元商社マンの新説。太古の日本には、技術と情報を独占した「古代総合商社」があった?

週プレNEWS / 2012年6月19日 6時0分

元商社マンの布施克彦氏が西日本を歩きながら、決済方法、契約関係、リスクマネジメントなどの観点から、古代商人たちの実像に迫る

ロシアの2000年近く前の遺跡から島根産出の黒曜石が出土するなど、古代の物流は現代人の想像以上の規模をもっていたことが知られつつある。

そんな物流ネットワークを支えた「海人集団」は、インテリジェンスを尽くし、政治や外交に大きな影響を及ぼしていたのではないか。三菱商事の鉄鋼マンだった布施克彦氏は著書『元商社マンが発見した古代の商人たち』で、彼らを「古代商社」と呼び、古代史の読み替えを提案する。

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「とっぴな想定に聞こえるかもしれませんが、ちょっと想像してみてください。2000年後、人類が滅んでいたとします。そんな地球に、異星人の考古学者が降り立った。彼らはこの日本列島に『商社』という業態があったことを発見することはできるでしょうか?

日本の『総合商社』は、投資やコンサルティングなどの幅広い機能を担います。製鉄所を建設するときも、海外から設備機械を納入したり、資金繰りを助けるためにローンを取りまとめたり、技術支援のためのエンジニアを海外から斡旋したり、なんてことを行なうわけです。

異星人の考古学者は、製鉄所の遺跡からこれらを読み取ることはできるでしょうか。私は難しいのではないかと思います」

―同じように、現代人も発見できない「商社」が古代にもあったと?

「そう考えています。当時、海を越えて大陸まで行くことは大きな困難を伴いました。ですから、日本列島の人々はそれを特定の専門家集団に任せたはずです」

―学校の図書室にあるような「歴史まんが」では、弥生時代の「クニ」の王が、いかにも「海の男」といった風貌の集団に船を漕がせた、なんてふうに描かれています。

「海岸線沿いに住む『海人集団』が船を操ったことは確かでしょう。しかし、彼らはクニやムラの王よりずっと昔から大陸の進んだ文明に触れることができたわけです。現地に直接出向いて進んだ技術に触れ、生の情報を仕入れることができる立場にあるとしたら、それを商売のタネにしないはずがない」

―海人集団はただの船員ではなく、情報とロジスティクスに長けた人々だった。そんな視点で古代史を見直すと、新しい発見がありそうです。

「そのとおりです。例えば、日本最古の製鉄遺跡は6世紀後半のもの。しかし、その400年以上前から鉄器は日本に輸入されています。なぜ、日本で製鉄が始まるまでそんなに時間がかかったのか。定説はありませんが、私は古代商社が技術移転を意図的に遅らせたためとみています。

日本で生産されるようになったら、朝鮮半島との鉄の取引はなくなってしまう。日本列島内のビジネスに介入するにしても、海を越えた取引と違って情報を独占することができない。そこで、権力者の要求をのらりくらりとかわしながら技術を小出しにしていった、としたらどうでしょう」

―なるほど。

「私が働いていたときも、そんなことがあったんです。発展途上国に鉄を売っていたら、やっぱり自国で作りたいと言われるわけです。そのときは『リスクも費用もかかるから、まずトタン板を作ることから始めましょう』などと言って、商社の商権維持を画策しました。もちろん、初めから質の高い鉄を作るなんて無理ですから、ウソを言ったわけではありませんが」

―学界からの反応は?

「まるでありませんね。こんなものは学問ではないと黙殺されているのでしょう。確かに、『素人愛好家』にありがちな基本的な間違いはあるかもしれません。確たる証拠もあるわけではない。しかし、これまでの専門家が見過ごしてきた、新たな視点を提示したと思っています。読者の方にはそのあたりを楽しんでもらいたいですね」

(撮影/井上太郎)

●布施克彦(ふせ・かつひこ)



1947年生まれ、東京都出身。一橋大学卒業後、三菱商事に勤務。鉄鋼貿易に携わり、海外で15年を過ごす。55歳でサラリーマンを辞め、著述活動を開始。主な著書に『54歳引退論』(ちくま新書)など

『元商社マンが発見した古代の商人たち』



洋泉社 歴史新書 861円







古代の貿易を担った集団は、先端技術を知悉(ちしつ)し、卓越した情報収集力を誇ったコスモポリタンだったのではないか。商社出身の著者が西日本を歩きながら、決済方法、契約関係、リスクマネジメントなどの観点から、彼らの実像に迫る



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