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笹川陽平 日本財団会長インタビュー(1)「一票が国を変える」有権者の笑顔と民主化への思い

政治山 / 2015年11月25日 12時0分

ミャンマーで8日、民政下で初めてとなる総選挙が行われ、民主化の象徴であるアウン・サン・スー・チー氏(70)率いる国民民主連盟(NLD)が過半数の議席を獲得し圧勝しました。笹川陽平日本財団会長(76)は日本政府から選挙監視団の団長を委嘱され、現地で指揮を執りました。半世紀にわたる軍事政権下で、時には欧米の抵抗に遭いながらも人道支援を続けてきた笹川会長にお話しを伺いました。

ハンセン病対策など40年にわたりミャンマーで活動

【記 者】 笹川会長は1974年から、笹川記念保健協力財団を通じてミャンマーのハンセン病対策活動をはじめ医療面での支援を続けてこられました。今回、日本政府から選挙監視団の団長を委嘱されたのもそうした経緯からですか?

【笹川氏】 はい、その通りです。ミャンマーは70年前までは東南アジアで最も豊かな国の一つでしたが、政治的混乱によって今では最貧国の一つとなってしまいました。4年前、テイン・セイン大統領(70)が民主化を目指してから外資が増え、民主化の道が開かれました。私は当時から活動を続けていましたが、軍事政権との付き合いに対して意見を受けたこともあります。

東京・虎ノ門にある日本財団ビルで取材に応じる笹川会長
東京・虎ノ門にある日本財団ビルで取材に応じる笹川会長

【笹川氏】 政権の善悪に関わらず、人道支援はそこに住む人たちを助けることが目的です。ミャンマー政府と15の少数民族との戦いは70年前から続いていますが、私たちの活動は少数民族の間でも知れ渡っています。そうした民族間を仲介するミャンマー国民和解担当日本政府代表の職責にもあるので、選挙監視団の話につながったんだろうと思います。

テイン・セイン大統領とスー・チー氏は傑出した指導者

【記 者】 笹川会長はテイン・セイン大統領とスー・チー氏双方と親しく、比較的容易に直接連絡の取れる稀有な存在と言われていますね?

【笹川氏】 テイン・セイン大統領とは長い付き合いになります。人格者であり、「民主化を成し遂げなければ民衆が疲弊してしまう」という危機感を抱き、努力されてきました。スー・チー氏とも、これまで何度もお会いしています。あれだけの苦難を乗り越え、未来に向かって透明性ある政治をしたいという彼女の努力が今回実りました。近々ミャンマーに行きスー・チー氏に会いますし、テイン・セイン大統領とミン・アウン・フライン国軍司令官にも会います。

アウン・サン・スー・チー氏と笹川会長
アウン・サン・スー・チー氏と笹川会長

【記 者】 来年3月の政権移行まで、国軍・与野党ともに指導層は気が抜けませんね?

【笹川氏】 そうですね。大統領も国軍司令官も明言していますが、来年3月の新大統領就任に向けて引き継ぎも順調に行われるでしょう。

 私は毎年、国軍の指導者層を日本に招待しています。「民主主義国家における軍隊とはどうあるべきか」を考えていただこうと、武道や日本語教育をはじめさまざまな学びの機会を提供しています。ミャンマーの優秀な人材や政権運営の経験者は国軍出身者が多く、今後の民主国家建設のためにも彼らの力をいかに活用するかが重要です。

早朝からの行列は民主主義への期待の表れ

【記 者】 選挙自体は公正に行われたのでしょうか?

【笹川氏】 選挙によらない25%の軍人枠(定数166)が批判されていますが、それでも民選枠(同498)のうち390議席以上をNLDが取りました(定数498のうち7選挙区で選挙が中止になり、実質的な過半数は329議席)。軍政下の選挙管理委員会に公平性が保てるのか不安の声が当初ありましたが、欧米の監視団など国外から1000人、国内の非政府組織(NGO)9000人の計1万人が監視する中で、選管と担当者は非常に協力的でした。

【記 者】 大きなトラブルもなく?

