行政と市民の話し合いが炎上する理由・後編―遠藤ちひろ多摩市議
政治山 / 2019年3月8日 10時0分
納めた税の「使い道に文句を言う側」から「使い道を決める側」に回ろうと決心したのは25歳の時だった。
地盤のない東京多摩を舞台に9年かけてやっと市議会議員に当選し、2期目。それなりに議員としての振る舞い方もわかってきたし、市民から出される政策のタネを議案にまとめるテクニックもわかってきたが、市議会というもっとも市民に近い現場にいるはずの私は、一周回って住民自治や市民参加が一体なんなのかわからなくなってきている。
エピソードをもう一つ。
議員になる前、私は東京の西側、中野区の風呂なしアパートに住んでいた。21世紀にも関わらず神田川沿いの銭湯に通うという貧乏ながら楽しい学生生活を送っていたが、私の住むJRの駅は開発が遅れ、中央線沿線でひときわ存在感のないエリアになっていた。
そこで持ち上がったのが、駅前広場の検討。
JR改札から山手通りにむかう空間を再開発し、駅ビルやバスロータリーを備えた駅前広場にしようということで行政主体の検討会が設置され、地域住民にも広く参加が呼びかけられたので、「こりゃ面白そうだ」という野次馬根性丸出しで私も手を挙げてみた。
住民側のオピニオンリーダーは自営業の建築家。都市計画にも一言あるらしく、行政側の提案を毎回こっぴどくやっつけていた。ある回では行政案の日影規制図は一部不備があるのではないかと、自ら図面に日陰図を書いて持って来た。…ギャフン。区の課長からするともっともやりにくいタイプだろう。
私は市民側、それも賃貸アパートに住む学生という立場で、別に行政・住民どちらの肩を持つわけでもなく会議に参加していたが、駅前広場のありかたや設計案を説明する区の部課長に対して、ムクムクと不審感が募ってくるのに時間は必要なかった…。
住民としてあのような場に参加すると、とにかく行政の説明が冗長であると感じる。まずこれマイナス。
きっちり正確に説明したいのだろうが、とにかく長い。そして常に行政は「この案で行きたいのでご理解ください」という姿勢で市民に説明をするのだが、この瞬間に構図が決まってしまう。行政は企画し、原案を練り、了解をいただくために説明する側。対する市民は提案された内容に質問し、疑義をただし、好きなだけケチをつける側。
この構図になった瞬間に会議は、みんなが使う駅前広場に何が必要で、どうやってそれら機能を図面に落とし込んでいくのかという話し合いから、好き勝手なことを言う市民vs不誠実な答弁と逃げ腰の回答でとにかく時間が過ぎるのを待つ行政、という無限地獄絵図に変わってしまう。
こうなるとジ・エンドだ。会議の2時間は建設的な雰囲気から程遠いものになる。
市民と役所の話し合いに新たな息吹どうやったらこの負のスパイラルから抜け出せるだろうか。
住民側は単なる質疑と攻撃ではなく、自らの提案を重ね合うというような意識になれるか。行政も原案に固執せず、むしろ計画案作成段階から住民意見を取り入れていくような仕組みを導入するにはどうしたらいいのだろう。
平成21年から文教大学湘南研究所と公益社団法人茅ヶ崎青年会議所、そして茅ヶ崎市の三者は住民基本台帳からの無作為抽出による「市民討議会」でその壁を打ち破ろうとし始めた。
行政が60万円程の予算を確保し、無作為抽出で住民に「市民討議会」への参加案内状を送る。ポイントは公募ではないので手を挙げる必要はなく、むしろ指名されて有償で参加することだ。裁判員制度にも似たこの仕組みによって、従来ほとんど市政に参加してこなかった市民が、事前資料を読み込んで市民討議会の場へと足を運ぶことになる。
5000円から1万円程度の日給を受け取って参加するため、多くの市民はあらかじめ前提知識をもって議論の場に参加する。そして「行政にモノを言ういつものシニア層」ではない中堅社会人や若者といった人々が、市民討議会には参加してくれるため、いわゆるサイレントマジョリティの声が形になるのが特徴だ。
参加者を1~2日拘束し、行政課題への解を住民自らが討議の中で模索していくというこの仕組みは日本青年会議所の積極的な普及によって、急速に定着しつつある。「この街に求められる図書館機能はどんなものか?(多摩市)」「住民投票制度はどうあるべきか(茅ヶ崎市)」など多種多様なテーマでの開催が可能なうえに、行政vs住民という構図にはならないため炎上のしようがない。住民同士の対話だと、けんか腰にならない抑制的な議論が期待できるのだ。
この市民討議会をさらに発展させたのが、我が多摩市の「SIMたま2030」である。
無作為抽出によって選ばれた市民と行政が、一緒になって街の財政状況を考えるシミュレーションゲーム。財政状況も包み隠さず街のリアルな姿を「見える化」し、現在の多摩市の状況・課題を市民に知ってもらう仕掛けである。参加市民は架空の自治体の幹部となって、5年後、10年後のまちの予算づくりを参加者同士で対話しながら考えていくという「SIM熊本2030」を基に考案された。
多摩のケースでは参加者がグループに分かれて、架空の「たまみらい市」が抱える「施設の老朽化」や「少子化」といった市政課題に対し、問題解決のために何が必要か話し合う。グループ内では必要な事業予算を確保するために、他のどの予算を削って財源をねん出するのかなどを話し合うのだ。最終的にはグループできめた優先順位を、市議会役となる別のグループに説明し、質疑を通して事業の推進を決定していく。まさに行政幹部たちの役割をなぞる住民啓発型シミュレーション・ゲームだ。
いずれの手法も行政vs住民という構図を見事に避けつつ、住民自治の新たな可能性を見せてくれている。問題は参加者が絞られてしまうこと。時間とお金がかかること。行政はファシリテーターなど黒子に徹するが、やはりマンパワーは必要で、市民討議会にしても、SIMたま2030にしても半年くらいは実施のための時間がかかる。
最終的にはファシリテーター役も住民に任せていけるようになれば、毎週末の開催などが可能になり住民の意識向上が果たせるのではないだろうか。個人的には住民の2~3割がこういった新しい仕組みを経験すると、爆発的に街が変わり始めると思う。
このたび、このほか住民自治の仕組みが難航するケーススタディや、暮らしをちょっとだけ改善するために議会を上手に使う方法などを盛り込んだ「暮らしの中で使える政治(游学社)」を上梓した。若手議員の仲間たちと全国の事例集や「上手な陳情文章の書き方」などの巻末資料も盛り込んでいる。こちらもぜひご一読願いたい。
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