震災発生から350時間にわたって生放送し続けた『ラジオ福島』の舞台裏

週プレNEWS / 2012年6月6日 6時0分

震災発生から15日間、CMカットの特別番組を生放送し続けたラジオ福島。その舞台裏を執筆した、ライターの片瀬京子さん

福島を放送地域とするAM局・ラジオ福島は、東日本大震災発生から15日間にわたって、CMをカットした特別番組を生放送し続けた。そのとき、どのような困難があったのか。ライター・片瀬京子氏が関係者からの聞き取りで構成したノンフィクションが『ラジオ福島の300日』だ。

―ラジオ福島は、震災当初、「どこのスーパーが営業している」とか、リスナーからの「オムツありますから必要な方はどうぞ」というような、そのとき地元で必要とされる情報をずっと流し続けたそうですね。

「放送を聴いてスーパーに行っても、必要なものは売り切れになっているかもしれない。それで、リスナーからクレームが来るかもしれない。それでもその情報が人の役に立つならばと、リスナーからの投稿をなるべくフィルターをかけずに放送し続けました」

―それだと、間違った情報が流れるかもしれない。局として難しい判断をしたんですね。

「地域の人への信頼があったんです。というのも、地方のラジオ局は聴いている人と作り手の距離がとても近いんですね。例えば、移動中継車を出して、番組中に地元の商店街で買い物中の人たちにインタビューすることがよくあります。だから、普段からお互いのことをよく知っていたりする。スポンサーと作り手の距離も同じで、地元の小さなお店がCMを流していることも珍しくない。もちろん、誤った情報が出てしまうこともありました。チェーンメールをそのまま流してしまったこともあります。わかった段階ですぐに訂正したそうですが」

―震災以降、ラジオを見直したという声をよく聞きます。

「どんな状況でも、ずっと聴き続けることができた、ということが大きいのでしょうね。テレビは停電で見られなかった人が多いし、紙の新聞による情報発信は断続的です。しかし、ラジオは乾電池ひとつで声が聞けます」

―3月12日深夜24時半過ぎ、放送でアナウンサーがこう言ったそうですね。「おひとりおひとりが不安な気持ちを持っているかと思いますが、とりあえず、一緒に朝を迎えましょう」。寒くて真っ暗ななか、聞き慣れた声のアナウンサーが「一緒に」と呼びかけたことは、被災者にとってとても心強かったと思います。

「そうですね。放送している側も、リスナーからそのように思われていることが支えになってきました」

―アナウンサーやディレクターといった人にとってはそうでしょうね。この本で興味深いのは、そうした放送内容には直接関わっていないけれども、彼らを支えた人のことも克明に描かれている点です。

「休みなしで生放送し続けるためには食べ物を確保する人がまず必要です。また、電波が悪い場所に放送を届けるために、放送をユーストリームにも流しましたが、そのためには著作権の問題をクリアする必要があります。それから、CMがないということは収入が途絶えるということですから、特別番組が終わったときにどうするかも考えないといけない。放送を続けるために、それぞれの社員ができることをやろうと奮闘しベストを尽くしました」

―震災から1年、地元企業からの広告は戻ってきているんですか。

「2011年度の下期は上期を上回ったそうですが、2012年度は正念場のようです。それでも、みんなでなんとかするんだと前向きに取り組んでいます。厳しいなかでも出稿してくれる企業があるということは、やはりこの1年のラジオ福島の放送が支持されているということだと思います」

(撮影/井上太郎)

●片瀬京子(かたせ・きょうこ)



1972年生まれ、東京都出身。著書に『ムーブ!』(西日本出版社)、『Twitterの衝撃』(共著、日経BP社)など

『ラジオ福島の300日』



片瀬京子とラジオ福島 毎日新聞社 1575円







大地震、津波の襲来、そして原発事故の発生―。ろくなマニュアルのないなか、ラジオ福島55人の社員はひとりも欠けることなく、350時間に及ぶ連続生放送とツイッターなどを活用した情報提供を行なった。災害時のメディアのあり方を考えさせる一冊。



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