橋本治の相変わらず役に立たない話 第8回「恋をすると人はバカになる」

週プレNEWS / 2012年10月22日 19時0分

私は真面目なことばっかり考えているとしんどくなってしまう体質なので、時々とんでもない方向へ脱線します。まァ、ここで真面目なことばっかり言ってたかというと、きっとそうではないのですが、そんなことどうでもいいじゃないか。

それで、もうずいぶん前のことで十分に時期を逸しちゃっているのでちょうどいいかと思って、今更「塩谷瞬問題」です。

イケメン俳優の塩谷瞬は二股をかけていたと。イケメンが二股をかけるのは、それが可能である以上、別に珍しくもなんともないが、塩谷瞬は二人の女性に結婚を申し込んでいた。しかも、一日か二日程度の時間差で。一人の女が大物モデルだったので、そこら辺のゴタゴタが発覚して騒ぎになったが、私はこういう騒ぎが起こるたんびに「なんで大騒ぎするんだろう?」と不思議に思う。

たとえば、結構長い期間女と縁のなかった男がいる。別にこれは「もてない男」ではない。当人は「俺はもてる方の男だ」と思っていて、しかしそのくせある程度の期間、女とは縁がなかった、その男がたまたま女と出会って「付き合ってくれよ」と言って、OKサインが出されたらどうなるか?

現代的な「正しい解答」は、「その彼女を大事にする」ではありましょうけれど、しかし、その答は隠されてもう一つある。それは、「嬉しくなって、また別の女を引っかける」というもの。どうしてそういうことになるのかは、合理的に説明が出来る。

「本来、俺はもてている方の男だ」と思っている男が、どういうわけか女の縁のないブランクの期間を持ってしまった。だから「あれ、俺って違うのかな?」と思いかけてしまっていたところに女が現れて「OK」ということになったら、「やっぱり俺って全然いけてるじゃん」ということになって、自分の「本来性」を自覚する。そうなったらどうしても、「一人の女を大切にする」という方向ではなくて、「本来性に合致するような形で、もっと女を求める」という方向に行ってしまう。行ってうまくいくかどうかは知らないが、そうなるのは自然の摂理のようなもんだ。

童貞で悶々としてた男の子がたまたま女とやれて、その結果、「やれた、俺はもてるんだ」という全能感でいっぱいになって、道を行く女に片っ端から声を掛けるというのは、ありうる。それでうまくいくかどうかは別問題で、「そういうことを考えてはいけない」というモラルにちょっとどいてもらえば、「嬉しかったらそうなっちゃうよな」という答は簡単に出る。塩谷瞬があまり日をおかずに二人の女に結婚を申し込んだというのは、このパターンである。だからこれは、「実際にはあまり起こらないが、考えてみれば起こりうる事柄」なのである。

どうしてこれが「実際にはあまり起こらない」のかと言えば、普通の男がだいたいは「妻というものは一人と決まっている」ということを知っているからである。だから、プロポーズが実現して有頂天になった男は、「妻は一人と決まっているから、妻じゃないもう一人の女を――」というような探し方をする。それでうまく行くかどうかは別にして、そういう形の喜びの表現は存在しちゃうのだからしょうがない。

藤原紀香と結婚して離婚した陣内智則が「離婚は僕の浮気のせい」と言っているのは、この具体例の一つである。

なぜ、藤原紀香と結婚したお笑い芸人が、家でおとなしくしていられないのか? 考えてみれば分かる。「俺は藤原紀香と結婚した男なんだぞ!」と自慢したくても、妻となった藤原紀香が家にいて、「私と一緒にいるんだから、あなたにはなんの不満もないはずでしょ」という顔をしていたら、男の方はせっかくの自慢をすることが出来なくなる。男は自慢がしたくて、その自慢出来る力を実地に行使して誇示したがるものなのである。

「俺は藤原紀香と結婚した男なんだぞ」と自慢したくて外へ出て行って、「すごーい」と女に言われたら、どうしてそのままでいられよう。今や人は、「嬉しいとどうなるか」ということを、忘れてしまっているのだが、人は嬉しいと、だいたいバカになるものなのである。

江戸時代の日本人は「恋をすると人間はバカになる」という重要な事実を発見していた。西洋人は「恋というものは美しくて、素晴らしくて」という考え方をするが、これは恋する当事者の脳の内に即した考え方で、外から恋する人間を見ると「あいつはバカになってる」という風にしか見えないのである。「恋をすると人間はバカになる」というのは、日本人が世界にさきがけて発見した重要な事実だから、「平成のバカップル」というようなものがいたって不思議はないのである。

恋をして、その恋愛がうまく行くと、普通の人間でさえ「バカ」状態になる。だから、ちょっとバカな人間が恋をしてそれがうまく行っていれば、直視出来ないようなバカさ加減になっても不思議はない。

「結婚を申し込む」ということを最大の愛情表現と考える男がいて、この男が「君をどれくらい愛しているのかと言うと、結婚したいぐらいだ」と言ってしまって、それを言われた女から「OKよ」という喜びの表現を返されてしまったら、「僕には女の人を幸せにする力があるんだ」と思うだろう。だから、「もっといろんな女の人を幸福にしてあげたい」と思っても不思議はない。放っておけば、人の心は「モラル」というものとは違う動き方をするものなのだ。

二人の女に十分時間を置いて別々にプロポーズをしたら結婚詐欺のようなものだが、一日か二日で連チャンのプロポーズをしてしまったら、それはもう「嬉しさの表現」でしかないのだ――ということを理解しておく必要がある。

そして「嬉しいこと」をそのままにしておいても、物事はそうそううまく行かない。どうしてかというと、人間は「嬉しいとバカになる」という生き物だからだ。それで人は、喜びを得ようとしてバカになりもする。「酒を飲んで大騒ぎをする」というのは、その一手段なのだ。それはもうしょうがないのだから、しょうがない。

●橋本治(はしもと・おさむ)



1948年生まれ、東京都出身。小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイなど縦横無尽に創作活動を展開。主な著作に『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)など。



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