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カンヌが絶賛! 75歳以上が自らの生死を選択できる社会を描いた映画『PLAN 75』

集英社オンライン / 2022年6月17日 12時1分

75歳以上が自らの生死を選択できる架空の制度“プラン75”が施行された社会を描いた映画『PLAN 75』。5月に行われたカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に正式出品され、カメラドール特別表彰の快挙を達成した。これが長編初監督作となる早川千絵監督に、製作秘話と映画作りの原点を聞いた。

カンヌ国際映画祭でカメラドール特別表彰

今年5月のカンヌ国際映画祭のフォトコールで。左から介護職のマリア役を演じたステファニー・アリアンさん、早川千絵監督、市役所職員のヒロム役を演じた磯村勇斗さん
©KAZUKO WAKAYAMA

――とても詩的で美しい映画に出合えたという喜びと共に、他人事とは思えない恐ろしさを感じる作品でした。カンヌ国際映画祭以降、監督の耳にはどんな反響が届いていますか?



日本では割と「怖い」とか「身につまされる」とか、自分事のように受け止められる方が多いですね。今の社会に感じられる不寛容な空気や危機感を、みなさんが共有している気がしました。弱者を排除するような傾向は日本だけでなく世界中で起きていることなので、カンヌで上映した際にも「この物語は普遍的なものである」とか、「自分の親や祖父母のことを考えて泣いてしまった」とおっしゃる方もいました。

ただ、日本と違い、フランスのメディアからよく聞かれたのは「映画の中で日本人は“プラン75”をすんなり受け入れているように見えるけれど、それはなぜか?」ということ。「フランスで同じ制度が施行されたら、反対運動が起きてものすごく抵抗するはずなのに、不思議に映った」という声がありました。

――確かに、当事者である高齢者だけでなく若い世代にも、受け入れムードが漂っているように見えました。

決まったことだからしょうがないと受け身でいたり、反対するにしても矛先を向ける相手がわからなかったり、きっと変わらないだろうと諦めたり。あとは完全に思考停止してしまって決まったことにただ従ったりする。日本ではそういう人が大多数なのではないかと考えました。人々の不寛容に対する危機感からアイデアが生まれた作品ではありますが、そういった日本人のムードに対しても危機感を持っていたので、そこをしっかり描くことは最初から考えていました。

カンヌ国際映画祭の公式上映後
©KAZUKO WAKAYAMA

――2016年の障がい者施設殺傷事件などが製作のきっかけだそうですが、作品を作る上でもっとも苦労されたことは?

もともと長編映画を作ろうと思っていたのですが、是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)のお話をいただき、まずは短編を作ることになりました。そこで組んだプロデューサーと、2018年から長編のための脚本作りを始めたんです。なぜこの物語を作りたいのかという確固たるモチベーションはありましたが、「短編のときのように問題提起するだけの映画にしてしまっていいのだろうか」とずっと考えあぐねている間にコロナ禍になってしまって。

短編の中では、死を選んだお年寄りの処置をする場所として体育館にベッドを並べ、白いカーテンで仕切ったセットを作ったんです。そのセットと同じ光景が、コロナによって世界中で起きてしまった。本当に呆然としてしまいました。現実がフィクションを超えてしまった感覚でしたね。世界中がこれほど厳しい現実に直面しているときに、さらに人々の不安を煽るような映画を作るべきなのかすごく悩みました。ただ、徐々に、問題提起をするだけでなく、私の願いや祈りのようなものを込め、希望を感じられるような作品にする必要があるという思いに至りまして。方向性が定まっていきました。

主人公の角谷ミチを演じたのは倍賞千恵子さん
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

――日本を舞台にしている作品なのに、どこか無国籍感が漂っている気がしました。日本・フランス・フィリピン・カタールの国際共同製作であることも影響しているのでしょうか?

影響はあるかもしれないですね。脚本の段階から、フランスのプロデューサーにもフィリピンのプロデューサーにも読んでもらい、フィードバックをもらいながら作りましたから。実は出資してくださる日本のパートナーが決まるまではすごく時間がかかりました。だいたいみなさんがおっしゃるのは、「高齢者が主人公の映画にはお客さんが来ない」とか、「新人監督のオリジナルストーリーはリスクが高い」ということ。あとは、「安楽死をモチーフにしているのは重すぎる」ということで、なかなか乗ってくださる会社がなくて。本当にようやく巡り合えた感覚でしたが、必要な時間をかけて、いいタイミングで撮影に入れたと思います。

名優がほぼノーメイクで演じた、美しく凛とした主人公

78歳のミチはホテルの清掃係として働いていた
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

――仕事を解雇され、住む場所も失いそうになり、“プラン75”の申請を検討し始める主人公の角谷ミチを、倍賞千恵子さんが演じられました。『男はつらいよ』シリーズなどで知られ、国民に広く愛される俳優を起用した理由は?

