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廃校寸前だった高校になぜ人が集まるのか―海士町が島根県に与えたインパクトとは

政治山 / 2019年1月15日 10時0分

 人口減少で存続が危ぶまれた町、島根県隠岐諸島の「中ノ島」にある海士町は、教育を皮切りに大きな変革を遂げています。地方留学として島留学の取り組みを進めてきた島唯一の高校、隠岐島前(どうぜん)高校では平成21(2009)年91人だった生徒数が、平成30(2018)年は179人へと増加し、海外、全国から生徒が入学する高校に変貌を遂げました。

 今回はその仕掛け人である一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム(以下、魅力化プラットフォーム)の岩本悠共同代表と島根県側の立場から教育の魅力化を推進してきた県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さんにお話を伺いました。

島根県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さん(左)と一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠共同代表(右)

島根県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さん(左)と一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠共同代表(右)

高校は地域の担い手をつくる場所

――岩本さんは平成18(2006)年から高校魅力化プロデューサーとして事業をスタートさせ、隠岐島前高校のコーディネーターとして海士町に移住までされましたが、事業を始めたきっかけを教えていただけますか。

【岩本】 私が魅力化の事業を始めた当時、海士町の課題は、まさに人口減少の中で町が存続できるかどうかでした。島に1校しかない高校の隠岐島前高校も生徒数の減少で統廃合の危機に立たされていました。

 この問題は、学校だけではなく地域の問題なのです。学校がなくなると、若い人たちが島から流出していき、Uターン、Iターンによる定住も進みません。

 そうした状況の中で、海士町をはじめ島前地域の人たちも存続の危機にある隠岐島前高校をどうにかしたいと考えていましたが、高校は市町村立ではなくて都道府県立であって、町が何とかしたいと言っても管轄が違うので柔軟に教育内容や制度をコントロールできないんですね。もちろん、統廃合についても市町村では決められません。

 そこで、僕は町側のコーディネーターとして、県立高校がより魅力的になって統廃合でつぶれることなく、外から人が来るようしたいと思ったのです。そして高校の3年間で地域を舞台に学び、将来はUターンにもつながるような人づくりをしたいと思いました。

 高校という存在は、地域側からすると移住定住の最低条件であるとともに、地域の次の担い手を育てることができる場所だということが今まで盲点だったのですね。

高校で地域の課題に取り組むなんて考えられなかった

【岩本】 当初は、地域の課題を題材に地域の課題解決を通して学ぶという考えは、教員にはまったくピンとこなかったことだと思います。そうした状況で始まったのがこのプロジェクトです。

 しかし、地域での挑戦を通して生徒は変わり、学校も大きく変わり始めました。知事も高校生と意見交換をするなかで、学校が地域の未来にとって重要なものだと気づいてくれたのです。そして平成23(2011)年島根県で県立高校の魅力化事業というのが始まったのです。

流れに逆らう僕たちに対して、県の方は最初冷たかった

――島根県の教育委員会はどのような姿勢でしたか。

【岩本】 県からすると過疎地域の小規模学校は統廃合したほうが効率的です。そうした僻地の学校や地域を下手に刺激すると、将来的に統廃合しにくくなってしまう。結果として、ここまで生徒が減ってしまって教育にも魅力がないから統廃合しても仕方ないよね、という状況になるのが再編にとってはよいのです。

 高校再編の流れの中で魅力化事業は、反再編という勢力に映ったわけですね。逆流を起こす僕たちに対して、県の方は最初冷たかったです。特別扱いはできないというスタンスでした。

 しかし平成23(2011)年、知事の理解を得て、県のプロジェクトとして応援する補助金を出していただきました。当時の流れとしては革命的でした。これまでダメだと言われてきた県がお金も出してくれたので、他の飯南町や川本町なども声を挙げ取り組みを始めることができました。

