1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

京急久里浜線「津久井浜駅」を降りて潮の香りを思いっ切り吸い込んだ

集英社オンライン / 2022年7月16日 17時1分

「なにもない町」なんてない。おじさんも歩けば棒に当たる。初めての駅で降りて、初めての町をブラブラしてみよう。勝手に決めたルールは「下調べも現地でのスマホ使用も禁止」「派手な駅のとなりの地味な知らない駅」「2時間ぐらいで行ける範囲」の3つ。人生も旅も行き当たりばったりが面白い。今回は京浜急行久里浜線の三浦海岸駅のとなりの津久井浜駅(神奈川県横須賀市)を目指した。さて、なにが待っているのか。

メジャーな観光スポットのひとつ手前の駅

「いいなあ、波打ち際は。大きな波が来たぞー。逃げろー」
「海の水って、けっこうあたたかいのね。えいっ」
「あー、やったなー。待てー」
「アハハハ。オホホホ、私に追いつけるかしら」



砂浜に来ると、そんなシーンを夢想せずにいられません。実際にはやったことがないし、もし今やったら即座に転んで顔から砂に突っ込む自信があります。しかし、津久井浜の「やったなー」「アハハハ」をやるにはちょうどよさそうな広さの砂浜に立って、あらためて長年の憧れがよみがえってきました。これも海の魔力でしょうか。

6月の某日、梅雨の合間の晴れを狙って海を目指しました。私の事務所に近い池袋駅から、東京メトロ副都心線の通勤急行で横浜に向かい、京急の快速特急に乗り換えて津久井浜駅へ。約1時間45分の道のりでした。無知で恐縮ですが「津久井浜」という地名は初めて見たし、「浜があるんだろうな」以外に何のイメージも湧きません。

ひとつ先の三浦海岸駅は、いかにもメジャーな字面で観光スポットも多そうです。しかし、そのとなりの駅にはなにがあるのか。「派手な駅のとなりの地味な駅」にこそ、趣もおじさんにとっての見どころもたくさんあるはずです。

こぢんまりした駅を降りると、こぢんまりした自転車&バイク置き場と京急ストア。そして紫を基調とした外観のカラオケスナック。期待通りののどかさです。駅前の周辺案内図を見ると、海はすぐそこ。まずは海岸を目指しましょう。ゆっくり下っている一本道の両側は静かな住宅地ですが、かなり前に店を閉じた気配のお寿司屋さんや和菓子屋さんもあります。かつてはそれなりににぎやかな駅前商店街だったのかもしれません。

「なにもない地味な海岸」を想像していたんですが(すみません)、色とりどりのウインドサーフィンが行き交っていて、かなり華やかでした。さすが三浦半島です

5分くらい歩いたら、海に出ました。おや、波の上にはたくさんのウインドサーフィンが。500~600メートル先が海に出る場所になっているようで、何でもない平日なのに、けっこう人の姿が見えます。どっかの大学のウインドサーフィン部かな。

せっかく波打ち際に来たので、海に向って誓う写真をセルフタイマーで撮影。ここは「バカヤロー!」と叫ぶべきだろうかと悩みましたが、さすが神奈川の海岸はそれなりに人通りがあるので断念しました。セルフタイマーをセットして波打ち際に走って行って、立つ位置を決めてポーズを取ります。繰り返すこと10回くらい。犬を散歩させていたおじいさんが、そんな様子をじっと見ています。海に誓う私の背中は、おじいさんの目にどう映ったでしょうか。

昼間はちょっとアレですけど、夜中だったら「バカヤロー!」と叫んでも差し支えなさそうです。海に向かって叫びたいあなたは、ぜひ津久井浜へ

ウインドサーフィンをしている人たちのほうに歩いていくと、あれ、学生っぽい人はひとりもいません。中年世代やそれ以上のお兄さん世代ばかりです。砂浜でウインドサーフィンの道具の調整をしていた金髪のナイスガイ。「こんにちは」と挨拶したら、ニッコリ笑って「はい、こんにちは」と返してくれました。

東京から来た星野ロドリゲスガリンド聡さん(48)は、ウインドサーフィン歴4年。日本とメキシコのハーフです。サーフィンやスキューバダイビングも大好きで、週に3回はどこかの海に行っているとか。

「津久井浜は、いい横風が吹くけど波は高くないから、ウインドサーフィンをやるにはいいんですよ。ワールドカップの開催地にもなってます」

そうなんですか。恥ずかしながら、まったく無知でした。

ちょっとセイル(帆)にを持たせてもらいましたが、かなり重いですね。風を受けてさらに重くなったセイルを支えて、しかも立ったまま進むのは、相当な体力がいりそうです

66歳のサーファー

堤防の上から楽しそうな笑い声が聞こえます。仲間のみなさんとビニール製の大きな羽に空気を入れようと悪戦苦闘していたのは、東京から来た高橋良隆さん(66)。この羽は「ウイング」と呼ばれるもの。ボードに座ったまま羽を持ち、風を受けて海の上を進んでいくそうです。海の上をよく見ると、ウインドサーフィンだけでなく、ウイングを楽しんでいる人もちらほら。

高橋さんは、ウインドサーフィン歴20年以上。日焼けして引き締まった体で、お歳を聞いて「えっ」と声を上げてしまいました。「ウイングはあまり体力がいらなくて歳をとってからもできるから、今年はやってみようかなと思って」。まだ始めたばかりで、顔見知りの先輩たちに空気の入れ方を教わっていたとか。みなさん無邪気な笑顔でした。あんなふうに笑い合えるなんて、趣味の仲間っていいもんですね。

ウイングを使って海の上を華麗にすべる高橋さんの雄姿

ダジャレ? お蕎麦に舌鼓

そろそろ腹ごしらえ。ローカル系の回転寿司のお店にするか、「桜えび」のノボリがはためく蕎麦屋さんにするか。こういう場面でグルメサイトを頼ったら旅情が台無しです。これまでの人生で培った己の勘を信じないで、何を信じるというのか。桜えびに惹かれた気持ちに従って、蕎麦屋さんをチョイス。たいへん美味しゅうございました。己の勘を信じてよかった!