主人公がどんどん追い詰められていく悲しいストーリーですが、惨めな人物にはしたくないという思いが一番にありました。大変な状況に直面しながらも、凛とした強さがあって、人間的な美しさがある人に演じてもらいたいと思ったときに、倍賞さんがすぐに浮かびました。

撮影ではノーメイクで演じられたシーンもたくさんあります。こちらからお願いしたわけではなく、倍賞さん自らが選択されたこと。顔のアップを撮らないでほしいとか、逆に照明を当ててくれというリクエストはまったくなかったですし、本当に役としてそのまま生きてくださいました。素晴らしい方でしたね。

現場で特に感じたのは、倍賞さんの所作の美しさ。職場のロッカーを片付けた後に扉を拭いたり、食事の前にいただきますと言って手を合わせたり。そういうことは私は一切演出していません。倍賞さんから自然に出た仕草でしたし、ミチだったらきっとこうするよね、と考えた上で演じられていました。

――脚本を初めて読んだとき、倍賞さんは躊躇されましたか?

どう思われるだろうという心配はありました。“プラン75”という制度に対しては「なんてひどいものだろう」とおっしゃっていましたが、最終的にミチが取る行動や選択に、「これなら」と賛同してくださいました。

劇中では「りんごの木の下で」を歌うシーンが
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

――劇中ではミチが歌を歌うシーンもありましたが、倍賞さんが演じられる前提で書かれたものだったんですか?

歌のシーンは、倍賞さんにお願いすると決める前からあったんです。ただ、ミチをサポートするコールセンタースタッフの成宮瑶子(河合優実)が言う「声がいい」というセリフは、倍賞さんとお会いしてから付け足しました。初めてお会いしたときに本当に声が素敵だなと思ったので。

――“プラン75”の申請窓口で働く岡部ヒロムを演じた磯村勇斗さん、コールセンタースタッフの瑶子を演じられた河合さんなど、若い世代も素晴らしかったです。

この映画の中でおふたりが演じられた役は、すごく重要なんです。制度を運営する側の人たちですが、どういうシステムに関わっているかにすごく無自覚で、目の前にいる老人たちの先にはどういう運命が待ち受けているか想像していなかったり、仕事として従順にこなしている。ところが、ヒロムが伯父である岡部幸夫(たかお鷹)と、瑶子がミチと交流することによって、どれだけ非人道的なシステムに加担しているかに気づくんです。その気づき自体が、映画のひとつの希望となり得るのではないかと考えました。撮影に入る前にお話をさせてもらい、理解を深めていただきました。

“PLAN 75“の申請窓口で働く岡部ヒロム(磯村勇斗)
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

“PLAN 75“を申請したお年寄りのサポートをする瑶子(河合優実)
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

――ミチが切った爪を捨てずに観葉植物の土の上にパラパラと撒いたり、幸夫が卵を「部屋の中より冷えてるから」と窓の外に出しておいたり。それぞれのキャラクターの個性が感じられるディテールも印象的でした。

なんか、やりそうだなって思ったんです(笑)。日常でどういう暮らしをしているのかというディテールは大事にしたいと思っていて。いわゆる“高齢者”とか“おじいちゃん”とか“おばあちゃん”というキーワードだけで捉えてほしくない。ひとりひとりに生活があって、好みがあって、思考がある。私たちの地続きで年をとった人がいるということを感じてもらいたかったんです。

年齢を重ねたとしても、性格が変わるわけじゃないですからね。自分自身のことを振り返っても、20代の頃と別人になったわけではないですし。きっと、このまま70代になっていくのかなと考えたときに、すべては他人事ではないという思いがありました。

映画は“ソウルメイトがどこかにいる”ことを知る芸術

――映画監督を志したのはいつ頃だったのでしょう?

映画を作る仕事をしたいということは、中学生の頃には決めていました。きっかけ的な体験は、多分、小学生の頃に見た『泥の河』(1981)。小栗康平監督の作品ですが、小学校4〜5年生のときに子供会かなにかで見たんです。「つまらなそうな白黒映画をなんで見せるんだろう」って思っていたのですが、始まったらすごくおもしろくて。

自分自身が抱いている言葉にできない感情が描かれていて、「この映画を作った人は自分の気持ちをわかってくれている」と初めて実感した映画でした。そういう作品にまた出合いたいと思って、映画や本をたくさん見るようになったんです。

――映画で描かれていた“言葉にできなかった感情”とは?