 県の応援は、魅力化事業の風向きが変わったきっかけでした。

海士町

海士町は、隠岐諸島「中ノ島」の島全体が一つの町

県職員も高校の魅力化と統廃合の矛盾を抱えていた

――島根県教育委員会の担当者である江角さんたちは、岩本さんの活動をどう見ていましたか。

【江角】 確かに岩本さんの活動に関しては、教育委員会の職員を中心に否定的な人が多かったのは事実です。統廃合の流れに逆らうのが岩本さんの活動で、高校の魅力化は必要だと理解しながらも、これまで進めてきた流れとの矛盾を感じていた職員は多かったと思います。

 県の助成金は、平成23(2011)年の補助金は1校当たり3年間で1500万円でしたが、平成26(2014)年からは1校当たり3年間で900万円と減額していきました。そして、いよいよ平成28(2016)年に魅力化事業の幕を下ろそうという時、全国的に地方創生の風が吹き始め、島根県としても再び魅力化に火を灯そうと、支援を続けることになったのです。

 平成29(2017)年からは、それまでは高校のみだった魅力化事業を、より体系的な取り組みが必要だと考え、幼稚園・保育園、小学校、中学校まで広げ補助金を出し始めました。また、小学校、中学校、高校をつなぐ役目の統括プロデューサーの配置にも交付金を支給し、事業を大幅に拡充したのです。

 平成27(2015)年から岩本さんも海士町職員から島根県職員へ籍を移し、教育魅力化特命官として島根県全体の教育行政の取り組みに加わりながら、現在まで一緒に島根県の高校の在り方について考えてきました。

学校と地域を引っ張る存在は革新的だった

――島根県との連携をスタートした時の状況を教えてください。

【岩本】 平成27(2015)年から県の教育委員会で取り組み始めましたが、当時の問題は、現場の市町村と、県の間に大きな壁があったことです。

 現場の市町村がやりたいと言っていても、県のシステムがそれを許さず、不毛な戦いを続けてきました。少し手を緩めると、県の主張に押され、事業は後退するような状況でした。

 県の担当者もストレスだったはずですが、県全体でも人口減少で財政的にも余裕がない状態です。このままではみんな沈んでしまう、県が変わらないと船全体が沈むぞというのが僕の問題意識でした。

 こうした問題意識を訴え続けていましたが、平成27(2015)年当時は教育委員会に自分のようなよそ者を受け入れる文化がなく、当時江角さんがいた県の地域振興部に入りながら、教育委員会は併任という形で入れさせてもらいました。

一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠共同代表

【江角】 県の使命は、子どもたちに対して最適な教育環境を整えることです。そのためには、最適な生徒数、健全な財政状況などトータルで見ていく必要がありますが、それに抗うような人間が入ってきたので、県内部、教育委員会にも反発はありましたね。当時、学校と地域は密接な繋がりを持っているということについて意識できている職員はまだまだ少なかったと思います。

教育委員会も現状の教育について限界を感じていた

――県側では学校と地域が連携していくという考えはありましたか。

【江角】 平成27(2015)年当時、私は県の地域振興部にいました。我々も教育委員会サイドも、学校の教員が教壇に立つだけでは限界があり、学びの場は学校だけではないという考えはありましたが、まだまだそれを受け入れる文化がありませんでした。

 地域側から見たときに、地域産業の担い手となる人材を確保したいという思いはあり、小中学校の段階から地域のことを知ってもらうのは将来のUターンに繋がるので大事だとは考えていました。また学校側も、教育の質を高めていくために生きた教材を地域から持ってくる必要があると考えていました。

 海士町のような課題の先進地域において、生きた教材を生かして子どもの学びを深め、あわせて将来の担い手育成もクロスさせて全体最適にもっていけないかということを、当時県の地域振興部で考えていましたね。しかし、縦割り行政でなかなかうまくいかないのが現実でした。

学校を起点とする斬新な発想は県、教育委員会を変えた

――岩本さんの取り組みが勢いづいたきっかけは何だったのでしょうか。

【岩本】 一つは、資金も不足していた中で、平成28(2016)年に日本財団のソーシャルイノベーター制度で最優秀賞をいただいたことです。

 日本財団にこの取り組みはソーシャルイノベーションを起こす全国展開すべき事業として評価してもらい、助成金もつきました。当時、子どもや学校を中心においたコレクティブインパクト(=部局間・組織間を横断した社会課題解決)をしていこうというのが私たちの考え方で、それを理解していただき、一気に加速しました。