季節限定の「桜えびかき揚げ&更科そば(けし切)」1,450円(税込)。「駿河湾由比港直送の“生桜えび”」は、味も香りも濃厚でした。「季節感を大切にしながら『本格的なお蕎麦をリーズナブルに』がモットーです」と、イケメン店長の井原良太さん(36)

蕎麦湯をすすりながら、ふとお盆の上を見ると箸袋が。書かれている店名をあらためて読み上げます。「そば家 平朗」か。ん、へえろう……。はっ、もしかしたら蕎麦屋さんに「へえろう」と決断した本当の理由は、ダジャレ的サブリミナルに突き動かされたからかも。己の勘よ、お前ってやつは……。

素敵な絵本専門店が

駅のすぐ近くに「おっ、これは帰りに寄らねば」と目星をつけていたお店があります。「うみべのえほんやツバメ号」という名前も外観もかわいい本屋さん兼カフェ。おじさんには場違いかなという躊躇を振り切り、勇気を出して青いドアを開きました。

営業時間:10時~18時。定休日:水・木曜日。2階の「うみべのギャラリー」と1階の「カフェのかべギャラリー」で、2022年8月30日まで「おおいじゅんこ絵本原画展」を開催中

うわ、絵本がいっぱい(当たり前ですね)。『おおきなかぶ』や『100万回生きたねこ』など、我が子が幼いころに読み聞かせて今は孫に読んでいる本もちらほら。

美味しいコーヒーをゆっくり味わったあと、意を決して、キッチンの脇で伝票を整理していた女性に「じつは、こういう企画で津久井浜に来ていて」と、タブレットに前回の記事を表示しながら唐突に取材を依頼。「あっ、はい。おつかれさまです」と快く対応してくださったのは、店主の伊東ひろみさんです。

2階の「うみべのギャラリー」では、このときは「せとうちたいこさん」シリーズで有名な長野ヒデ子さんの原画展が行われていました。入口のショーウィンドーでは、ワンちゃんが道行く人に話しかけています。隅々まで丁寧に手をかけて、居心地のいい空間が作られています

お店のオープンは2013年。その前に、同じ屋号でネット書店を始めました。「ツバメ号」の名前は、イギリスの児童文学に出てくるヨットの名前を借りたとか。

「絵本は若いころから大好きで『絵本屋さんができたらいいな』という夢は持っていたんです。でも、現実には無理だろうなと自分で縛りをかけていました。東日本大震災があった直後、20歳の息子に何気なく『お母さん、ほんとは絵本屋さんをやってみたかったの』という話をしたんです。そしたら息子が『今からやればいいじゃない』って」

ふたりの息子を育てるのに精一杯で、夢を持っていたことすら忘れかけていた伊東さん。すっかり成長した息子さんが、自分たちはもう大丈夫だからと母親の背中を押してくれました。お店のwebサイトの立ち上げも息子さんたちが協力してくれたとか。自宅のある横須賀市内でお店の場所を探し始めて、めぐり合ったのが駅にも海にも近い今の物件です。

「店名にピッタリの場所だなと思ったんです。横須賀のコーヒー専門店の方に淹れ方を一から教わって、お菓子やパンの教室にも通いました。いざオープンしてみたら、なんせひとりなので、パンまではとても手が回りませんでしたけど」

店内では絵本をじっくり選びながら、のんびりした時間を過ごせます。キッシュやスコーンなどが付くランチセット(870円~)が人気だとか。

「地域の方々に助けられて、なんとか9年続けられています。このお店をきっかけに、お子さんたちが自分にとっての大切な一冊に出合ってくれたら嬉しいですね」

伊東さんの出身は愛知県。保育士の資格を取ったものの、「いろいろタイミングが合わなくて」保育園に勤めることはありませんでした。「絵本の魅力を知ったのは学生時代です。大人が読んでも面白いんだなって。こうして絵本のお店ができて、とっても幸せです」

家族で絵本を楽しんでいるのを見たり絵本を選ぶお手伝いをしたりするのが、伊東さんにとってなによりの喜び。地域に助けられてお店があり、お店があることで津久井浜がより楽しく魅力的な街になっています。「えっ、津久井浜の見どころですか。そうですね、砂浜でも遊べるし、季節ごとに果物狩りも楽しめます。ぜひご家族でいらしてください」と伊東さん。

今回もたくさんの発見や出会いがありました。「派手な駅のとなりの地味な駅」は、やっぱりいい味わいですね。主役やエースばかりをもてはやしている場合ではありません。自分自身も、派手で目立つ存在を目指している場合ではありません。地味でも目立たなくても、ドラマがあり面白さがあります。知らない駅に降りたからこそ、そのことを感じることができました。あれ、もしかして津久井浜に失礼なことを言ってますか? 大丈夫ですよね。

撮影・文/石原壮一郎

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください