「人寸陰(すんいん)を惜しまば、吾また分陰(ふんいん)を惜しまん」(野口英世)【漱石と明治人のことば93】

サライ.jp / 2017年4月3日 6時0分

写真

「人寸陰(すんいん)を惜しまば、吾また分陰(ふんいん)を惜しまん」(野口英世)【漱石と明治人のことば93】の画像

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「人(ひと)寸陰(すんいん)を惜しまば、吾また分陰(ふんいん)を惜しまん」
--野口英世

野口英世は明治9年(1878)、福島の猪苗代湖畔の村に生まれた。なにごとによらず、精魂のつづく限り徹底的に遂行せねば気の済まない質であった。医学者として、1日の睡眠時間を3時間に削って勉学や研究に励んだ。ナポレオンにできることなら、自分にもできるという気概。そんな彼が、座右の銘として書物の裏表紙にまで書き込んでいたのが、上のことばである。

寸、分は長さの単位で、寸は約3.03センチ。分はその10分の1。

陰は時間のこと。寸陰も分陰も、わずかの時間のことを指すが、並べて比較すれば当然、その僅少の度合いは後者に軍配があがる。他の人が「寸陰」を惜しむようにして事に臨むなら、自分はさらにその上を行って「分陰」を惜しんで事に対してみせようというのである。

しかし、若い頃は、この性癖は諸刃の剣でもあった。勉学のみならず、時として、酒色の道にも徹底した姿勢を貫いてしまう。ついには、周囲が苦労して野口のために準備した留学資金まで費消してしまう始末。千円札の肖像になった偉人のイメージからは、かけはなれた一面である。

そんな不祥事をもカバーしてくれる恩人の存在があって、野口は深い反省とともに世界へ雄飛する。金銭感覚に疎く無頓着なのは相変わらずだったようだが、以降は酒色に溺れることはなく、徹底的な性格はプラスの一方向へと働き、大きな医学的業績をあげていくのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

サライ.jp

トピックスRSS

ランキング