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溝口健二監督『夜の女たち』をオリジナルミュージカルに。長塚圭史の新たな挑戦

集英社オンライン / 2022年7月29日 12時1分

2022年は『千と千尋の神隠し』『バケモノの子』『ハリー・ポッターと呪いの子』(※舞台版は『ハリー・ポッターと死の秘宝』の19年後を描いている)など、大作映画の舞台化が相次いでいる。そんな中、長塚圭史が芸術監督を務めるKAAT神奈川芸術劇場では、溝口健二監督『夜の女たち』(1948)を初ミュージカル化する。なぜ今、日本の古典映画の舞台化に挑むのか。長塚に話を聞いた。

語られてこなかった敗戦後の日本のリアル

映画『夜の女たち』の舞台は、終戦直後の大阪・釜ヶ崎。大和田房子(田中絹代)、実妹・夏子(高杉早苗)、義理の妹・久美子(角田富江)をメインに、戦争に人生を翻弄された女性たちの壮絶な生き様を描いた作品だ。夫の戦死や信じていた男たちの裏切りもあって、夜の闇へと堕ちていく彼女たち。溝口監督は『残菊物語』(1939)、『雨月物語』(1953)など社会や男たちに虐げられてきた女性の姿を一貫して描いたことで知られている。中でも『夜の女たち』は、実際に釜ヶ崎で撮影が行われ、当時の荒廃した街の雰囲気そのものを丸ごと作品に取り込んでおり、リアルさは溝口作品の中でも群を抜く。第22回キネマ旬報ベスト・テンでは黒澤明監督『酔いどれ天使』(1948)稲垣浩監督『手をつなぐ子等』(1948)に続く3位にランクインした名作だ。


今回の舞台版で上演台本と演出を手がける長塚が、同作と出会ったのは偶然だったという。

「日本の歴史を振り返る中で、1945年の敗戦後、日本は米国の占領下にあったわけです。でも僕の感覚の中では、学校でしっかりと学んだ記憶はなく、両親や祖父母からも具体的な話を聞いたことがない。引っかかるものはありました。『夜の女たち』では、戦後の荒廃の中、大勢の女性たちが夜の街で体を売った現実に言及していて、価値観がひっくり返った日本で人々がいかにして生きてきたのかを突きつけられました。忘れられている時代に向き合うために舞台化を決め、その準備をしている中、現実にロシアによるウクライナ侵攻が起こり、大阪の焼け野原が重なった。そこでまた違うスイッチが入りました」

『夜の女たち』の舞台化も初なら、ミュージカルという試み自体、さぞかし溝口監督も雲の上で驚いているに違いない。しかも長塚にとって初のオリジナルミュージカルというだけでなく、主演の房子を演じる江口のりこもミュージカルは初挑戦。そこには狙いがあるという。

ミュージカル『夜の女たち』。(左上段から時計回りに)主人公の大和田房子を演じる江口のりこ、房子の義理の妹・大和田久美子を演じる伊原六花、房子の妹・君島夏子を演じる前田敦子。房子らが入院する病院の院長を北村有起哉、久美子と関わりを持つ学生の川北清を前田旺志郎、房子と夏子に深く関わる会社社長の栗山謙三を大東駿介が演じる

「調べてみると、一言で“夜の女たち”といってもそれぞれに理由があって、単純にきらびやかな世界に憧れた人もいたし、アメリカ人と付き合うことで自由を感じた女性もいたそうです。日本では女性の権利はそれまでないに等しかったので、終戦はそれが一気に解放されたきっかけでもあった。こうした時代を描くのに、ストレートプレイでは描ききれないものもあるかと。そこで音楽のちからで、ミュージカルとして描くことで、混沌とした時代を生き抜いた日本人の生命力を伝えられるんじゃないかと思いました。俳優陣も主にミュージカル界からではなく、ストレートプレイを中心に活動する方々に集まってもらいました。歌を本業としていない俳優が新しいことに挑戦するエネルギーが、占領下を生きた人々のエネルギー、生命力を描くのに重要だと考えました」

KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督は2年目に

長塚がKAATの芸術監督に就任したのは2021年4月で、今期が2年目。初年度のメインシーズンタイトルはチャレンジの年に相応しく「冒」。そして今期は同じ“ぼう”でも「忘」。時代が猛スピードで進み、戦争、数々の災害などの記憶が薄れていく中、「広大な記憶の荒野に立ち、私たちは今、何を思うのか?」。そんなことを皆で考えるプログラミングを目指しているという。その筆頭が『夜の女たち』で描かれる戦後。長塚がこの時代に興味を示したのは、ふたりの人物が影響している。

