった。タンバリンを持っていたけど、ジュリーも持ってたから。当初はテンポがずれるので、シローのタンバリンのシンバルにテープを張って音が鳴らないようにしたんだ。でもギターを独学で練習して、僕もアドバイスして、ちゃんと弾けるようになったよ。

 それよりも、あんなに歌が歌えるとは思わなかった。透き通った高い声で「すごいな」と思った。脱退したトッポがやっていた高い部分のコーラスも歌えた。

 〈後に、シローは、ワイドショー番組「ルックルックこんにちは」で長くメイン司会を務める。そのトーク力には定評があったが、それはタイガース時代から培われたものだった〉

 トークでは、東京・新宿のライブハウス「ACB(アシベ)」で1日4公演やっていた頃に、あまりに面白いんで、3回目のステージで約15分のシローのおしゃべりコーナーを作ったほどだった。他のメンバーは休憩しながら、楽屋まで聞こえてくるしゃべりに思いっきり笑ってね。ジュリーのしゃべりも当初はたどたどしかったけど、シローの影響で、だんだんうまく、面白くなった。

 〈シローは生来の人の好さから、また手を出した事業の失敗などで多額の借金を抱え、自己破産する。この影響で平成10年、長く務めたワイドショー番組の司会を降板。15年には脳内出血で倒れて緊急入院し、後遺症で視野狭窄(きょうさく)となるなど、晩年は病気がちに。それでも、車いすでステージに立つなど、音楽への情熱は衰えなかった〉

 シローが病気になってからは、3度、同じステージに。25年末にタイガースの東京ドーム公演に車いすで出たんです。その翌年は、僕のバンド「森本タローとスーパースター」の15周年ライブにも出てくれたけど、それが最後になったね。

 少しずつ病気が悪くなっている感じはしていた。最初の頃はお見舞いに行っても(英ミュージシャンの)エリック・クラプトンの話をしたり、歌の練習をしたり。でもだんだんと口数が少なくなって。

 最後のステージで歌った「ラレーニア」も、直前の練習では元気がなくて。ところが本番では結構な声が出てね。びっくりした。やっぱりステージ上では気持ちが違うんだろうな。シローもステージに立ちたかっただろうし、できればもっと歌いたかったと思うよ。

 やはりタイガースで一番年下のシローが先に逝くなんて残念で仕方がない。早すぎる。みんなそれぞれに別れは来るけれど、シローの存在は僕にもタイガースファンにも胸の中にずっとある。シロー、本当に楽しい思い出をありがとう。

     ◇

 岸部四郎さんは8月28日、拡張型心筋症による急性心不全のため、亡くなった。71歳。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング