橋本治の相変わらず役に立たない話 第5回「多分忘れる、絶対忘れる」

週プレNEWS / 2012年7月25日 15時0分

前回の最後に「続きはまた書きます」と書いて、二週間たちました。二週間たったらかなりのことを忘れて、「それで俺は何を書くんだっけ?」と思っています。

私ももういい年なので、いい加減に記憶力は衰えていますが、しかし、めんどくさいことを一週以上間考えるのならともかく、自分とは直接関係のない「めんどくさいこと」があって、それと関わることがひとまず終わって一週間もたったら、人間は普通、その「めんどくさいこと」のあらかたは忘れちゃいますね。

覚えているのは「なにかめんどくさいことがあった」ということだけで、「なにがめんどくさかったんだっけ?」と考えてもよく思い出せなくなる。下手をすれば「めんどくさいことがあった」ということさえ忘れてしまいます。なんでそうなるのかというと、「めんどくさいこと」を頭に入れてそのままに保っているのがしんどいことだからですね。

「めんどくさいこと」は、そのめんどくささゆえに、頭には入れにくい。なんとかしてそれを頭に入れると、「ああ、入った」と思って安心して、その瞬間から「忘れる」という方向に進んで行く。一週間たたなくたって、「あーあ、そうか」と思った瞬間から「忘れる」が始まる。

私は前回、半分のことしか言ってないんですね。「初めに結論ありき」で強行採決が当たり前のようになっているこの国で、新しい議論決着のパターンが出たと言って、それは「やたらの議論を出させて問題を拡散させ、賛成か反対の二択に絞る」ということなんだと言いましたが、これはまだ新しいパターンの「半分」です。私の言いたい「新しい議論決着のパターン」というのは、「やたらの議論を続出させ、問題の焦点をぼかし、その結果、二者択一に持ち込む――そうして〝ああ、ひと段落ついた〟と思って忘れてしまう」です。

誰が忘れるのかというと、議論の中にいた当事者です。「やっとなにかが決まった」と思えば、その安堵感で「忘れる」という方向に向かって行きます。その議論が激しければ激しいほど、なんらかの「決着」を見たら「忘れる」です。そうしなければ体がもたないくらい、「覚えている」はしんどいことです。

意外や意外で、議論の周りで見たり聞いたりしていただけの人――国民ですが――は、忘れません。議論続出で、ハタから見ている限りは「なにがなんだか分からない」という状態になっているので、「決着がついた」と言われても「なにが?」で、「なんだか分かんないことをやいのやいのやっていたけど、あれはなんだったの?」という不完全燃焼が残るので、騒々しい議論を「なにこれ?」と思っていた人ほど、「なにかやっていたが、それはなんだ?」という形で記憶に残してしまいます。







なんで激しい議論をやっていたその当事者が忘れちゃうのかというと、議論がもっとも激しく盛り上がったのは「二択にする」以降の話で、それ以前はああでもないこうでもないという雑多な議論の嵐です。あまりにもテンデバラバラになってしまったから、「賛成か反対の二択にするしかない」になったわけで。二択の結果は「種々様々の問題は素っ飛ばして」になっています。だから、二択の後で「まだ問題はある」ということになると、素っ飛ばしてしまった「種々様々」をもう一度掻き集めなければならない。

なにがめんどくさいと言って、一度「めんどくさいもの」の枝葉を落として「おおよその形」をまとめたその後で、落とした枝葉をもう一度拾い集めて、まだ問題の残っている「めんどくさいもの」を再構築することほど、めんどくさくてしんどいことはない。そんなことをしたら、一度まとまった「大よその形」だって、「ちょっと待てよ。やっぱりこれは問題がある」になってしまう。こんなに人のやる気を削ぐようなめんどくさいことはないですね。だから、当事者としては、忘れられるんだったら忘れた方がいいん。

だから、二者の決着に絞るために種々のめんどくさい問題を素っ飛ばしてしまうことを、専門用語では「先送り」と言うわけですが、これはつまり「忘れてそのままにしておく」か、「みんなが忘れてしまっている中で、適当に決めてしまう」というようなことです。

どうして「適当に決める」などということが可能になってしまうのかと言えば、「先送り」をすると、そのことによって事態が切迫して来て、「時間的な猶予がないので、さっさと決めるしかありません」ということになってしまうからですね。

福島第一原発の事故から1年3ヵ月以上がたった7月になって福井県の大飯原発の再稼動が決まってしまった理由は、「夏場の関西方面での電力需要の逼迫」ですね。ただ、「関西の電力需要が逼迫しているから」と、原発再稼動を進めたい人達が公然たる理由として掲げたわけではないですね。福井県で原発が再稼動されることを不安に感じて反対していた周辺の県知事達が「夏場の電力需要の逼迫」を理由にして、「暫定的な稼動の容認」をして、結果として、「夏場の関西では電力不足が懸念されるから、大飯原発の再稼動が起こった」というだけの話ですね。

