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塩谷町「町民全員会議」にみる、「学びとコミュニケーション」でつくる地方政治の新手法

政治山 / 2017年11月17日 12時10分

 現在、地方政治を題材にした『民衆の敵』というドラマが放送されていますが、「地方自治は、民主主義の学校である」という言葉はご存知でしょうか。

 地方では国政とは異なり、選挙で首長や議員を選ぶとき以外にも住民が政治に参加する機会が制度的に設けられています。例えば、条例の制定や廃止を求めたり、役所の事務の進め方やお金の使い方に疑問がある場合には、検査の実施を求めたりすることができます。一定の条件をクリアすれば、選挙で選んだ首長や議員を任期の途中で辞めさせることもできるのです。

 しかし、このような権限を行使するには、相当な時間と労力が必要であり、上記の機会が保障されているからと言って、市政が我々市民の意に沿って民主的に行われているとは思えないでしょう。

近年、取り組まれている行政主導の住民参加

 議員が市民の意見を集約すること以外に、近年、行政側、つまり役所が住民の意見を聞こうとする動きが盛んになっています。代表的なものには、ワークショップや審議会への市民参加、アンケートを用いた市民意識調査などがあります。

 しかし、ワークショップや審議会への市民参加は、特定の人の意見を確認するには有効ですが、代表性は乏しいと言わざるを得ません。休みの日に役所が開催するワークショップに参加する方は特定の意思を持った人か、高齢者であるのが実態であり、これらの結果をもって「市民の意思」を確認したとするには無理があります。

 一方、市民意識調査はアンケート形式であり、広く住民の意識を確認するには一定の効果があります。特に無作為(ランダム)抽出で実施された調査は統計的な信頼性を備えるため、多くの自治体に普及しています。ただし、これらの結果は、あくまでも住民の回答時の「意識や感覚」であり、根拠やデータに基づかない回答になる場合が少なくありません。

 そもそも住民ではなく、首長や議員、あるいは公務員が専門的な立場から意思決定をすればよいという意見もありますが、自治体が扱う問題は明確な答えがあるものばかりではなく、限られた予算の中で、価値判断による取捨選択が求められるものが多くなっています。

 さらに、私たちは選挙の際に地域課題への対応策をすべて政治家に一任したわけでは当然なく、住民が関わることのできるテーマであるならば、住民の意思が政策決定に影響する機会があってしかるべきと考えられます。
 「地方自治は、民主主義の学校」という言葉もそれを意味しています。

 現在、市でも県でも「市民の意思」を伺う機会が極めて限定的であるだけでなく、市民が意思を表明するために必要な情報が不足しています。

「学びとコミュニケーション」を提供する自治体PRM

 このような地方自治を取り巻く民主主義の課題を、住民と市をつなぐ新たなプラットフォームを構築することで解決しようとする取り組みをご紹介します。

 住民と市をつなぐ新たなプラットフォームは「自治体PRM(policy relation management)」と呼ばれ、慶応大学研究員の岩田崇さんが開発し、栃木県塩谷町で「町民全員会議」として実現しています。

 岩田さんは現在の自治体の課題を次のように指摘します。

「自治体の権力の源は「住民」です。「住民」を基点に「首長」と「議員」に投票する二元代表制をとっていますが、現実の住民とのやりとりは極めて希薄です。その結果、住民不在の国の影響を受けた下請け的な地域経営となってしまいます」

現在の地方政治の構造
現在の地方政治の構造

 この状況を打破しようとするのが、まさに塩谷町で取り組まれている「町民全員会議」なのです。

塩谷町で「町民全員会議」の実践

 塩谷町(人口約1万2000人)は、中学生以上のすべての住民にWEB上で行われる町民全員会議に参加するためのIDを配布しました(高齢者が多いため紙媒体での参加も可能となっていますが、自治体PRMの本質はWEBにあるので、以下はWEB版について記載します)。