【江角】 また、私が平成28(2016)年に教育委員会に移動することになり、県の地域振興部という外からではなく、教育委員会の中から働きかけることができたもの大きかったかもしれません。

 地方創生というと産業政策やU、Iターン政策ということが目立ちますが、学校起点で物事を考えることは、非常に斬新でした。学校に触ることによって、地域の地盤力を上げていって、その力が地域活性化つながるという考えは、教育に携わる人にとって、非常にセンセーショナルな考え方だったと思います。

 また、日本財団からいただいた最優秀賞は、県がこれまで進めてきた魅力化事業に箔をつけ、県内部の関係各所に対し大変説得力を持つものとなりました。県議会にも興味を持っていただき、議会でも取り組みを発表することによって、教育委員会もどんどん変わっていきました。

島根県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さん(左)と一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠共同代表(右)

魅力化事業の全国展開へ

――受賞で活動の内容や効果にどのような変化がありましたか。

【江角】 県外の自治体や国から問い合わせが増えましたね。島根県の成功例を見た国が、全国へ導入する価値があると理解してくれたのだと思います。

 これから、東京一極集中を是正し、地方に新たな人の流れを作るためにも、全国に魅力化事業の取り組みを広げていくことが必要です。そのためには、岩本さんの魅力化プラットフォームの仕組みが重要だと思います。

 県単体で取り組んでも限界があり、魅力化プラットフォームが全国規模で仕掛けていってくれるからこそ、島根県の発展にもつながるのだと考えています。

【岩本】 確かにこの賞と助成金がなかったら、魅力化事業の取り組みを、全国に広げる活動はできませんでした。最初は海士町で始めた取り組みですが、全国で同様の問題を抱えている地域に広げていきたいと考えています。

教育行政に民間の力が加わることは画期的なことだった

――これまで島根県の教育の取り組みの中で民間企業の力が具体的に入ることはありましたか。

【江角】 岩本さんの魅力化事業のような形で教育制度の分野で民間の力が入ることはなかったと思います。

 これまで島根県では子どもの教育のほとんどを公が担ってきました。主役は学校で、諸々の権限は学校長にあります。民間企業とコラボレーションする文化がない中で、魅力化プラットフォームという団体が立ち上がり、活動を開始したということは画期的なことでした。

【岩本】 学習の上では民間の塾の存在がありますが、地方に行けば行くほど公立高校は塾に頼らない文化が定着しています。「学校の先生になれなかった人が塾の先生になっている」という偏見もあったりして、民間の力を借りないことが多い文化です。地方の公教育は都会での感覚とは少し違う側面があります。

 今までの教育委員会は、学校現場に対して上からの目線だった部分があります。僕は、本来なら現場が実現したいことをできるよう「伴走」するのが県の役割だと思いました。そこで、魅力化事業の中では、伴走という仕組みを取り入れたのです。

――島根県の地域振興部や教育委員会の理解を少しずつ得ることができてきましたが、こうした進展は他県にも汎用性はありますか。

【江角】 これは特殊な形ではなくて、「子どもたちにとって、より良い教育とは何か?」という当たり前のことを突き詰めていけば、自ずと島根県のような形になっていくと思います。島根だから特殊なのではなく、これからの日本の子どもたちに求められている力を養おうと思えば、学校はもとより地域が総がかりで子どもたちを育てていく必要があると思います。

海士町

大人が学力観を合わせる必要がある

――島根県の教育委員会の空気は変わりましたか。

【江角】 魅力化の取り組みを進めるにあたっては、まず大人たちが今後の子どもたちに必要となる力は何なのかということを十分議論していくことが大切です。具体的な打ち手を先行して考えがちですが、まずは大人たちの学力観を合わせていくことが重要だと思います。現在、県教育委員会では、知識・技能に偏重せず、思考力・判断力・表現力、学びに向かう意欲といった力も合わせ持つ子どもを、地域とともに育てていく必要があるということを全職員が共有しています。

(後編へつづく)

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