“北島超え”の世界新記録! 平泳ぎの常識を変えた驚異の18歳高校生・山口観弘

週プレNEWS / 2012年9月29日 13時0分

4月の日本選手権200m平泳ぎでは、五輪派遣標準記録を突破しながらも北島康介と立石諒(りょう)に次ぐ3位で、ロンドン五輪代表の座を逃した。

だが、18歳の山口観弘(あきひろ/鹿児島・志布志[しぶし]高3年)は、その悔しさをバネにした。

8月17日の高校総体で日本歴代2位(当時)の2分07秒84を記録すると、8月26日にハワイで開催されたジュニアパンパシフィック選手権で、悪条件ながらも2分08秒03で優勝。直後の8月29日のJO杯では、前日深夜の帰国にもかかわらず、北島の日本記録に0秒06まで迫る2分07秒57。いずれも、ロンドン五輪の同種目3位相当の好タイムだ。

そして、9月15日の岐阜国体で、ロンドン五輪で金メダルのダニエル・ジュルタ(ハンガリー)が出した世界記録を0秒27も上回る2分07秒01をマークしたのだ。

山口本人はこう振り返る。

「周囲の世界記録への期待もわかっていたけど、自己ベスト更新を目標にしていたから。やることをやっていれば、そのうちに自ずと世界記録は出せると思っていました。ただ、2分6秒台を出しておきたかったので、どちらかというと悔しい部分もあります」

鹿児島県志布志市では、1日2時間という使用制限のある25mの公営プールで練習をしている。そうした環境でも100mと200mの中学記録を樹立した山口は、高校でも2年時に100mの高校記録を塗り替えた。ところが、得意の200mでは記録を伸ばせなかった。

そんな彼に、昨年8月、日本代表チームの平井伯昌(のりまさ)ヘッドコーチが「せこい泳ぎをするな。前半をもっと速く入れ」とアドバイスをした。すると、レースへの取り組みが変わった。さらに昨年11月からは五輪を目指して平井コーチの直接指導も受けるようになり、一緒に練習をした寺川綾らの競技に対する姿勢を見て意識も高まった。

それだけに五輪代表落ちは悔しかったが、山口は前向きだった。

「テレビで五輪を観ていて刺激を受けたから、ロンドンへ行くよりよかったのかなと思う」

もし、五輪に出ていれば、そこで達成感が芽生えてしまったかもしれない。五輪のテレビ中継ではジュルタの世界記録更新の瞬間も観た。同じぐらいの記録を出さなければ世界では戦えないと理解したことで、記録に対しての壁のような意識も消えたのだろう。

そんな山口の飛躍を支えるのが、腕をかくテンポを途中で変えても泳ぎが崩れない上、最後まで体が浮いたポジションを維持でき、ほかの選手が失速するラスト50mでも、速いテンポの泳ぎでタイムを上げられる能力だ。

平井コーチはこう評価する。

「北島の場合はどうやって上半身を強化しようかと取り組みましたが、山口はもともと上半身が強い。それで前半は大きくゆっくり泳いでもスピードが出るんだというのを体得してきたから、ラストもこれまで以上にタイムが伸びている。自由自在のテンポで、しかもブレーキがまったくかからない彼の泳ぎからは、『平泳ぎとはこうだ』という常識をつくるなと教えられているような気がしますね」

平井コーチは「リニアモーターカーのような泳ぎ」と評価するが、それはまさに、北島がロンドン五輪へ向けて新たに作り上げようとしていた泳ぎとも重なるものだ。

「高校総体とジュニアパンパシでは最後にタッチした後でもう25mは泳ぎ続けられそうだと思ったので、今回(国体)はラスト50mからではなく75mからスパートをした」と振り返る山口のラスト50mのタイム32秒23は、ジュルタや北島のタイムを1秒前後上回る驚異的なもの。

それでも山口は「ラスト50mは僕の一番の強みだから、早く31秒台で帰ってこられるようにしたいし、前半も1分00秒台で入れるようにしたいから、すべての面でパワーアップしたいと思う」と貪欲だ。

来年4月からは東洋大に進学し、平井コーチの本格指導を受ける山口。その可能性は底知れない。

(取材・文/折山淑美)



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