ひとりは、昭和初期から戦後復興期まで活躍した劇作家・三好十郎。長塚は自身が立ち上げたソロプロジェクト“葛河思潮社”で三好の『浮標』や『冒した者』を上演している。

「三好は戦中もずっと劇作を続けることができた。つまり検閲(戦中の軍事政権と)とうまく付きあっていたんです。そして戦争が終わった後、猛省して、反戦の物語を書いたんですね。その三好の世界をいくつか体験していたことも、『夜の女たち』に強く惹かれた理由でもあります」

そしてもうひとりが大林宣彦監督だ。広島県尾道市出身で軍国少年だった大林監督は、戦争が終わった瞬間に今まで信じていた“正義”が間違っていたことに気づいた。その体験を伝えるのが自身の使命と、晩年は戦争をテーマにした作品を命懸けで発表。その一作『野のなななのか』(2014)に妻の常盤貴子が出演したのをきっかけに、家族ぐるみで付き合いがあったという。長塚自身も『花筐/HANAGATAMI』(2017)、『海辺の映画館―キネマの玉手箱』(2020年)に出演している。

「大林作品は昔から見ていましたが、『この空の花 長岡花火物語』(2012)で久しぶりに見たときにビックリしちゃって。(長岡空襲の犠牲者が)スクリーンから観客に向かって語りかけてくるんです。“こっち向かってこないで!”と心の中で叫んでいましたよ。しかも160分あって全然終わらない。妻が出演した映画もそうで、もうどんどんこちらに迫ってくる。それに衝撃を受けました。そこには戦争に対する怒りがあって、後世に伝えなければという思いがある。大林監督とはプライベートでしょっちゅう会って、お話も聞いていましたけれど、大林監督を通して(戦争の記憶は)遠ざけてはいけない、知らなければいけないと今も強く思っています」

しんどそうなくらいが、やる気が出る

2023年には、黒澤明監督『蜘蛛巣城』(1957)を上演予定。演出するのは、映画監督としても『葛城事件』(2016)で高い評価を受けた赤堀雅秋。同作は2001年に齋藤雅文の脚本・演出で上演されており、このときの脚本をもとに再演する。もともと同作は、シェイクスピアの『マクベス』を戦国時代に翻案しており、舞台との親和性は高いが、時代劇初となる赤堀に託したことで、予想だにしない展開が待ち受けていそうだ。

「赤堀さんが黒澤を手がけるのは名案だなと思って、僕からオファーをしました。どんな作品でも赤堀さんの世界観がある。戦国時代を舞台にしたこのシェイクスピアを原作とする作品と向き合ったときに、赤堀さんの中で何が起こり、どんな人物造形をするのか? 面白いじゃないかと思いました」

この2作だけではない。近年の長塚は日本演劇史及び映画史を掘り起こすかの如く、旧作の舞台化を積極的に行っている。北条秀司の戯曲で、1948年に阪東妻三郎、1962年に三國連太郎、さらに1973年に勝新太郎でも映画化された『王将』。残念ながらコロナ禍で延期となってしまったが、『富島松五郎伝 〜無法松の一生〜』。その代わりにと、山中貞雄監督&大河内傳次郎主演で1933年に映画化された『盤嶽の一生』の朗読を、長塚の潤色・演出でライブ配信した。

「『無法松の一生』が好きなんです。特に阪東妻三郎さんと園井恵子さんのコンビが。もともとは江口のりこさん出演で上演する予定がコロナ禍で延期になってしまった。そんなときに眺めていたのが山中貞雄のシナリオ集で、読み語りに使えるなと『盤嶽の一生』を上演しました。日本には素晴らしい戯曲、素晴らしいシナリオがあってそれも財産。それらの作品に触れると自分が今、なぜここに立っているのかを考えさせられるんです。それに今、映画化するのは大変だけど演劇にするのはアリかなと思って。作り手として色々な表現に取り組んでいきたいという思いは常にあって、やるのが大変そうだなとか、しんどそうだなというくらいの方が、やる気が出ます(笑)」

次はどんな作品が長塚の手によって現代によみがえるのか。期待しかない。


取材・文/中山治美 撮影/石田壮一 構成/松山梢

ミュージカル『夜の女たち』は9月3日〜19日、舞台『蜘蛛巣城』は2023年2月〜3月、KAAT神奈川芸術劇場にて上演。以降、全国ツアーあり。
9月7日(水)〜16日(金)には、溝口健二監督作品を中心とした映画上映会も。詳しくはHPをご確認ください。

KAAT神奈川芸術劇場
https://www.kaat.jp/d/yoruno_onnatachi

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