とっても些細なことなんです。例えば信雄という主人公の男の子がいるんですけど、きっちゃんという友達ができて、ふたりでお小遣いをもらって夏祭りに行くんです。ところがきっちゃんのポケットが破れていて、お金がすべてなくなっている。一緒に探すのに見つからないみたいな、がっかりしたやるせない感じとか。

あと、きっちゃんはお姉ちゃんとお母さんと川に停留している船に住んでいるんですね。加賀まりこさん演じるお母さんは、娼婦として船でお客を取っているんです。信雄は温かい家庭で育ったうどん屋の子供なのですが、自分の家とまったく違う、貧しい友達のお家を見たときの怖さとか、少し下に見る気持ちとか……。本当にすごくよく表現されていて、強烈な印象を持ちましたね。

――中学で映画監督を志し、その後NYの美術大学School of Visual Artsに進学。そこで写真を専攻したのは?

最初は映画学科に入学したのですが、当時はまだ英語についていけなくて。1週間で写真に専攻を変えたんです。そこから写真にのめり込んだのですが、映画を撮りたいという気持ちはずっと持っていました。ビデオカメラを買ってビデオアートみたいな作品を撮ったり。その後は、子供を出産するなど10年くらいブランクがあったのですが、日本に帰ってきてからENBUゼミナールという映画学校に通い始めたんです。映画を作る仲間と出会うために入学した感じでしたね。

『台北ストーリー』(1985)『牯嶺街少年殺人事件』(1991)『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)などで知られるエドワード・ヤン監督。写真は『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)で監督賞を受賞した2000年のカンヌ国際映画祭。2007年に59歳で亡くなった
ロイター/アフロ

――その後、本作で長編デビューを飾りましたが、映画作りで影響を受けた監督は?

こんな映画をいつか撮りたいなと思っているのは、エドワード・ヤン監督やイ・チャンドン監督の作品。人間が愛おしくなるような作品を撮りたいです。今回は社会的なテーマのものを作ったので、その反動なのか、今度はもっとパーソナルな話を作ってみたいなと思っているところです。それこそ『泥の河』のような、子供を主人公にした映画も作ってみたいと思っています。

『オアシス』(2002)『シークレット・サンシャイン』(2007)『ポエトリー アグネスの詩』(2010)などのイ・チャンドン監督。写真は2018年のカンヌ国際映画祭で。『バーニング 劇場版』(2018)がコンペティション部門で上映された
ロイター/アフロ

――学生時代は多くの映画を見たそうですが、映画監督となられた今は、映画にどのように触れていますか?

映画監督としてというよりも、単純に映画好きとして見たい映画がいくつもあって。1日に3つ映画館をハシゴしたりもするんです。3本目を見に行くときなんかは、ちょっと強迫観念に囚われている気がするくらい。

――どうしてこんなに必死になっているんだろう、と?

そうです(笑)。できるだけ劇場に行って見るようにしているので、見たい作品があると行かずにはいられない感じです。こんな話をするのは恥ずかしいのですが、各映画館のサービスデーを全部把握しています。月曜日はシアター・イメージフォーラムのサービスデー、金曜日はシネスイッチ銀座のレディースデーとか。そこからスケジュールを組み立てるみたいなことをしています。

――本当に映画がお好きなんですね。監督が『泥の河』で衝撃を受けたように、『PLAN 75』を見て人生が変わる人もいると思います。映画には、どんなパワーがあると思いますか?

人生を変えるかどうかはわかりませんが、私にとって映画は、「ひとりじゃない」と思えるもの。自分と同じ眼差しで世界を見ている人がこの世界にいるんだと思えると、孤独じゃなくなる気がするんです。ソウルメイトがどこかにいるみたいな感じですかね。知らない誰かだったり、生きた時代が違う人だったりするけれど、どこかで通じ合える人がいる。映画はそう感じられる芸術だと思います。


『PLAN 75』(2022)上映時間1時間52分/日本・フランス・フィリピン・カタール
夫と死別してひとり慎ましく暮らす、角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は、75歳以上が自ら生死を選べる制度“プラン75”の申請を検討し始める。一方、市役所の“プラン75”申請窓口で働く岡部ヒロム(磯村勇斗)、死を選んだお年寄りをその日が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの成宮瑶子(河合優実)は、このシステムに強い疑問を抱いていく……。
©2022「PLAN75」製作委員会 / Urban Factory / Fusee
配給:ハピネットファントム・スタジオ
6月17日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
公式サイト
https://happinet-phantom.com/plan75/

取材・文/松山梢

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