「関西の夏場の電力不足」は初めから分かっていて、でもそんなんことをいきなり言ったら「安全なのかよ!」云々の種々の反対意見が湧き起こって収拾がつかなくなる。だから、「電力不足」という現実が近づいて来るまで、原発を再稼動させたくない人達は、「安全性の点検はすんでます。だからよろしく」だけで通してしまった。これは「先送り」という手法の活用例だなと、私なんかは思います。

「通り過ぎたら忘れてしまう」というのは結構重要なことで、「消費増税反対」で民主党を飛び出した議員達は、「増税の前にやるべきことがある」という主張を掲げていましたが、衆議院でその法案が可決する前に掲げて、衆議院でその法案が可決されて離党分裂して新しい会派を作った後でも、やっぱり「増税の前にやるべきことがある」と言ってました。

そりゃやるべきことはあるでしょう。でも、衆議院で法案が通過して、参議院でも可決されるのがほぼ確実となってしまったら、「増税の前にやるべきことがある」ではなくて、「増税の後でもやるべきことがある」で、「増税の後ならなおさらやるべきことがある」でなければいけないはずですね。問題はその「やるべきこと」で、「〝やるべきこと〟がなんなのか分からない」と民主党の離反議員を批判していた人もいました。一般市民が「消費増税反対」のデモをして、そこで「増税の前にやるべきことがある」と書いたプラカードを持って立ってたって、それはそれでいいわけですね。「その前にやるべきことがあるだろ。そのやるべきことがなにかぐらいは知ってるだろう。知らばっくれてないでそれをやれ」という批判として通ります。でも、政治家がそれをやっちゃいけない。スローガンは単純な方が人に響きやすく、通りやすいですが、だからこそ色々なものを素っ飛ばしている。政治家が重要なことを素っ飛ばしたままでいいはずがない。

消費税のアップに「仕方がない」という形で賛成する人は結構いる。国にお金がないことを知っているからでしょうね。







「国にお金がない→困るから税金を上げる」というのは、理屈としては単純で分かりやすいけれど、だったら「このようにお金が足りないので、このように税金を値上げして、このように使います」という説明が必要になる。でも、その説明はないですね。ただ「お金がない。どうしよう。増税だ」という短絡した話ですね。民主党政権は「税と社会保障の一帯改革」と言って、「社会保障の予算として消費税を充てる」と言っているけれど、その金をどう使うかの社会保障プランはまだ決まっていない。それを決めようとするとめんどくさい議論がやたらと生まれるに決まっているから、「先送り」ということになっている。だから、増税をしても、それをどう使われるのかが分からない。

ギリシアを初めとするヨーロッパの財政危機の話が伝わって来て、「借金ばかりしていると危ない。国債依存度の高い日本は危ない。でも、税収が少なくなってしまった日本は、国債を発行せざるをえない――そのように日本はお金がない」と理解してしまった人達の中には、「国にお金がないから、消費税のアップも仕方がない」と考えてしまう人も出て来てしまうだろうけれど、消費税のアップ文は年金を筆頭とする社会保障のためだから、国債の発行が減って財政不安をなくすためではないですね。

消費増税の背後には、「放っとけばまた金が足りなくなるに決まっている年金制度の改革」というめんどくさい問題が控えている。めんどくさいからそれが棚上げの先送りにされて、そしてそれとは別に税収不足でやたらと国債を発行してしまう「お金が足りない」問題がある。収入が減っている以上、支出を抑えて借金の額も増えないようにするというのは、子供でも分かることだけど、それが出来ない。公務員の給与削減とか国会議員の定数削減とか、その他諸々の削り方はある。でも、これは「社会福祉方面のこと」とは別のことだから、消費税率アップとは直接に関係がない。

いまの日本には金がらみの問題がいくつもあって、「消費増税と社会保障費」というのは、その1つでしかない。しかしいつの間にか、「お金の問題」は消費税一本に絞られて、消費税がアップされれば、国民の負担は大きくなるが、「お金の問題」はとりあえずみんな解決するというように、錯覚されている。消費増税の問題は「お金の問題の1つ」でしかないんだから、「これで安心」なんてことにはならない。もちろん、「消費増税反対」なんて言ったって、それでどうなるわけでもない。「反対」と言うんだったら、「じゃ、どうすればいいのか」を考えなければならない。

でも、問題は「消費増税、是か非か」の二択に絞られて、それで離党分裂まで引き起こしてしまったから、「消費増税可決」の段階で、「はて? これからなにをすればいいのか」が見えなくなった。消費増税法案の衆議院での可決の後の話題は、「小沢新党はどうなるのか」という政治家の話になってしまった。

私は議員定数を削減して、くだらないことで右往左往する愚かな議員達による弊害を解消して欲しいんですが、議論が激しくなると、分かりやすい「人間関係の話」ばかりが話題になって、「議論すべきめんどくさい話」はどこかへ行ってしまう。消費増税法案が参議院で可決されたら、「やるべきこと」はきっと忘れられる。たぶん忘れられる。それが「先送り」の効果だから。

●橋本治(はしもと・おさむ)



1948年生まれ、東京都出身。小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイなど縦横無尽に創作活動を展開。主な著作に『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)など。



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