【笹川氏】 投票前日と投票日に10カ所ほど訪れましたが、どの投票所でも選管の方は私たちの質問にきちっと答え、雰囲気も良かったです。1つの投票所に投票場所が4カ所に分かれたところがありました。混乱しないのかと心配でしたが、担当者は「事前に説明しているから心配ない」と答えました。事実、投票が始まった午前6時には200~300人が整然と列をなして、全員が証明書を持参しスムーズに投票が行われました。

【記 者】 早朝からそんなに有権者の列が?

【笹川氏】 民主的ルールでの選挙は初めてなので、うれしかったのでしょう。投票を終えた彼らの笑顔は非常に印象的でした。自分たちの一票で国を変えられるんだという希望が、民主主義の原点がありました。投票を終えた有権者は出口で、二重投票防止のために青色のインクを小指に塗られました。「私も行ってきたよ」と小指を見せ合って微笑む人々の姿が目に焼き付いています。

二重投票防止のインクを左小指につけた有権者
二重投票防止のインクを左小指につけた有権者

透明性と公正性の確保が民主化へのカギ

【記 者】 二重投票防止のインクは日本政府による支援の一環と伺いましたが?

【笹川氏】 はい。日本政府は国連開発計画(UNDP)と連携して、48時間経つと消える特殊インクを提供しました。ほかの選挙での実施例は把握していませんが、有権者には抵抗なく受け入れられたようです。同じく日本政府からの支援として、電気の通じていない地域での夜間投票を可能とするためにランタンを提供したりしています。

【記 者】 投票終了間際にも混乱はありませんでしたか?

【笹川氏】 終了時刻の午後4時に殺到した場合、「敷地内にいる人には全員投票させよう」と事前に決めていましたが、実際には多くの人が早々に投票を済ませたため、終了間際に来る人はほとんどいませんでした。

【記 者】 開票もスムーズに行われたのでしょうか?

【笹川氏】 私たちのいた開票所では、オーストラリアとオランダ、タイの監視団も立ち合いました。開票の際には1票ずつ「これはNLDです」「これはUSDP(連邦団結発展党)です」などと言って各党の箱に入れていきます。棄権票があると、立候補者の政党関係者が集まって確認したうえで次の1票に進む。こうして事前投票分の開票の際には200票開票するのに1時間以上もかかりました。想像以上に丁寧に行われたというのが総合的な評価です。

【記 者】 新政権が取り組むべき喫緊の課題は何だと思いますか?

【笹川氏】 少数民族武装勢力との停戦を早期に実現し、国を統一できるかどうかが最大のテーマです。少数民族15グループのうち8グループとは停戦合意しています。民族側も政府側も連邦国家になりたいという大枠では一致しています。政権与党となるNLDはこれまでの経過をきちんと聞き取り調査したうえで、合意文書の詳細を分析することから政権運営を始める必要があります。

(後編へつづく)

笹川 陽平(ささかわ ようへい) 日本財団会長

笹川 陽平(ささかわ ようへい)日本財団会長1939年1月8日東京都生まれ。明治大学政治経済学部卒業。2001年5月に世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧大使、2007年9月にハンセン病人権啓発大使(日本政府)、2012年6月にミャンマー少数民族福祉向上大使(日本政府)、2013年2月にミャンマー国民和解担当日本政府代表(日本政府)に就任。日本人で初めて『法の支配賞』(国際法曹協会)を受賞したほか世界各国・機関で43の賞与を受賞。世界22学術機関の名誉学位を取得。笹川良一・日本船舶振興会初代会長の三男。次兄に自由民主党元衆議院議員・笹川堯がいる。『紳士の「品格」』など著書多数。1年の3分の1を海外活動に充てる。

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