橋本治の相変わらず役に立たない話 第9回「『その他の人々』のために」

週プレNEWS / 2012年11月19日 16時30分

衆議院が解散しましたね。その前からなんか慌ただしかったけど、私は、石原慎太郎が都知事を辞めて新党の旗揚げをするっていうニュースを聞いた時、サラリーマン新党というものがあったことを思い出しました。

おそらくそんなものを覚えている人はほとんどいないと思うんですけど、サラリーマン新党が出来たのはバブルのちょっと前です。『おしん』の放送が始まって東京ディズニーランドが出来た年に結成されて、その年の参議院選挙に2議席だけを獲得して、その後どうなったのか消えちゃったんですね。

バブルの時期だから登場したいい加減な政党というのではないですね。既に一九七〇年代から「どうしてサラリーマンのための政党はないんだ」と言う人は言っていて、それがやっとこの時期に登場はしたんですが、でもその時には日本中が豊かになっていたから、今更サラリーマンの政党なんてことを言ってもしょうがないんじゃないかということで、パッとしないまんま消えちゃったんですね。

なんでそんなものを思い出したのかというと、石原新党の結成表明によって、「第三極」という言われ方をしていた既成のミニ政党、新政党が、みんな「政治家のための政党」のように思えたからです。

大阪市長に由来する日本維新の会は「三百議席を目指す」と初めは言っていたし、都知事の方は「百議席」とか言っていた。「そんな数の議員がどこにいるんだ?」と私なんかは思いましたが、それを言う人達がまた「小異を捨てて大同に付く」という政党同士の数合わせみたいなことをやろうとしていて、それを「第三極」だって言うんだから、解散になったら、既成の政治家はあっち行ったりこっち行ったりをするんでしょうね。政治家のする政治がらみのことを「政治」だと言うんなら、これもまた「政治」ですけどね。

いわゆる「五十五年体制」というやつで、自由民主党が出来上がった1955年以来、日本の政治は与党の自由民主党と野党の社会党(現社民党)の二大政党の対立構造で出来上がっていた。昔の話ですけどね。自民党は農村部を基盤にして、社会党は労組組合を基盤にしていた。つまり、選挙に行く昔の日本人の選択肢は、「私は共産党支持だ」という人を除いては、自民党と社会党の二つしかなくて、それは「あなたは農業者ですか?」それとも「労働者ですか?」という二択しかなかったということです。日本はまだ江戸時代以来の農業国で、「そこに近代鉱工業が登場して、資本家に搾取される労働者も生まれた」という考え方でよかったから、政治の選択肢も二つしかなかった。「私は農業もしてないし、労働者でもないんですけど、〝その他〟という選択肢はないんですか?」ということになると、それは「ない」なんですね。

いまやそんな区別があったということなんか忘れられてますが、労働者は「ブルーカラー」と呼ばれ、サラリーマンは「ホワイトカラー」と呼ばれて、両者は違うものだと考えられていた。労働者は青い作業着を着て現場で働き、原則管理職にはなれない。ワイシャツにネクタイでデスクワークをしているのがサラリーマンで、彼らは出世して管理職になる。サラリーマンは会社側の人間だが、労働者は会社に使われる人間だから、労働組合を作って結束しなければならないことになっていたんだけれど、でもこんな区別、サラリーマンが会社の中で組合を作ったら、一瞬にして無意味になりますけどね。

最早そんな区別はない。でも、日本には「農業者のための政党」と「労働者のための政党」しかなかったから、選挙で投票するサラリーマンは、「自分はどっちに近いのかな?」と考えて投票するしかなかった。「自分は会社に勤めてるから、ネクタイ締めても労働者に近いはずだ」と考えたり、「自分は会社に勤めて会社のことを考えてる人間だから、昔の地主に使える小作人に近くて、農業者と考えるべきなんだな」とか。そこには、あまりにも単純な考え方やあまりにもわかりにくい考え方しかなかったんだけど、選択肢が固定した二つしかなくて、それが動かないから、投票する側が不思議な考え方をするしかなかった。

「選択肢が二つしかないのは問題だ」という現実的な考え方は時々生まれて、1959年には社会党を離党したメンバーが民社党を作った。1976年になると、自民党を離党したメンバーが新自由クラブを作った。「新しい選択肢を作る」ということは時々行われるけれど、長続きはしない。どうしてかと言うと、「新しい選択肢の誕生」というのが、理念によって起こるものではなくて、おおむね派閥争いの結果みたいなもので、「新しい選択肢を作るための理念」というものがないから。そういう「理念」みたいな理屈は、ゴタゴタの争いの末に「新しい選択肢」のようなものが生まれた後での後出しだから、説得力がない。民主党のマニフェストがぐらついてしまったのはこの結果だとしか思えませんね。

いまや自民党や民主党からいくつもの政党が分離独立して、その政党名なんかいちいち覚えていられない。それがどんな政党でどんな政治家がいるのかだって覚えられない。最早政党というより個人商店のようなものだから、いっそ「橋下党」とか「小沢党」「石原党」「みんなの渡辺党」とか「立ち上がれ平沼党」とかにしちゃった方がわかりやすいと思う。「太陽の党」になった「石原党」なんて、石原慎太郎一人しかいないところで旗挙げしたんだし。

ボスが誰かということが分かれば、政党なんかどうでもいい。それが現状だからこそ、「小異を捨てて大同に」という声だって生まれるんでしょうね。民主党の分裂騒ぎは、「もう数合わせの政党なんか無意味だからやめてしまえ」というようなことでもあるはずだけど、やっぱり数合わせで「第三極」というものが出来るらしい。

「第三極」が出来るまでには困難があって、出来上がった後でも分裂の危機を抱えている。民主党に起こったことがもう一度「第三極」に起こる可能性はかなり高くて、それがなぜ起こってしまうのかというと、結局はそれが「ボス達の握手」によって生まれるもので、それを生み出す理念を持っていないからですね。

長い間日本人は、政治的な選択肢を二つしか持たなかった。選択肢の方はともかくとして、日本が豊かになって行く過程で、農業は衰弱し、労働組合も力を失って、そのどちらでもないサラリーマンが圧倒的な多数を占めるようになってしまった。今の政党支持率で「支持政党なし」というのが断トツのトップで50%に近いというのは、その日本人達に対応する政党がないということですね。

あるのは「そこに所属する政治家のための政党」だけで、「俺たちはあいつらとは違う」ということがその最大の存在理由になっている。だからこそ喧嘩するのに忙しくて、なにも決まらない。

政党にとっての理念と言うのは、今や「我々はどんな日本人をその支持基盤とするのか」ということと、「その人たちにとって利益というのはなにか」を考えることだと思いますね。選択肢が二つしかないまま豊かになって、その選択肢からはずれた人達が多数派になって、「なんかへんなことになってるけどこのままでもいいか……」と思いながらバブル経済に突入してしまった日本の政党は、「我々の支持基盤はなんだ? 我々はどんな人間達の支持を前提にすればいいのか?」ということを考えるのを忘れてしまった。それで、「リーダー達の都合」にしかならないような状況を生み出してしまった。

普通の人間が簡単に政治家にはなれない以上、もう政治家になっている人達は、「自分を含む政党の支持者は誰なんだ?」ということを考えるべきですね。それをすれば日本の政治も少しは変わる。なにしろ、戦後の日本は民主主義になったくせに、そういうことをまったく考えて来なかったんですから。

●橋本治(はしもと・おさむ)



1948年生まれ、東京都出身。小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイなど縦横無尽に創作活動を展開。主な著作に『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)など。



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