電撃移籍のイチローが語っていたヤンキースへの特別な思い

週プレNEWS / 2012年7月30日 10時0分

イチローがシアトル・マリナーズからニューヨーク・ヤンキースに電撃トレードされ、会見が開かれた。かねて、チームが求める限りはシアトルでのプレーを望んでいたイチローだけに「事実上の放出」ともいえる今回のトレードは、メジャーの厳しい現実をあらためて浮き彫りにした。

シアトルで過ごした11年半、チームは低迷を続け、そのほとんどが地区最下位。モチベーションの低下を危惧する声は多かったが、

「僕らは勝つことだけが目的ではない。優勝から遠ざかってしまうとやる気がうせるという自分が現れてしまっては問題です」

「もし僕が(勝利を求めて)強いと思うチームに行っても、勝てなければまたどこか強いチームに行かなきゃいけない理屈になりますから。そこにどれほどの価値があるんですかね」と、孤軍奮闘し、数々の記録を打ち立ててきた。

だが、昨今の不振でチーム内では徐々に居場所がなくなり、また、そんなイチローに刺激を与え得る選手もチーム内にはいなかった。

移籍会見で語ったように「僕自身も環境を変えて刺激を求めたいという強い思いが芽生えた」というのは、ごく自然な流れだったのかもしれない。その意味においては、今回の移籍が新たなモチベーションとなり、“眠っていた”イチローを呼び覚ます可能性は大いにある。

2007年。16年のプロ野球人生で初めてFA権を取得した際、移籍か残留かで揺れ動いたイチロー。その際、マリナーズでは見つけることのできない“ある期待”をヤンキースに抱いていたことを本誌のインタビューで吐露している。

「マリナーズでの7年間、たくさんの選手と一緒にプレーしてきました。何しろ毎年、ものすごい数の選手が入れ替わりますからね。それでも僕は、エドガー・マルティネス以外、なんら刺激を受けることはなかった。彼らの野球に対するアプローチが稚拙で、仕事に対する考え方について刺激を受けたことも少なかった……というより、なかったんです。でも、それはずっと同じチームにいるからそう感じるんじゃないか、ほかのチームに行ったら違うんじゃないかという淡い期待がありました。特に、ヤンキースだけは違うんじゃないか、と……」

結果的にマリナーズとの5年契約を選択したイチローだが、当時、少なからずニューヨークに気持ちが傾いていたことは紛れもない事実だろう。それは、イチローが本誌に激白していたちゃめっ気にあふれたコメントからもうかがい知ることができる。

「ヤンキースに行ったらどうなるのかということをイメージしたとき、まずあのユニフォームを着ている自分を想像してみたんです。もちろん51番は僕にとって外せない要素ですから、おそらく、ヤンキースの人はきっと(ヤンキースの背番号51を長きにわたって背負ってきた)バーニー・ウィリアムスに電話をするだろうな、と想像しました。

そのとき、バーニーはああいう性格ですから、絶対にノーとは言わないだろう……でも、だからこそ、彼の本当の心のうちがわからないまま、僕が51番をつけていいのだろうか、なんて想像をしてました……って、オレ、シャレにならないくらいマジだな、こりゃ(笑)」

今回、「外せない要素」であるはずの背番号「51」を捨て、「31」を選択したのは、憧れのバーニー・ウィリアムスへの敬意とともに、新たなイチローを見せたいという思いもあるのではないか。

今後はメジャー3000本安打、日米通算4000本安打に、ピート・ローズ超えとなる生涯4257安打などの個人記録とともに、ワールドチャンピオンも視野に入ってくる。新天地での新たなイチローに期待したい。



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