大学教授がわかりやすく解説する「放射能の基礎知識」

週プレNEWS / 2012年7月23日 0時30分

放射能について「中学生でもわかるように」まとめた“解説本”をウェブ上に無料公開した、田崎晴明教授

昨年3月の福島第一原発事故以来、多くの日本人がいや応なく向き合わざるを得なくなった放射線のリスク。ところが、いったいそれはどのくらい危険なものなのか、という最も重要な問題については、専門家と呼ばれる人も含め、いろいろな人がさまざまな意見を述べていて、多くの国民が共有できるような“妥当なライン”は今も引かれていない。

そんななか、6月11日からウェブ上に無料で公開されている一冊の“本”(PDFファイル形式、全173ページ)が話題を呼んでいる。著者は学習院大学理学部物理学科の田崎晴明(たざきはるあき)教授。放射線の専門家ではない田崎氏が、自らも学び続けながら1年以上かけて書き上げたものだ。

「得体が知れない」というイメージの強い放射線に関する基礎知識について、「中学生以上ならかなりの部分が読みこなせる」ようにわかりやすく、正確に、そして「わからないことはわからないと言う」という態度を貫いて書かれた『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』。この本の執筆動機と“読み方”について話を聞いた。

■放射線というものはオカルトではない

―この本は、事故直後から田崎さんがウェブ上に順次アップしていた放射線関連の情報がもとになっているんですよね。

田崎 そういうことは原子力工学の専門家なり、その道のプロがやってくれるものだと思っていたのですが、残念ながらなかなかそうはなりませんでした。そこで、自分ができることとして、とにかく放射線に関する情報を出していこうと思ったんです。

―しかし、放射線は田崎さんの専門分野ではありません。

田崎 ですから、ICRP(国際放射線防護委員会)やIAEA(国際原子力機関)のものなどいろいろな文献、論文、資料を読んで、放射線について勉強し続ける15ヵ月間でした。気がつけば“物理学者の余興”では済まされなくなっていましたが(笑)、幸い、関連分野のたくさんの専門家も有用なアドバイスをくれました。僕はそれこそ自分の子供が生まれようが自分の研究を最優先でやってきた人間なんですが、そういう意味ではこの15ヵ月間は今までとはまったく違いました。

―しかも無償で。頭が下がる思いです。

田崎 強調しておきたいのですが、僕がやっていることなんて全然大したことじゃない。各地で除染作業に従事している方、福島の病院で働いている方、他地域から福島に赴いて活動されている方など、実質的にもっと意味のあることをされている方はたくさんいます。僕はそういうことができないから、自分のやれることをやれる範囲でやっているだけ。

それに、こうやって大好きな物理の研究を仕事にして暮らしていけるというのは本当に幸せなことだと思っています。これだけいい目を見ているんだから、少しは人さまのためにならないと、という思いもあります。

―事故後に出た放射線関連の本は、「大丈夫だ、安心しろ」か、「危険だ、逃げろ」という両極端な内容が多いように思いますが、この本は全然趣が違います。

田崎 どう頑張っても“安全厨(ちゅう)”“危険厨”“御用”などとレッテルを貼る人はいるでしょうから、それは気にしても仕方ありません。でも、本当に情報を必要としている人たちに「偏っている」と見られてしまっては、読み進めてもらえない。そこは相当注意しました。わかっていることは「わかっている」、わかっていないことは「わかっていない」と正直に書いたので、自分で言うのもなんですが、偏りのない極めて真面目な本だと思います。

―危険か安全かを論じる前に、「放射線とは何物か」という点をかなり詳しく解説していますね。

田崎 やはり、そこが基本だと思うんです。物理の世界では、放射線の正体は完全にわかっていて、決して得体の知れないオカルト的なものではありません。でも、だからといって怖くないというわけではない。

放射線の出すエネルギーは、化学反応で出されるエネルギーと比べるとケタ違いの大きさです。だから、人間の体にも普通では考えられないような影響を及ぼす可能性がある。どれくらい影響があるとされているのか、という点については、広島・長崎の被爆者の60年以上にも及ぶ追跡調査が一番大きな情報源になっています。





■「怖がるのは変だ」と言うのは絶対に違う

―現在、福島をはじめとする地域で直面している「低線量被曝」のリスクについては、「(どの程度のものか)わからない」という言葉がひとり歩きしているように思います。その点についても、本では詳しく解説されています。

田崎 低線量被曝については、確かに「わからない」部分も残されていますが、それは「ものすごく害があるかもしれない」という意味ではなく、「害がないのか、それとも少しだけあるのか、区別がつかない」ということ。仮に害があるとしても、それは「今までの調査ではわからない程度」だということは知っておいてほしいと思います。

もちろん、だから安心だと言うつもりはありませんし、その上で気にするか、気にしないかはご本人の自由です。嫌なのは、「怖がっている人は変だ」という空気ができて、本当に心配している人が肩身の狭い思いをすること。ある小学校では「汚染がひどいように見える」という理由で、マスク禁止令が出されたことがあったと聞きます。そんな話を聞くと、日本は戦争の頃となんら変わっていないのではないか、とさえ思ってしまいます。

―放射線のリスクは「気にしない人」と「気にする人」がいる。その一方がもう一方をバカにしたり、政府や自治体が「気にする人」に対して「気にしない」よう強制することは断じて許されない。そこはかなり強調されていますね。

田崎 事故当時の風向きのおかげで汚染の広がりがそこまで進まなかったのは幸運だったと思いますが、それでも客観的に見て、むちゃくちゃひどい事故だったのは事実です。そのリスクについて「気にしない」のは個人の自由だけど、「大したことではない」という言い方は絶対に違う。

震災がれきの広域処理問題に関しても、結局はオープンな形で正確な計測を行なって、一方で「がれきの存在が被災地の復興をどれだけ阻んでいるか」も明らかにして、それをもとに話し合うしかない。非常に難儀なことですが、それ以外に王道はないと思います。気にしない人が「面倒くさい」とか「なんでそんなことしなきゃいけないんだ」と言っても、仕方ないんですよ。あんな事故が起きてしまったんだから。

―そういうことも含めて、「やっかいな放射線」とどう向き合っていくのか、と。

田崎 政府による事故の初期対応はひどいものだったと思いますが、一方で、例えば食品の管理に関しては相当きちんとした体制が整えられつつあるようです。これは役所も含めた優秀な関係者の努力の賜物でしょう。現場で頑張っている方、困っている方がやりやすいような空気を、みんなでつくっていかないといけません。この本も、そのための足しに少しでもなってくれたら本当にうれしいことです。

(取材・構成/コバタカヒト 撮影/本田雄士)

●田崎晴明(たざき・はるあき)



1959年生まれ。学習院大学理学部物理学科教授。大学院時代に結婚し、妻の扶養家族になる。学位取得後、米プリンストン大学に2年間滞在。帰国後は学習院大学で理論物理学の研究と教育に携わる。椎名林檎とPerfumeの忠実なファン。写真で着用しているのはPerfumeのファンクラブTシャツ

*『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』は、【http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/radbookbasic/】からPDFファイル形式でダウンロードできます



【関連ニュース】

週プレNEWS

トピックスRSS

ランキング