井岡一翔との日本人王者統一戦直前。WBA世界ミニマム級王者・八重樫東「脇役が主役を喰うことだってある」

週プレNEWS / 2012年6月20日 6時0分

6月20日、ミニマム級の統一王座を賭けて、WBC王者・井岡一翔と拳を交えるWBA王者の八重樫東

6月20日、WBC世界ミニマム級王者・井岡一翔(かずと)と、史上初となる日本人同士の統一戦に臨む八重樫東(あきら)。9戦全勝、ボクシング界のエリートを前に、叩き上げの男は虎視眈々と牙を研ぐ―。

■「帰ってきたらチャンピオンだからね」

史上初、日本人世界王者同士の統一戦。WBCミニマム級王者、井岡一翔との決戦を前に、「釣った魚はデカイですよ」とWBA王者の八重樫東は笑った。

「脇役扱い? 全然、カチンとこないですね。誰が見ても、主役は向こうですから。『俺が主役だ』って言っても、『オマエ、誰だ?』でしょ(笑)」

知名度の差は歴然。だが、八重樫が腰に巻くベルトも軽くない。ケガに泣き、そして試合中ですら、(やっぱ俺、持ってねーんだな)と、幾度となくあきらめそうになりながら、そのすべてを乗り越えて手に入れたベルトだ。

2011年10月24日、ポンサワン・ポープラムックとのWBA世界ミニマム級タイトルマッチ。決戦の朝、八重樫は5歳の息子、圭太郎君に誓った。

「帰ってきたら、お父ちゃんはチャンピオンだからね」

序盤は、八重樫が試合を優勢に進める。だが、“ターミネーター”の異名を持つチャンピオンが盛り返す。7R、八重樫は打ち合うことを決めた。そして8R、ついにポンサワンをコーナーに追い詰める。KOの予感に会場は沸く。だがラッシュ中、八重樫は一瞬、雑念を抱く。

(早く止めろ。早く。こいつはもう何もできないだろ。レフェリー、早く止めてくれ)

瞬間、王者の強烈なカウンターを食らい、歓声は悲鳴に変わる。折れるヒザ。あと少しでキャンバス。途切れそうになる意識の中、八重樫は思った。

(やっぱ俺、持ってねーんだな。チャンピオンにはなれない人間なんだ)

セコンドの大橋秀行会長が大声で叫んでいる。だが、それすら八重樫には聞こえない。しかし、聞かずして届く。ダウン直前、八重樫は踏みとどまった。残り1分30秒。王者にしがみつき、逃げ、なりふり構わずラウンドを終えた。

コーナーに戻っても、意識は朦朧(もうろう)としている。続く9R、それでも守りに入らなかった。

「正直、危なかったです。だけど、休む、逃げる、そんな考えはなかった。ここが勝負だって」

10R、再びチャンスが訪れる。だが、王者をロープに追い込むも、8Rのカウンターが脳裏を過よぎる。それでも―。

(倒されてもいい)

夢中で両腕を振り続けた。気づけばレフェリーが割って入り、両手を振っている。八重樫は喜びのあまりリングに突っ伏した。

勝利者インタビューではマウスピースを外すことすら忘れ、「あきらめなくてよかった」と声を絞り出す。そして、こう続けた。

「圭太郎に、嘘つきじゃないことを証明できてよかった」

その腰に世界王者のベルトが巻かれる。幼い娘を抱いた妻、そして息子もリングに上がった。

「圭太郎と約束したんで。それに、今はわからないかもしれないけど、ガンバることの大切さを伝えたくて。言葉でどんなに言ってもわからないと思うから。ガンバってる人を見たり、少しずつ自分もやってみて理解していくことだと思うから。だから、一番近くにいる人間が、どれだけガンバってるのか見せたかった。何かこう、見せてあげたくて」

意識が飛びかけた8R。リングサイドから大橋会長は、何を叫んだか? いつもは饒舌な会長は、「それしか思いつかなかった」と、その瞬間を振り返った。

“圭太郎のために戻ってこい!”

激戦から2週間後、八重樫一家は試合前からの約束だったディズニーランドを訪れる。「迷子になったりで大変でした。でも……」と八重樫はほほ笑んだ。突然、圭太郎君が、今まで怖くて乗れなかったジェットコースターに乗ると言い出す。機上で息子の顔をのぞき込むと、目を固くつむっている。それでも、「乗れたよ!!」とうれしそうに言う息子に、父はひと言だけ言った。

「よかったね」」

■アカよりミドが好きなんです

互いにチャンピオンベルトを保持する。しかし、かつて日本最速をかけプロ7戦目で世界タイトルに挑み敗れ去った八重樫と、同じく7戦目で王座獲得した井岡。戦歴は対照的だ。

昨年2月、井岡がベルトを奪取した試合を、ケガのためトレーニングすらままならなかった八重樫はテレビ観戦していた。

「悔しいって気持ちはなかったですね。『すげーなー』って。やっぱ持ってるな、そういう星の下に生まれたんだなって」

八重樫には持論があった。

「世界チャンピオンって、強くなくちゃなれない。でも、強いだけじゃなれない。選ばれし者、何か特別なものを持ってる人間だけがチャンピオンになれる」

井岡に遅れること8ヵ月、八重樫も世界王者となる。

だが、井岡の戦績は9戦9勝。“無敗”―それは甘美な響きだ。その完璧なレコードの前に、自ずと主役と脇役は決まる。しかし、知名度や戦績と勝敗は別物だ。

「ボクシングに100%はない。脇役が主役を喰うことだってある」

八重樫は、井岡をアカレンジャーにたとえた。

「井岡君は王道のヒーロー、アカレンジャーです。僕はミドレンジャー。でも、僕はミドのほうが好きですね。いつもカッコいいわけじゃない、だけどたまにすごくカッコいい。常に主役じゃない、そんな人間がすごいドラマをつくるほうが魅力的じゃないですか?」

そして「自分にあって井岡君にはないものがある」と言う。それが“キャリア”だ。

「若い頃、キャリアなんて関係ないと思ってました。それを持ち出すのは、年食った人間の言い訳だって。でも自分が年を食って、その大切さがわかった。選択の幅が広くなる。何より、それは土壇場、ギリギリの場面で発揮される」

チャンピオンになった今も、八重樫は「僕は持ってない」と言う。

「持ってるとは思えないです(笑)。なんて言うんですかねえ。オーラじゃないですけど、そういう雰囲気をまとってないんで。今も自分がチャンピオンだという自覚、まったくないですから。いつも挑戦者だと思ってます」

決戦の朝、八重樫は再び圭太郎君に誓うつもりでいるという。

「なんて約束するか、まだ決めてないですけどね」

約束を守る男、八重樫東。叩き上げのミドレンジャーが、試合開始のゴングを待っている。

(取材・文/水野光博、撮影/大井成義)

■八重樫 東(やえがし・あきら)



1983年2月25日生まれ、岩手県出身。大橋ジム所属。17戦15勝(8KO)2敗。2005年にプロデビューし、07年にプロ7戦目で世界タイトル挑戦も判定負け。11年10月、ポンサワン・ポープラムックにTKO勝ちし、WBA世界ミニマム級王座を獲得。今回が初の防衛戦となる。



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