 町民全員会議という名称ではありますが、WEB上でテレビ電話などを介して住民が会議をするのではなく、特定テーマについて住民が意思表示をし、それが政策決定に役立てられるという建てつけになっています。

 イメージ的にはWEB版のアンケートに近いものですが、「学びとコミュニケーション」の場であるという点でアンケートとは一線を画すものであると岩田さんは強調します。

 町民全員会議に参加した住民は、あらかじめ設けられた設問に対して、選択肢から回答をします。これだけだとアンケートと同じですが、大きく異なるのは回答をする前に関係する情報を参照できることです。これが、学びの機会となります。

 ただ感覚で回答をするのではなく、WEBのメリットを活用して、地域の状況や課題を学んだ上で、それについて考えた後に自身の意見を回答する形式となっているのです。

 そして、その回答はリアルタイムにグラフ化やグルーピング化が行われ、ほかの住民がどのような回答をしているのか直ぐに確認をすることができます。

 特徴的なのは、回答期間であれば何度でも回答が変更できることです。これにより、ほかの住民の意見を確認した後やリアルで会話や調べものをした後に、回答を変更することが可能になるのです。

 さらに、塩谷町では住民の回答だけにとどまらず、議員全員が住民と同じ設問に回答しているため、その回答結果のマッチングにより、住民は自身の考えがどの議員の考えと近いのかを知ることができます。議員も同様にどのくらいの住民が自身と同じ考えなのか、そして住民は何を求めているのかを知ることができる仕組みとなっています。

町民全員会議における住民の意思形成の流れ
町民全員会議における住民の意思形成の流れ

 これまでの意識調査は、行政が一方的に市民意識を確認するもので、その結果も後日HPにアップされるだけなので大半が単発で終わってしまうものばかりでした。

 しかし、自治体PRMは市民が学びとコミュニケーションを重ねる中で、意思を構築する機会を提供します。住民の意思はリアルタイムで見える化されると共に、記録として蓄積されるので、継続的な取り組みにつながります。

 議員や行政が意思決定に活用しやすい形で住民の意思が提供される点でこれまでの、住民参加とはまったく異なるものと言えます。

塩谷町の実践から見えてきた課題と活用例

 塩谷町は高齢者が多くWEBベースだと回答できない人がいるという理由で、紙媒体が平行運用され、町民全員会議の登録率が低いことが課題であると考えられます。

 中学生以上の全市民にIDを配るというのは、他の自治体が真似できない大胆な決定だと思いますが、参加者に穴があるのは住民意思を構築する上では大きな課題です。

 すべての世代がWEBで参加できるようになれば、住民の政治参加が劇的に変わる仕組みとなりますが、現在の運用としては特定世代での活用と参加へのインセンティブ付与が自治体PRMの実用性を大きく高めると考えます。

 対象とすべきは、ネットが生活の一部になっており、かつ行政が最も意見を集約するのに困っている若者や子育て世代です。

 WEBでつながる属性に限定できれば、気軽かつ安価に意思を確認できる機会となるだけでなく、自治体PRMは有効な情報発信の媒体ともなり得ます。例えば、IDに紐づけて特定の人に子育て情報を提供することもできます。これは、民間では当然に行われている手法です。

 行政の情報発信はすべての人に届けようとするあまり、住民は必要な情報を見つけられないという残念な状況が多くあります。もっと言えば、自治体は情報を届けることではなく、発信することで満足しているという怠慢もみられます。庁舎入口に掲示された誰も見ることのない公示物がその最たる例です。

 このような状況も変えなくてはいけません。

 今回、岩田さんに自治体PRMについてお話しを伺い、その仕組みを知れば知るほど可能性に満ちたものであると感じました。

 既存の仕組みでは住民の意思を市政に生かすのは困難です。地方自治が民主主義の学校となるように、行政も時代にあった仕組みを積極的に取り入れていく必要があります。

<ユースデモクラシー推進機構 理事 加藤俊介>

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