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「対話」をプラットフォームにした地方創生のカタチ~福津市津屋崎ブランチの実践

政治山 / 2015年10月22日 15時0分

津屋崎と津屋崎ブランチ

 このコラムでは、地域での「対話(ダイアローグ)」の重要性を強調しています。「地方創生」を成功させるには、依存から自立、地方から知恵、アイデアが生まれる仕組みとしての「対話の場」が不可欠です。国は地方創生の基本目標の一つに、「地方への新しいひとの流れをつくる」ことを掲げています。今回は、対話をプラットフォーム(基盤)にした取り組みにより、移住者を増やしている、福岡県福津市津屋崎地域の実践から、あるべき地方創生のカタチを考えてみたいと思います。

 旧津屋崎町は、2005年、福間市と合併して、現在は福津市になっています。福岡市の中心街から50分、福岡空港からは1時間の立地にあります。ウミガメが産卵する美しい砂浜があるほか、かつては廻船で栄えた漁村集落です。津屋崎千軒というまちの中心部には、タイムスリップしたかのように古民家が今でも多く残されています。津屋崎は、1911年の塩田の廃止以来、衰退が進んできました。昭和30~50年代の海水浴ブームで一時は賑わいを取り戻したものの、その後、国民宿舎やレジャー施設の閉鎖、西鉄電車の撤退などで、地域の人たちは将来への大きな不安を抱えていました。

津屋崎千軒の町並み
津屋崎千軒の町並み

 そんな中、北九州出身で、大手ゼネコンで都市計画などを行っていた山口覚さんは、2005年に福岡へUターンし、地域おこしを実践する場を探していたところ、この津屋崎に出会い、2009年に移住することになりました。「ふるさと雇用再生特別基金」を活用、津屋崎千軒の一角の民家を改装し「津屋崎ブランチ」を立ち上げ代表となり、まちづくり事業を始めました。好きな場所で、この先30年、40年と好きな仲間に囲まれて暮らしたい、そんな考えに共感する人に移り住んでもらい、一緒に暮らしたい。日本の衰退する地域を元気にする、そんなモデルを津屋崎から発信したい。そんな思いがスタートでした。

 2009年10月からの5年間で、津屋崎ブランチの直接の取り組みにより、30代の子育て世帯を中心に、49世帯108人(第1期移住者)が津屋崎に移住しました。この移住者を介しての移住者(第2期移住者)も100人程度いると思われています。そのほか、福岡からの近さなどを理由にテレビや新聞、雑誌を見て移住してきた人は、500人(第3期移住者)を超えると言われています。

 以下、福津市などと連携しながら、津屋崎ブランチで山口さんが取り組んできた、4つの事業=(1)移住支援事業、(2)古民家再生事業、(3)学習支援事業、(4)担い手支援事業=について紹介します。行政の縦割りを超え、本当の暮らし・仕事・交流を目指した、地方創生のモデルとなるプロジェクトです。

津屋崎ブランチのオフィス
津屋崎ブランチのオフィス

移住支援事業:「暮らしの旅」

 津屋崎ブランチの行っている移住者支援の取り組みの特徴は、ターゲットを30代の子育て世代、子どもが小学校に上がる前の家族に絞り込んでいることです。単身の人は、津屋崎より条件の良い場所が出てくると、そこにまた移ってしまいます。それに比べこの世代は、移住してもらうにはかなりハードルが高いですが、覚悟を持って移り住んでくれるので、最低子育てが終わるまでは津屋崎に住んでくれます。第二子が津屋崎で生まれる可能性もありますし、何よりも津屋崎出身、津屋崎育ちの子どもは確実に増えます。

 そんな考えから、福津市が2011年からスタートした体験ツアー「暮らしの旅」の中に移住者支援のプログラムが盛り込まれ、津屋崎ブランチが担当しました。港町で暮らす旅、津屋崎子育て体験の旅、町並み保存と活性化を学ぶ旅など、津屋崎での生活を体験し、地域の方と交流、対話の場を作り、手厚くもてなす内容になっています。冷やかしの家族ではなく、本気の家族を対象にしているので、参加費だけで大人1人1泊2日で1万2000円、そのほか食費、宿泊費、交通費は自己負担になります。1回目の体験ツアーに参加した3組のすべてが津屋崎に移住したなど、少数精鋭の参加者ですが、移住に結び付く確率は非常に高い事業になっています。

「暮らしの旅」のチラシ
「暮らしの旅」のチラシ

古民家再生事業:「文化継承器づくり」

 全国の地方都市と同様、津屋崎は集落約600軒のうち、約1割が空き家になっています。空き家の原因は、「家主の居住地が分からない」「長年空き家だったので多額の改修費がかかる」「相続の問題」などさまざまあります。そうした課題をコーデイネートとする機関として、津屋崎ブランチでは、古民家再生事業を行ってきました。昔ながらの津屋崎の町並み、文化を継承したいという思いもあります。山口さんは、ゼネコンに勤めていた経験を活かし、定期借家権などのスキームを活用しながら、古民家をリノベーションしてきました。

