加藤嘉一「アノニマスやウィキリークスの存在こそが、健全な社会であることの証明」

週プレNEWS / 2012年8月13日 15時0分

いつの世にも“反権運動”は存在します。その行為自体の



良し悪しより「なぜそれが生まれたのか」を考えるのが大切です

少し前の話になりますが、6月末、インターネット上の匿名のハッカー集団「アノニマス」が、日本において違法ダウンロードへの刑事罰化を盛り込む改正著作権法の成立に対する抗議活動を行いました。

民主党や自民党、財務省、JASRAC(日本音楽著作権協会)の公式サイトなどのサーバーがダウンさせられ、警視庁は、不正アクセス禁止法違反などの容疑で捜査に乗り出していると発表しています。法治国家の日本において違法行為を肯定するわけにはいきませんが、それを前提とした上で、ぼくなりの見解を表明したいと思います。

こうした“お上”への反発は、誤解を恐れずに言えば、ぼくたちが生きる民主主義国家が最低限保証する“多様性”と“基本的人権”に根差したものです。いろいろな人がいて、それぞれの考え方や価値観を主張することが許される社会。時として自らの権益が侵されそうになれば、法に訴えることができる社会。言動・行動の自由、権力に対する監視機能が透明性をもって保障される社会。それらを支えているのが民主主義という制度です。

アノニマスにしても、以前話題になった同じインターネット系の反権力連動であるウィキリークスにしても、基本的には何かしらの権益が侵されたという類いの考えから行動を起こしているはずです。いつの世でも、政策や権力の行使と市場の間には一定の矛盾が存在しますから、多様性を認める以上、国家権力に対する反権力、あるいは大衆新聞など既存メディアに対するSNSなどの“アンチテーゼ”が生まれるのは必然なのです。

ですから、ある意味ではアノニマスやウィキリークスの存在こそが、健全な社会であることの証明と言えるかもしれません。アノニマスの行為自体の善し悪しを道徳的に議論するよりも、「なぜ彼らのようなアンチが生まれたのか」を考え、何を訴えようとしているのかに耳を傾けることが大切ではないでしょうか。

例えば、学校に不良少年がいるとします。その存在自体は決して歓迎されるべきものではありませんが、彼らは彼らで社会に不満があるからすねているわけです。それを理由も聞かずに“不満分子”として切り捨ててしまうのは、果たして社会にとって建設的でしょうか?

なぜ、彼らはそういう行為でしか自分を表現できないのか。その現状把握は社会を知る上で必須です。反社会があるから社会は発展し、反権力があるから権力は熟成していく。アンチを排除したり、ただ否定するのは本末転倒だと思います。

中国には“アンチ加藤嘉一”がたくさんいます。ネット上で年中批判、バッシングを受け、時に疲弊することもある。そんな状況にあっても、ぼくの最大の理解者である母は気丈にこう言うんです。

「あなたを支えてくれた人ばかりでなく、批判してくれた人にも感謝しなさい。そういう人がいるからあなたは成長できたわけでしょ」

ぼくは人畜無害よりも賛否両論を呼ぶ人間でありたい。ぼくの“過激な発言”をめぐって、中国ではしばしば議論が巻き起こり、厳しい局面に立たされることもある。でも、ぼくの言葉によって多くの中国人が問題意識を持ち、思考を促すことができたわけですし、そのプロセスでぼく自身も成長することができたと思っています。

反対意見に耳を貸さぬまま、自分だけが正しいと客観的に判断できるというなら、その根拠を逆に教えて!!

今週のひと言



アノニマスなどの反権力運動は、



ある意味で健全な社会の証明です!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)



1984年4月28日生まれ。高校卒業後、単身で北京大学へ留学。年間300回の取材、200本のコラム執筆、100回の講義をこなし、国境を越えて多くの著書を持つ国際コラムニスト。最新刊『脱・中国論―日本人が中国とうまく付き合うための56のテーゼ』(日経BP社)が好評発売中!



【関連ニュース】

週プレNEWS

トピックスRSS

ランキング