手取り足取り、制限だらけ。最も危険な「福島第一原発4号機」取材ツアールポ

週プレNEWS / 2012年6月8日 15時0分

まるで遠足のような「不自由なバスツアー」だった。

5月26日、記者は東京電力が主催する福島第一原発構内の取材ツアーに参加した。目玉は「一番危険で、もし何かあったら世界が終わる」とまで世界的に問題視されている4号機の現場公開だ。

出発場所は福島第一原発から約20kmの所にあるJヴィレッジ。記者はビニールの袋に入った防護服、全面マスク、綿手袋、ゴム手袋、靴カバー、来訪者カード、累積被曝線量を計測するAPDなどの装備一式を渡された。驚いたのは東電社員のこんなひと言だ。

「それでは各テーブルの東電社員は“お客さま”の装備が万全かどうかチェックしてください」

えっ!? 俺たちお客さまなの? 事前チェックのためにすべての装備を試着すると、東電社員が親切にアドバイスをしてくれる。

「全面マスクの空気漏れはありませんか? ICレコーダーはビニール袋に入れて養生しましょうね。私がお手伝いします」

まさに手取り足取り。そして最後には、こうクギを刺された。

「カメラは代表取材(スチール4台、ムービー4台)で、それ以外の方は持ち込めません。携帯電話も置いていってください」

記者は最後まで抗議したが、結局持ち込めたのは線量計、ICレコーダー、ノート、ペンのみ。加えて、事前にこう説明を受けた。

「今回、敷地内でバスから降りるポイントは、4号機建屋から約70mの地点と、約300mほど離れた高台の2ヵ所です。それ以外はバスに乗ったままの取材です」(東電)

だが、内閣記者会の記者4名は細野豪志(ごうし)原発事故担当相に同行して4号機建屋内に入ることが許された。記者が「なぜ私たちは4号機建屋に入れないのか」と問うと、東電社員はこう答えた。

「無理。建屋内は人がやっと通れる狭い仮設階段しかない。中には瓦礫(がれき)も残っている。社員も被曝するんだから理解してよ~」

すべての記者は同程度の被曝をするのに、撮影できる記者とできない記者、4号機に入れる記者と入れない記者に分けられたのだ。

Jヴィレッジから福島第一原発へは、44人の報道陣が2台のバスに分乗して移動。記者ふたりに対して1名の東電社員が密着。カメラクルーはバス前部6列に固められ、撮影制限の監視のためか、東電社員がぴったりマークした。

バスが国道6号線沿いの原発広報施設「エネルギー館」前を通ると、東電社員が「年間6万から9万人の来場者がありました」とバスガイドのようにマイクを持って解説。原発正門前では「撮影しないで!」とマイクを手に叫んだ。

最初の取材地点である免震重要棟では、ヤマザキのランチパック(ピーナッツ味と横手やきそば風味)、紙パックのジュース、ペットボトルの水が支給される。食後に細野大臣の訓示を聞くと、防護服、全面マスク、ヘルメットなどで完全武装。再びバスに乗り込み4号機へと向かった。

バスが通るルートの瓦礫は片づいていたが、遠くにはひっくり返った車が何台も放置されたまま。報道陣の降車地点は瓦礫や建屋の搬入口が死角になる場所だった。

「で、でかい!」

高さ約40mの4号機建屋は、70m離れていても圧迫感がある。壁面からは鉄筋が垂れ、破れたピンク色の養生シートが風に舞う。

「4号機では、作業員は一日4、5時間、建屋内で作業します。しかし、3号機は放射線量が高いので、主に遠隔操作の重機を使って作業しています」(福島第一安定化センター・岩城克彦副所長)

4号機建屋に上がれなかった多くの報道陣とともに遠くの高台から眺めたその5階部分には「心をひとつに がんばろう! 福島」の横断幕。その周りを“完全武装”の作業員が行き来する姿が小さく見える。

この地点の空間線量は毎時100マイクロシーベルトだが、色もニオイもないため何も感じない。また、今回の取材ツアーでの最大空間線量ポイントは3号機海側通路(毎時1500マイクロシーベルト。仮に1時間とどまれば、一般人の年間被曝限度の1.5倍)で、そこではバスが急加速して通り過ぎた。感覚が完全に麻痺してくる。

こうして丸一日、防護服姿で東電社員と同行していると、彼らとの間に不思議な連帯感が生まれるのは事実だ。しかし、記者は決して“お客さま”ではない。細野大臣がいくら「(耐震補強工事や燃料プールの様子など)建屋内を見て健全性を確認した」と強調しても、実際に見ていないものはやはり信じられない。

東電さん、次はすべての記者に「見せたくないところ」も全部見せてね。

(取材・文/畠山理仁)



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