 例えば、出資者からの寄付を募りそれを改装資金にして、30年間空き家だった家を、7年間の定期借家権で、家主の金銭負担なしで再生。その物件は、現在、津屋崎ブランチのゲストハウス(旧河野邸)として利用されています。また、12年間の定期借家権、入居者が12年分家賃を前払いし、そのお金で改築する。現在、この物件には、佐賀県から移住した陶芸家が工房兼ギャラリーとして暮らしています。

 古民家再生は、時間の掛かる事業です。家主の思いと入居者の思いを、長い対話の時間を費やしながらつなげていく。現在では、2年前に東京から移住してきた古橋範明さんの「暮らしの問屋」という不動産事業として受け継がれ、協力しながら移住支援を行っています。

リノベーションされたゲストハウス(旧河野邸)
リノベーションされたゲストハウス(旧河野邸)

学習支援事業:「集いの場」

 津屋崎ブランチのオフィスには、「未来会議室3ヶ条」というボードが掲げられています。そのボードには、「未来を語る」「人を褒める」「断定しない」、と書かれています。山口さんの、話し合い、対話こそが未来をつくるという深い信念が表現されているものです。その思いから、津屋崎ブランチでは、集いの場、対話の場を、まち中にたくさんつくるための学習交流事業も展開しています。

 そうした集いの場として、旧住民と移住者との思い込みの誤解を解消し、つながりを作るきっかけとしての「津屋崎地域第交流会」を年に1回、ワールドカフェで開いています。さらに山口さんは、福間中学校のコミュニティースクール運営委員も務め、子どもと大人の信頼関係を作っていく場として、先生、父兄、中学生、地域の人も参加するワールドカフェなどを開催しています。また、山口さんをファシリテーターに、さまざまな対話の手法を活用しながら、津屋崎以外からも参加者を募り、地域の未来を考えるワークショップ「新しいまちづくりの学校」をゲストハウス旧河野邸などで行っています。地域に対話の文化が広がり、確実にまちの空気は変わり始めています。

「津屋崎地域交流会」の様子
「津屋崎地域交流会」の様子

担い手育成事業:「プチ起業塾」

 津屋崎ブランチでは、福津市からの受託事業として、起業支援事業「プチ起業塾」も行ってきました。ここでも、受講者のターゲットを明確に絞っています。自治体の起業支援の場合、定年退職者を対象に、コミュニテイービジネスを起業することを狙っていることがよくあります。それに対して山口さんは、30~40代の、津屋崎にお嫁に来た人や、移住で来た女性をメインに、月に3万~5万稼げる仕事(プチ起業)のやり方をアドバイスしています。2014年度まで、全3回のコースを6回開催、150人を超える卒業生(7割が女性)を輩出し、20人を超える方がプチ起業しています。

 例えば、週に1回ぐらいのペースで自分の好きなお店をやりたいとの塾生の女性の思いを叶えた「カフェ&ギャラリー古小路」。古いたばこ屋をリノベーションした店舗に、毎日店主も屋号も変わる店、カフェやカレー屋などのお店が開かれています。7人のお店、店主がいるので、7倍のリピーター。1つの曜日に来ると、ほかの曜日の店にも来たくなる不思議なビジネスモデルです。

 また、津屋崎出身の奥さんと一緒に移住してきた北海道出身の木工芸家が、元チョコレート工場の廃屋を改修して「みんなの木工房テノ森」を立ち上げました。家具や食器を自らつくりその価値を理解するという文化を地域に根付かせようと、テーブルやコップなどを製作するワークショップを地域の人を対象に行っています。

 プチ起業塾の進め方のベースにあるのも対話になります。対話を通して、自身の中にある起業の思いに気付き、山口さんのリードで思いが形になっていきます。今では、津屋崎ブランチの主催事業として、「地域交流起業塾」となっています。

(左)「カフェ&古小路」の看板、(右)津屋崎ブランチの山口覚さん
(左)「カフェ&古小路」の看板、(右)津屋崎ブランチの山口覚さん

まちづくりの哲学

 山口さんは、「哲学」に人が集まると言います。その哲学とは、「『人を増やす』ことを目的化しない、地域の『質』をつくることを目的とするもの。つまり、『どうやって人を呼ぶのか』よりも先に、『どんな地域をつくりたいのか』が先に立つということ」だと。ここに、津屋崎が移住者を引き付ける鍵があるのだと思います。それは、都会では成し得ないような、人々が欲しい喜びをつくることだと思います。

 当たり前のことが当たり前にできる、そんな喜びが取り戻された地域。そうした本物の暮らし・働き方・人とのつながりを、対話を通して見つけ、つくり上げていく。対話をまちづくりのプラットフォームにした津屋崎ブランチの実践に、地方創生のあるべきカタチがあるような気がします。

        ◇

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第36回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。

<青森中央学院大学 経営法学部 准教授、早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員 佐藤 淳>

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